蛭川研究室

蛭川立の研究と明治大学での講義・ゼミの関連情報

「身体と意識」2021/11/19 CE 講義ノート

先週は疲れていて講義ノートを書きかけで眠ってしまいましたが、リンク先の記事「臨死体験」はかなり分量があったので、今週もこれを資料にしようと思います。この記事で、全身麻酔の体験談を引用させていただいた作家で僧侶の故・瀬戸内寂聴尼の訃報を受け取ったのが先週でした。

それからまた、とある雑誌社から原稿の依頼があり、臨死体験について解説の記事を、という依頼だったのですが、急な打診でもあり、他のことでもバタバタしていたので、いったんはお断りしかけたのですが、編集者の人が、このリンク先の、臨死体験の記事を見つけてきて、これを転載させてもらえないかという話になり、それなら大丈夫ですと引き受けました。別のブログに、ちょっと掲載用に修正した原稿「臨死体験と精神展開薬」をアップしました。元の記事とあまり変わっていないのですが、さらに校正する予定です。

こういうタイミングですから、皆さんにも目を通してもらって、コメントをもらえれば、という意図でもあります。かなり、わかりにくい内容だろうなと思います。わかりにくい、というのは、第一に、DMTは5-HT2Aレセプターの作動薬であり、云々という、神経科学的な細かい話がわかりにくいだろうなと思います。書いている私は、自分が知っていることを書いているのですが、読んでいる人が、どこまで知識があるのか、なかなかわからないのです。あまりに細かすぎてわからないところは飛ばしてもらっても良いのですが、半分ぐらいわかる、半分ぐらいわからない、というところがあれば、ぜひ質問してください。これは、教師としても参考になりますし、記事の読者への配慮にもなります。

もう一つは、やはり臨死体験とか精神展開体験、サイケデリック体験という体験が特殊なので、わかりにくいだろうな、ということです。しかし、臨死体験に似た体験、これを臨死様体験と言ったりもするのですが、似たような体験まで広げると、年齢にかかわらず、意外に多くの人が、ちょっと不思議な体験をしているようです。学期末のレポートで不思議な体験談を書いてくれる人が多いのですが、まず、臨死体験そのものをしている人も、若い人でもかなり多いですし、ブログの記事の冒頭のほうで紹介した体験談も、本当に死にかけたわけではなくて、麻酔が効きすぎてしまって、死後の世界のような体験をしたという体験です。

それから、熱を出したときにも、これも個人差はあるのですが、やはり不思議な体験をする人がいます。私じしんも、38度ぐらい発熱すると、苦しいのだけど、その先に、きれいな光の世界を見たりする、そういう体験を何度かしたことがあります。ワクチンの接種が若い人にも進んできましたが、若い人ほど、男性より女性のほうが熱を出しやすいとのことです。病気に感染するよりワクチンで発熱している人が世界中にたくさんいるわけです。それから、みなさんのレポートを読んでいますと、サウナで精神を整えるというのが見受けられます。やはり身体を高温にすると、脳の働きに影響が出るのでしょうが、それが暑くて苦しいと同時に、なにか爽やかな感覚にもなれるようです。そういう実体験をしたことがある人もまた話を聞かせてください。

臨死体験は本当に死後の世界を見る体験なのか、脳の働きがおかしくなって幻覚が見えているのか、という、雑誌のほうの依頼でも、そういう特集だと聞きましたが、これは難しい問題です。記事の中にも書きましたが、いま目の前に見えている現実さえ、夢なのか現実なのか、わかりません。確かめるのが難しいということではなくて、両方とも正しいのですが、現実か幻覚かという問いの立て方がおかしいのです。これは哲学の基本的な問題で、心身問題とか心物問題とかいいますが、抽象的な哲学史については、また12月ぐらいに、もうすこし先に扱う予定です。

脳の働きが変わると意識の状態も変わるという、これは確かです。それでこの授業では精神に作用する物質、向精神薬についてお話をしてきました。精神を興奮させる物質、精神刺激薬、覚醒剤、興奮薬と、精神を落ち着ける、眠らせる物質があるということは、すでに扱いました。それらとは区別されずに混同されていることが多いのですが、精神展開薬とかサイケデリックスと呼ばれる、意識の状態を変える薬物があります。とくに日本では精神に作用する薬物に対する偏見が強く知識が少なくて、合法なものでもじっさいに飲んだことがあるという人は少ないですから、この授業では、ちょっと先送りしています。

弱いサイケデリック作用を持つ大麻など、最近は世界的に合法化というか、もともとインドや欧米では文化的に広まっていたものですが、大麻なども、日本では繊維材料としては古くから使われてきたものですが、ちょっと知覚や意識を変容させて、芸術や宗教と結びつけていこうという文化はなかったようですし、法律的には厳罰化という状況です。法は社会のルールですから遵守しなければなりませんが、法律を厳しくするか、緩めるか、そういう議論自体をすることもまた大事なことですね。

授業計画の予定表とじっさいの授業の内容が、かなりずれてきていますが、お話しの続きはまた来週以降に扱うつもりです。