蛭川研究室

蛭川立の研究と明治大学での講義・ゼミの関連情報

「人類学B」2021/09/21 講義ノート

さて人類学Bの授業です。当初、秋学期の授業は教室で行う予定だったのですが、緊急事態宣言がいつ解除されるのか等々、情勢が微妙でありまして、どうしたものか、判断が難しい状況にあります。

まずは、オンライン授業にして、しばらく様子をみるということになりました。

半期、全体の授業計画については「人類学B 」の授業ページをごらんください。

最初の回の授業は、まずは、この授業計画のページに書いてある、全体の展望からはじめます。詳しい説明は、Oh-o Meijiの「ディスカッション」掲示板を使って、リアルタイムで説明していきます。質疑応答もリアルタイムで行います。

それから、毎週の予定の、9月21日のところからリンクを張ってある、人類学とは何かという、人類学という言葉の意味ですね、まずこの「人類学の科学史的位置づけ」を読んでください。高校までの科目にはなかったので、人類学って何だろう?というのが、わかりにくいんですね。しかも文系の文化人類学と、理系の自然人類学の、文理にまたがっている分野なので、これもまたわかりにくいのです。しかし、授業全体を聞いていくうちに、全体はわかっていくと思います。

今日のところは、この、人類学とは何か、ということがわかってもらえば、というところです。あとは、頭の準備体操です。なにしろ進化論的な時間のスケールというのは、とても長いものです。宇宙のはじまりが140億年前で、地球ができたのは46億年前で、生命の誕生が38億年前で、そして人類は数百万年かけて進化してきました。そういう宇宙的なタイムスケールですね、空間的にもそうですが、大きなスケールの中で人間というものの位置を確かめようという、これも人類学、とくに理系の自然人類学ならではの視点です。「宇宙論的空間感覚・進化論的時間感覚」のページに、古典的な映像を紹介しておきました。どちらもアメリカ製なので、英語ですが、細かい言葉、とくに専門用語がよくわからなくても、映像の雰囲気はわかると思います。

ちなみに次回以降の授業では、遺伝学、DNAやRNAの話もしますが、細胞の核の中にある、遺伝情報を担う分子ですね、人間の身体の設計図でもあり、ウイルスも、ウイルスを模倣して作られたワクチンも、DNAだったりRNAだったりしますから、そういう、医学の基礎知識でもあります。

それから「生物の系統分類と人間の位置」も、ざっと見てください。この表を全部覚える必要はありません。地球上には何百万という生物の種が存在していて、ヒトもその一種にすぎない、ということです。動物であり、脊椎動物であり、哺乳類であり、霊長類であるという、この地球という大きな生態系の中で、たった1種類の生物なのだと、そういう大きな視点を持ってもらえればと、今週は初回ですし、そういう視点を持ってもらえればと思うわけです。

それから毎週の授業の予定にも書きましたが、来週以降は、具体的に、霊長類、サルの仲間ですね、その進化、そして人類の進化、そして日本人の起源へと、話を進めていきます。リンクをたどれば、それぞれのページに飛んでいきます。事前に読んでもらっても、もちろんかまいません。

授業のやり方についても、教室での講義とネットの利用など、いろいろ試行錯誤ですが、これから半年、勉強していきましょう。


  • CE2021/09/20 JST 作成
  • CE2021/09/21 JST 最終更新

蛭川立

西暦2021年度 秋学期の研究教育の見通し

東京では緊急事態宣言の再延長が繰り返される中で、社会的活動の先行きがはっきりしない状態が続いていますが、その制限下でも研究教育活動は続きますし、また自然災害と社会的変化の複合的な事態が進行している中で、そのような複合的な事態それ自体が議論されなければならない状況でもあります。

明治大学のほうでは、九月いっぱいは当面、活動制限レベル2が続き、十月以降も、これがレベル1以上に戻るのかどうか、はっきりしていません。

研究活動

最初に書いたことの繰り返しですが、現在起こっている状況は、地域的でもあり国際的でもあり、生物学のような自然科学的な領域と、人文科学的な領域を横断する考察が必要とされる現象です。その中で生きている以上、生活がそのまま参与観察であり、当事者研究となっています。

明治大学での活動制限がレベル2でありますと、教職員以外は大学の建物内に入れない状態ですから、心の科学の基礎論研究会など、駿河台校舎の研究棟で行われていた研究会も、当面は動画通信で実施することになります。

教育活動(明治大学

明治大学での講義科目である「人類学B」と「身体と意識」も、当面はオンラインで実施となります。また、ゼミナール科目については、受講者の人数が少ないので、柔軟に対応していきたいのですが、基本はオンラインでの実施で様子を見ることになります。



デフォルトのリンク先ははてなキーワードまたはWikipediaです。詳細は「リンクと引用の指針」をご覧ください。

明治大学蛭川研究室公式ホームページ ブログ版蛭川研究室



CE2021/09/14 JST 作成
CE2021/09/14 JST 最終更新
蛭川立

「身体と意識」 西暦2021年度 講義計画

授業時間は金曜日の2限(10時50分〜12時30分)である。授業はオンライン掲示板方式で進める。

01 09/24 →「講義ノート
全体の展望
講義概要
意識の諸状態
意識の諸状態
【文献】『荘子』(胡蝶之夢)
【文献】『宗教的経験の諸相』
02 10/01 →「講義ノート
睡眠と夢
睡眠と覚醒の概日周期
スマートフォンの睡眠アプリ
睡眠と夢見の系統発生と個体発生
03 10/08 →「講義ノート
明晰夢と睡眠麻痺
入眠時幻覚と睡眠麻痺
日本人の『金縛り』体験事例
明晰夢と体外離脱体験
明晰夢・体外離脱体験時の脳波
04 10/15 →「講義ノート
神経系の構造と機能
ヒトの脳の構造
05 10/22 →「講義ノート
脳の状態と意識の状態
10/29 (休講)
06 11/05 →「講義ノート
向精神薬神経科
07 11/12 →「講義ノート
精神展開(サイケデリック)体験
08 11/19 →「講義ノート
芸術・宗教と精神疾患
09 11/26 →「講義ノート
10 12/03 →「講義ノート
瞑想・ヨーガ・禅
11 12/10 →「講義ノート
東洋思想における身体と精神
12 12/17 →「講義ノート
12/24 (休講)
12/31 (冬季休業)
01/07 (冬季休業)
西洋思想における身体と精神
13 01/14 →「講義ノート
リアリティとバーチャルリアリティ(全体のまとめ)
14 01/21 →「講義ノート
「水槽の脳」
01/28 (教室試験を行う場合の予定日)



CE2021/07/19 JST 作成
CE2022/01/13 JST 最終更新
蛭川立

「人類学B」 西暦2021年度

秋学期 火曜日 4限(15時20分〜17時00分) オンラインで実施

概要

人間は、解剖学的構造や生理学的機能において他の動物と変わるところはない。しかし人間は、文化を持つ動物である。

群れを作り生殖を行うという動物的な行為を、親族や婚姻といった象徴的な観念によって改めて意味づけし、そして、ときにその観念のほうに束縛される。とりわけ、芸術や宗教などの精神文化は特異なものである。人間だけが歌い、踊り、描き、そして祈る。それは動物的生活からの解放であると同時に、動物的生存を否定する力にもなりうる。

四十億年におよぶ生命史の中で、なぜ人間だけが他の動物とは異なる存在になったのか。その違いはどこから始まったのか。人類学の授業では、進化的な起源をたどる一方で(これは、どちらかというと、人類学Bで扱う)、脳の構造や機能という観点からも考察する(これは、どちらかというと、人類学Aで扱う)。

人類学Bでは、まず人類の進化史を振り返り、人間が文化を持つようになり、その文化によって世界をいかに秩序づけようとしてきたのかを考察する。婚姻、親族、経済、暦法などを概観しつつ、より抽象的な精神文化である、科学や芸術へと話を進める。

人類学は「人間」を研究する学問であるが、対象としている「人間」の範囲が他分野より広い。世界各地の少数民族や、遺跡や化石にしか痕跡をとどめていない過去の人々、あるいは近縁の霊長類までも視野に入れる。人類学は自然科学に属する自然人類学と、人文科学・社会科学に属する文化人類学社会人類学に分けられるが、学際的な学部であることも鑑み、この授業では、自然人類学を基盤にしつつ、文化人類学社会人類学の視点も取り入れながら、総合的に議論を展開する。

なお、現代のグローバル化する社会では、開発と貧困、民族問題と宗教紛争などを扱う応用人類学の重要性が増しつつあるが、それらは、より社会科学的な内容を扱う、別の講義で併せて学ぶことをお薦めする。

対象としている人間集団の範囲が広いため、あまり馴染みのない地域や時代も取り上げるが、おもに蛭川が実際に訪れたことがある社会や遺跡で、自ら撮影した写真や動画も併せ、視覚的、聴覚的イメージも交えながら講義を進めていきたい。

到達目標

1.人間やその社会を、自然科学と、人文・社会科学の両面から総合的に理解できるようになる。
2.人間やその社会を、他の動物とも比較しながら、進化論的に理解できるようになる。

毎週の予定

毎週の授業は、必ずしも公式シラバスどおりには進まないが、以下のスケジュール表は、随時、更新していく予定。

01 09/21 講義ノート
人類学とは何か
人類学の科学史的位置づけ
宇宙・生命・人類の進化
宇宙論的時空のスケール
生物の系統分類と人間の位置
02 09/28 講義ノート
脊椎動物の進化
サル目の系統分類
人類の進化と大脳化
03 10/05 講義ノート
現生人類の拡散
遺伝子からみた人類の系統関係
遺伝子からみた日本列島民の系統
日本列島の歴史年表
人種・民族・文化
04 10/12 講義ノート
遺伝と進化
有性生殖と遺伝の仕組み」
個人向け遺伝子解析
有性生殖と配偶システム
ヒト上科の配偶システム
単婚と複婚
出自の規則
走婚と送魂ー雲南ナシ族・モソ人の親族構造と死生観
雲南モソ人の別居通い婚
2003年、SARS流行下、中国での調査記録
雲南省の地図
05 10/19 →「講義ノート
脳の進化
ヒトの脳の構造
人類の進化と大脳化
「情報と進化」
06 10/26 →「講義ノート
交換としての婚姻(日本,オーストラリア先住民)
11/02 (休講)
07 11/09 →「講義ノート
08 11/16 →「講義ノート
象徴的分類(インドネシア漢民族
11/23 (休講)
09 11/30 →「講義ノート
10 12/07 →「講義ノート
芸術の起源(ヨーロッパ,縄文文化
11 12/14 →「講義ノート
原始美術と現代美術(オーストラリア先住民)
12 12/21 →「講義ノート
呪物としての貨幣(ミクロネシア
(毎週の授業が予定表と若干ずれています)
12/28 (休講)
01/04 (休講)
13 01/11 →「講義ノート
14 01/18 →「講義ノート
近代科学と民族科学(全体のまとめ)



CE2021/08/18 JST 作成
CE2022/01/18 JST 最終更新
蛭川立

「人類学A」2021/07/20 講義ノート

今週で最終回です。全体の授業を振り返ると同時に、人類進化、進化主義と文化相対主義、そして意識状態相対主義へと話をまとめていきます。

人類学は文理を分離しない学問です。自然科学に基礎づけられた自然人類学と、人文・社会科学に基礎づけられた文化人類学社会人類学という分野を包括する学問です。

自然人類学は人類の進化を研究してきました。生命の誕生、単細胞生物、そこから植物と動物が分化、動物の進化の頂点に人間がいると、そして人間でも、原始人、未開人から、文明人が進化したと、こういう考えかたを「進化主義」といいます。

しかし、歴史的には第二次大戦後、アジアやアフリカの植民地が独立していったという時代から、いま、文明が行きすぎて自然破壊が進んだり、物が豊かすぎても心が満たされない、そういう時代に対する反省として、「文化相対主義」という考えが優勢になってきました。

西洋文明がアメリカ合衆国でひとつの完成されたスタイルとなり、これが進んだ科学・技術とともに、グローバル・スタンダードになってきました。しかし、そうした豊かな生活が、背後ではいわゆる発展途上国における戦争や環境破壊とセットになっているという側面もありますし、では途上国などと呼ばれるところが貧困で苦しいばかりかというと、そうでもない。

たとえばアマゾンの先住民族などですね、熱帯で雨が多くて、植物もどんどん育つようなところでは、食べ物を食べるだけなら困らない、あまり働かなくてもいい、のんびりした社会があります。

ところが、どうしてもテレビが観たいとかスマホがほしいとか、そして情報が入ると欧米で流行しているような服が着たいとか、そういう欲望が出てきますとお金が必要になり、現金収入を得ようとする。そうすると忙しく働く必要が出てきて、あるいは都会に移住していき、都市の人口が増え、衛生状態や治安の悪化などが問題になっています。

そこで、豊かさとは何だろうかと、はたして文明は本当に豊かなのだろうか、ほんとうに幸福なのだろうかと、そういう問いかけの中から、文化相対主義という言葉が生まれてきました。反対語は自文化中心主義、エスノセントリズムです。これは、西洋文明人の男性からの視線でもありますが、かつての中華思想のように、自分たちの民族がいちばんで、他は野蛮人だと、そういう考えは古今東西、どこにでもありました。

科学の進歩は、それ自体が知識の広がりであり、素晴らしいものです。そして科学を応用した技術も、これも電子や医療の分野で、非常な発達を遂げました。ほんとうに豊かな暮らしが実現しました。これはここ百年ぐらいの大きな進歩です。進歩しすぎて、遺伝子検査や生命操作のような倫理的な葛藤も起こっています。

さてしかし、文化相対主義というと、もっと深い意味もあります。たとえばタイでは仏教が社会の中にあって、出家して瞑想を学んだりすることがふつうです。宗教が社会の中にある、ときに宗教が政治とかかわるというのは、前近代的で、遅れた社会のあり方だともいえますが、またいっぽうで、ヨガとかマインドフルネスとか、宗教色を薄めた瞑想がストレス社会で流行しています。もともとはインドではじまったものです。インドの文化は物質的な方面よりも、精神的な方向へと深化してきた文明でした。

また、うつ病の大学生がネットでアマゾンの薬草、アヤワスカ茶を買って飲み、自殺念慮を治してしまったという事件のお話もしましたが、その大学生も何か具体的物質的な問題を抱えていたわけではありません。大学に行かずに引きこもっていたのだそうですが、大学に行かずに引きこもっていられるぐらい経済的には豊かで、肉体的には健康であったわけです。豊かさゆえの閉塞感というのでしょうか。

アヤワスカ茶というのは、アマゾンの先住民族が使っている薬草のお茶のことでした。DMTという、LSDに似たサイケデリックス、精神展開薬の作用で、シャーマンが精霊と出会うために使うものです。飲んだら精霊が見えるとか、文明社会の論理からすれば、そんなものが見えてくる薬物というのは、幻覚剤である、麻薬である、逮捕する、懲役刑であると、決めているわけですが、麻薬とは何か、どのように体に悪いのかについては、きちんとした科学的根拠があるわけではありません。

DMTは人間の脳の中でも作られています。夜の間に作られていて、夢という幻覚を見せているのだ、という説もあります。夢という幻覚を見せる麻薬が脳の中にあるわけですが、それを麻薬の所持として取り締まれるのかという、そういうことが京都地裁で争われています(→「京都アヤワスカ茶会裁判」)。このDMTという物質は、瞑想をするときにも脳内で分泌されるということもわかってきています。

また、精神疾患の症状として幻聴が聞こえてくる、といった症状も出てくることがあります。病気で苦しむ人が治療できるようになったのも科学の進歩のおかげですが、そのいっぽうで、幻覚を治療すべき症状とみなすこと自体が近現代社会の論理でもあります。授業では詳しく扱えませんでしたが、もし沖縄で神様が見える、お告げが聞こえてくるという人がいれば、その人は特殊な才能を持った人だと思われ、社会的に尊敬を集めたりもします。もちろん沖縄も日本ですから、かなり高度な医療も受けられるのですが、沖縄の宗教的風土を知っている医者ですと、この人は治療したほうがいいな、とか、これはいっしゅの才能だ、と見きわめるのだそうです。

詳しくは記事へのリンクを辿っていただきたいのですが(→「意識の諸状態」)、目覚めている世界のほうが正常で、眠っていて、夢を見ている世界のほうが幻覚であるといえる形而上学的保障はありません。古代中国の思想家、荘子も、目覚めている世界と眠っている世界のどちらが夢だろうか、などと問うていますし、古代のインドでは、リンク先の記事に書きましたが、眠っているときの世界が夢なら、目覚めているときの世界も夢だ、瞑想によってたどりつける境地こそが真の目覚め、覚醒だ、といった考えが主流でした。

科学の進歩によって宗教の迷信的な側面が訂正されていったのは、これもまた進歩でしょう。進化主義的な視点です。しかし、寿命が90年あったとして、目覚めている時間は60年、その部分の生活だけが現実だと認識される。残りの30年は夢という幻覚の中で生きている。良い睡眠をとると健康になるという考えはあっても、夢そのものに価値があるとは考えられないものです。夢よりも、もっと示唆に富んだビジョンを見せてくれる薬草は幻覚剤、麻薬として犯罪とされていますから、合法的に生きているかぎり、そんなものは摂取しないで一生を終えます。タイでは男子たるもの若いうちに一度は出家ぐらいしておけ、という文化がありましたが、逆にそういう文化がなければ、一生、瞑想などしなくても生きていけるわけです。そうすると、グローバル・スタンダードになった西洋近代文明というのも、こうした多様な意識状態を認めない、狭い価値観だともいえます。

アマゾンの先住民文化、タイの仏教文化、それらの多様性を評価するのが文化相対主義であるなら、夢という幻覚、あるいは幻覚剤と呼ばれるサイケデリックスによって得られるビジョン、あるいは出家して瞑想して得られる境地、こう言った意識の状態の多様性を評価するのを意識状態相対主義といいます。意識状態相対主義という言葉は、文化相対主義ほど一般的な概念ではありませんが。

なお、期末レポート課題は、授業で扱った2、3のテーマについて論述してもらうつもりですが、詳細は別便にて正式に通知します。

臨死体験の尺度

臨死体験の体験内容については、英語圏で標準的な尺度が作られ、それが日本語にも翻訳されている。

しかし、とくに宗教的な概念については文化的な背景の違いもあり、翻訳しても意味が違ってしまうという、翻訳不能性の問題がある。

コア経験(core experience)

ケネス・リングによる臨死体験の重み付け尺度[*1]

番号 加重値
1 Subjective sense of being dead 死んだという自覚 1
2 Feeling of peace, painlessness, pleasantness, etc. (core affective cluster) 安らぎ、無痛状態、心地よさ、その他(中核的感情群) 2*
3 Sense of bodily separation 肉体からの分離感 2*
4 Sense of entering a dark region 暗い領域に入る感じ 2*
5 Encountering a presence/hearing a voice ある存在と出会う、声を聞く 3
6 Taking stock of one's life 人生の総決算をする 3
7 Seeing, or being enveloped in, light 光を見る、光に包まれる 2
8 Seeing beautiful colors 美しい色彩を見る 1
9 Entering into the light 光の中に入る 4
10 Encountering visible "spirits" 目に見える"霊"と出会う 3

5の「存在(presence)」と10の「霊(spirits)」のニュアンスの差異も難しい。日本では、亡くなった家族と出会うという体験が多いのだが、これは「霊」だろう。しかし、存命中の家族と出会った場合には「存在」ではあるが「霊」ではない。

臨死体験尺度

2、グレイソンの尺度[*2]

番号 成分 質問 回答の重み
Cognitive 認知的
1 Did time seem to speed up? 時間の流れが速くなりましたか 2 Everything seemed to be happening all at once 何もかも一度に起こるようだった
1 Time seemed to go faster than usual 時間の流れがふだんより速いように思えた
0 Neither どちらでもない
2 Were your thoughts speeded up? 思考のスピードが速くなりましたか 2 Incredibly fast 信じがたいほどの速さ
1 Faster than usual ふだんより速かった
0 Neither どちらでもない
3 Did scenes from your past come back to you? 過去の場面が蘇ってきましたか 2 Past flashed before me, out of my control 過去が、自分の意志とは関係なく一瞬のうちに眼前に展開された
1 Remembered many past events 過去の出来事をたくさん思い出した
0 Neither どちらでもない
4 Did you suddenly seem to understand everything? 突然全てを理解する感じになりましたか 2 About the universe 森羅万象がわかった
1 About myself or others 自身や他人のことがわかった
0 Neither どちらでもない
Affective 感情的
5 Did you have a feeling of peace or pleasantness? 安らぎや楽しさを感じましたか 2 Incredible peace or pleasantness 信じがたいほどの安らぎや楽しさ
1 Relief or calmness 安心感や穏やかさ
0 Neither どちらでもない
6 Did you have a feeling of joy? 喜びを感じましたか 2 Incredible joy 信じがたいほどの喜び
1 Happiness 幸福感
0 Neither どちらでもない
7 Did you feel a sense of harmony or unity with the universe? 宇宙との調和や合一を感じましたか 2 United, one with the world 世界との一体感
1 No longer in conflict with nature 自然との対立感が消えた
0 Neither どちらでもない
8 Did you see or feel surrounded by a brilliant light? 眩い光を見たりそういう光に包まれた感じがしましたか 2 Light clearly of mystical or other-worldly origin 光は明らかに神秘的ないしはあの世的なものだった
1 Unusually bright light 異常に眩い光
0 Neither どちらでもない
Paranormal 超常的
9 Were your senses more vivid than usual? 感覚がふだんより鮮明でしたか 2 Incredibly more so 信じがたいほど鮮明
1 More so than usual ふだんより鮮明
0 Neither どちらでもない
10 Did you seem to be aware of things going on elsewhere, as if by ESP? ESPが働いた時のように他の場所で起こっていることがわかった感じがしましたか 2 Yes, and facts later corroborated はい、そのことはあとで事実だったことが証明されました
1 Yes, but facts not yet corroborated はい、しかし事実だったかどうかはわかりません
0 Neither どちらでもない
11 Did scenes from the future come to you? 未来の場面が出てきましたか 2 From the world's future 世界の未来が出てきた
1 From personal future 自分の未来が出てきた
0 Neither どちらでもない
12 Did you feel separated from your physical body? 自分の肉体から分離されたような感じがしましたか 2 Clearly left the body and existed outside it 体から明らかに浮かびあがり外側にいた
1 Lost awareness of the body 体が意識されなくなった
0 Neither どちらでもない
Transcendental 超俗的
13 Did you seem to enter some other, unearthly world? 別の、この世ならぬ世界に入るような感じがしましたか 2 Clearly mystical or unearthly realm 明らかに神秘的ないしはこの世ならぬ世界
1 Unfamiliar, strange place 見たことのない不思議な場所
0 Neither どちらでもない
14 Did you seem to encounter a mystical being or presence? 神秘的な存在に会ったように思いますか 2 Definite being, or voice clearly of mystical or other-worldly origin 明らかに神秘的ないしはあの世的な世界の存在や声
1 Unidentifiable voice 正体不明の声
0 Neither どちらでもない
15 Did you see deceased spirits or religious figures? 今は亡き身内の霊や宗教的人物に会いましたか 2 Saw them 会った
1 Sensed their presence 存在がわかった
0 Neither どちらでもない
16 Did you come to a border or point of no return? 境界や限界まで行きましたか 2 A barrier I was not permitted to cross; or "sent back" to life involuntarily 越えることが許されない障壁があった、あるいは意志に反して送り返された
1 A conscious decision to "return" to life 現世に”戻る”決意を自分でした
0 Neither どちらでもない

1の「時間の流れ」であるが、臨死体験の中では、時間の流れが遅くなり、周囲の光景がスローモーションになるという現象が起こることもあるが、これはカウントされない。

5と6については「calmness」は、事故や病気の苦痛が消えて安らかな気持ちになったという、マイナスがゼロになったというニュアンスであり、「joy」は、積極的な喜び、ゼロからプラスになったというニュアンスだという、意味の違いがある。

13の「不思議な場所」であるが、日本ではお花畑に三途の川、というイメージが多い。これは、不思議かもしれないが、「見たことがない」「この世ならぬ」光景ではないから、これにはうまく当てはまらない。

14の「神秘的な存在」と15の「今は亡き身内の霊」、「宗教的人物」の区別も難しい。日本では、亡くなった家族が出てくることが多いのだが、これは「今は亡き身内の霊」に該当する。「神秘的な存在」と「宗教的人物」の違いは難しいが、これは日本ではあまり出てこない。

16の、境界線で引き返してくるという体験はよくあるが、重み付けの尺度では、自分の意志で戻ってきた場合は1点、自分の意志で境界線の向こうに行こうとしたのだが、行くことができなかった場合は2点ということになっている。三途の川の向こうのご先祖様に「来てはいけません」「戻りなさい」と言われる体験も多いが、これも2点ということになるだろう。

生命を脅かす危機的状況に対する心理的反応

これは、因子分析によって臨死体験の要素を分類するための26項目からなる[*3]。中核体験以外の、深い臨死体験ではあまり現れないような、離人感などの解離性の体験も含んでいる。

番号
1 Altered passage of time 時間の流れが変わる
2 Self strange or unreal 自分が非現実的に感じられる
3 Thoughts speeded 思考の速度が速まる
4 Thoughts sharp or vivid 思考が鋭く鮮やかになる
5 Thoughts, movements mechanical 思考や動作が機械的になる
6 Detached from world この世から隔絶した感じ
7 Loss of emotion 感情の喪失
8 Vision, hearing sharper 視覚や聴覚が鋭敏になる
9 Detached from body 肉体から離れた感じ
10 Objects small, far away 物が小さく、遠くに見える感じ
11 Revival of memories 記憶が蘇る
12 Strange bodily sensations 変わった身体的感覚
13 Controlled by outside force 外力に支配されている感じ
14 Body apart from self 体が自分から離れた感じ
15 World strange or unreal 外界が変わって非現実的に見える
16 Wall between self, emotions 自分と感情の間に壁がある
17 Feeling of great understanding 深遠な英知を得た感じ
18 Sense of harmony or unity 調和ないし一体感
19 Colors or visions 色彩や幻像
20 Images sharp or vivid 鮮明なイメージ
21 Strange sounds 変わった音
22 Vision, hearing blurred or dull 視覚や聴覚が鈍化する
23 Feeling of joy 喜びを感じる
24 Revelation 啓示を受ける
25 Body changed in shape or size 体型や大きさが変わる
26 Thoughts blurred or dull 思考が鈍化する

1の「時間の流れが変わる」ことについては、時間の流れが速く感じられる場合と、遅く感じられる場合の両方が含まれる。

9と10の違いは微妙だが、9は、自分の身体の外へ自分の意識が出ていくという移動であり、10は、自分の意識から体が離れていくという移動であり、おおよそ前者は体外離脱体験(OBE)に、後者は離人感に対応するといえる。

24の「啓示(revelation)」も宗教性の強い概念である。日本人の臨死体験の場合には、祖先以外の宗教的存在と出会うことは少ないので、啓示といえるような体験も少ない。亡くなったご先祖様に、まだ来てはいけない、帰りなさい、と言われるだけなら啓示とはいえないだろう。しかし、たとえば、お前は医者として人々を助けるのが使命なのだから帰って働きなさい、と具体的な目的が示された場合は、啓示といえるかもしれない。



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CE2021/07/19 JST 作成
CE2021/07/20 JST 最終更新
蛭川立

*1:リング, K. 中村定(訳)(1981).『いまわのきわに見る死の世界』講談社, 29.(Ring, K. (1980). Life at death: a scientific investigation of the near-death experience. New York : Coward, McCann & Geoghegan.)

・リング, K. 笠原敏雄(監訳)「臨死体験を計測する」グレイソン, B.・フリン, C. P. 笠原敏雄(監訳)(1991).『臨死(ニアデス)体験』春秋社, 40-50.

*2:R. Noyes, and D. Slymen (1979). The Subjective Response to Life-Threatening Danger. OMEGA - Journal of Death and Dying, 9(4).(笠原敏雄(監訳)(1991).『臨死(ニアデス)体験』春秋社.)

*3:R. Noyes, and D. Slymen (1979). The Subjective Response to Life-Threatening Danger. OMEGA - Journal of Death and Dying, 9(4).(笠原敏雄(監訳)「生命を脅かす危機状況に対する心理的反応」『臨死(ニアデス)体験』春秋社.)

「不思議現象の心理学」2021/07/16 講義ノート

不思議現象の心理学という不思議なタイトルの授業も、今回が最終回になります。

思い出してみれば私も大学生のころは、試験の情報を入手するために、授業の最終回だけは出席しよう、などと都合のいいことを考えていたものですが、さて、今年度も混乱がありますが、期末レポートで成績を評価します。課題の内容と提出期限は追ってお知らせしますが、実際にあった不思議な現象の例を挙げて、その解釈をしてもらうと、例年そういう内容なのですが、今年度もそういうことにしますが、正式には別便でお知らせします。

ふつうに暮らしていても、意外にちょっとした不思議な体験はするものです。しかし、それをどう解釈するか、その考えかたが大事です。そのことを、この半期の授業では扱ってきました。(→「不思議現象の心理学 西暦2021年度」)

人はしばしば、偶然の出来事の中に過剰な意味を感じてしまうものですし、それが人生を意味深いものにするという積極的な側面もあります。しかし、そういう主観的な意味と、客観的な出来事は区別する必要があります。

不思議な現象を客観的に調べる方法として、プラセボとの比較や、統計的な仮説検定の話をしました。そして、主観をできるだけ排除した、客観的な実験の手続きを経てもなお、テレパシーやPK(念力)の実験では統計的に有意な結果が出ていると、そういうことも扱いました。

現代の科学では説明できない現象でも、科学がさらに発展すれば説明できるようになるかもしれません。むしろ、現代の科学では説明できない現象こそが、科学をさらに発展させるのだともいえます。

さて、春学期の「不思議現象の心理学」と、秋学期の「身体と意識」は、別の科目ですが、両方履修すると、双方の理解が深まるような仕組みにもしています。不思議現象の心理学のほうでは、客観的な現象、たとえばスプーン曲げや病気治しのような話題を扱いましたが、身体と意識のほうは、夢や金縛り、臨死体験や瞑想体験など、どちらかというと主観的な不思議現象のほうに焦点を当てます。(→「身体と意識 西暦2020年度」)

肉体は死んでも霊魂は残る、という現象を客観的に見れば、幽霊を見た、心霊写真が撮れた、という話になるでしょう。もっとも心霊写真のように見えるものの多くはパレイドリアなどという錯覚です。といってもすべてが錯覚だと言い切れるわけでもありません。

そして肉体は死んでも霊魂は残る、という現象を主観的にみると、臨死体験という体験があります。死にかけて戻ってきた人が、眩しいお花畑で死んだ祖父母に会って、帰れといわれて帰ってきた、といった体験、これは二十歳ぐらいの人でもあんがい多いのです。それも、死にかけて意識の覚醒水準が下がったときに見る夢だ、という解釈もできます。しかし、夢の内容は個人によって、日によって、内容がバラバラですが、臨死体験談は、誰が体験しても、とてもよく似ています。それは、なぜでしょうか。

リアルタイムのディスカッションの中でも、あらためて説明をしていきます。