蛭川研究室

蛭川立の研究と明治大学での講義・ゼミの関連情報

「人類学A」2021/07/13 講義ノート

来週で最終回になりました人類学Aの授業ですが、今回は、まずは、私じしんがタイで出家した話(→「タイでの一時出家」)を読んでください。

人類の精神文化のうちで、もっとも人間らしいものは宗教だといえます。ただ、科学が進んだ社会では、昔の宗教はあまり信じられなくなってきました。その中で世界的に注目されているのは、仏教です。二千年前のインドで始まって、東アジアから東南アジアへと広がっていった宗教であり、現代では、西洋のキリスト教圏でも関心を持つ人が増えている、いわば発展しつつある宗教です。

仏教は、瞑想をすれば悟りを開ける、欲望から解脱できるという宗教です。もし宗教というのを、神様を信じるものが宗教だというのなら、仏教というのは宗教というよりは、心の健康法のようなものだといえましょうか。

日本では、仏教というのはお葬式だというイメージがあります。しかし、禅宗ではお坊さんは坐禅という瞑想をして悟りの境地を目指します。

それから、お葬式でお経を唱えるというのは、もともとはお坊さんが死んでいく人に対して、あなたはもう死ぬのですから、肉体に執着しても仕方がないですよ、執着を捨てれば、楽になりますよ、お花畑に行ってご先祖様と会えますよ、ということを語りかけてガイドするもので、これがチベットや中国の少数民族の文化に残っていると、先週はそんなお話をしました。

しかし、仏教というのが、お葬式をするのが目的ではなく、むしろ生きている人間が自分で瞑想して心の平安を得る、それをお坊さんが助けてくれる、そちらが先です。そして死んでいくときも、お坊さんが助けてくれる、これが、お葬式でお坊さんがお経を唱える意味だったということです。

瞑想という漢字は、目を閉じて想う、という意味ですが、これは、元を辿ると、古代のインドの言葉で、ヨーガといいます。英語風に発音するとヨガです。詳しいことは別の記事(→「ヨーガと瞑想」)に書きました。この記事は古代のインドのヨーガの流派について細かいことを書いていますが、人類学ではそこまで詳しくは扱いません。

このヨーガという言葉は、犬の散歩をするときのように、動物をヒモでつなぐという意味です。犬が食べ物や他の犬に向かってしょっちゅう忙しそうにしているのと同様、人間の心もいろいろな欲望や人間関係などでいつも揺らいでいますから、感情が動きすぎないように、ヒモで引っ張ってちゃんとコントローする、これがヨーガということでして、漢字で禅、瞑想、カタカナ英語のマインドフルネス、等々、だいたいみな同じような意味です。欲望や感情を安定させようというわけです。そういう文化がアジア、とくにインドでは発達してきたわけです。

さて来週にかけては、結論に向かっていきますが、文化相対主義、意識状態相対主義(→「意識の諸状態」)という、そういった話をします。詳しくは来週、扱います。期末レポート課題については、事前に公表しますのでご心配なく。

研究室への来客・ゼミ活動等について

  • 感染症対策と明治大学活動制限指針
  • 研究室へのアクセス
  • 研究室で活動するメリット
  • 衛生面での配慮

感染症対策と明治大学活動制限指針

研究室がある明治大学駿河台校舎の研究棟には、平時の昼間には、善男善女は誰でも入れます。

しかし、建物を管理している明治大学は、感染症対策のため、随時「活動制限レベル(公式サイト)」を変え、臨機応変に対応しています。

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「不思議現象の心理学」2021/07/09 講義ノート

この授業も今回を含めてあと二回になりました。今回で今までの議論をまとめて、最終回で「身体と意識」につなげていく、という予定になります。

また緊急事態宣言が出て大学も月曜からまた閉鎖か?という状況で、日曜日までの三日間で建物内でやっておくことは終わらせないと、と焦っています。講義ノートも、一年前に書いたものがあるわけだし、それを使えば、と思って去年のノートを見てみました。

hirukawa-classes.hatenablog.jp

これです。「すみません、今週も授業準備が遅れています。ここ数日、予想外の仕事が舞い込んできてしまい、バタバタしていました」などなど、去年の今ごろも忙しい忙しいと言っていました。

一見不思議に見える現象でも、現代物理学によって説明できるのではないか、という、これは最先端科学もかかわってくる非常にエキサイティングなテーマなのですが、その難しい話をわかりやすく説明するのは難しいものです。が、しかし、この去年の講義ノートでは、要するにどういうこと!?だから何!?思い切って単純化しましょう!!と、必死になって説明した感がありますので、今回の授業も、去年の講義ノートを、ぜひごらんください。

それから来週ですが、私の秋学期担当科目である「身体と意識」の概略をお話しします。この「不思議現象の心理学」と「身体と意識」は別の科目ですが、講義をする私としては、通年科目のように考えているところもあり、重複しないように、両方合わせて受講すると、なお理解が深まる仕組みになっています。

とくに、不思議現象の心理学だけ履修して、身体と意識は履修しないという人には、身体と意識のダイジェスト版として、一回で半年分の内容がだいたいわかってしまうように、説明します。

去年の秋学期に履修した、という人には、身体と意識の授業を振り返りながら、不思議現象の心理学とまとめて理解できるように、説明します。

今年の秋学期、これから身体と意識を受講する人にとっては、予告編となります。

いろいろバタバタしておりますが、オリンピックも終わって、ワクチンの接種も進んで、秋学期が始まる九月下旬ぐらいには、世の中も落ち着いてきて、教室での授業も再開できるかもしれません。教室での授業が再開すれば、皆さんの目の前でスプーン曲げを披露することもできます。もっとも、オンライン掲示板のほうが質問しやすいということもわかりましたから、教室で授業をしながら、掲示板に質問を書き込んでもらう、という、いいとこ取りのハイブリッド形式なども考えているところです。

「人類学A」講義ノート 2021/07/06

先週は「個人向け遺伝子解析」のことでだいぶ議論ができまして、有意義でした。さて今週は、また精神文化の話に戻ります。

18年前、2003年ですね、私は中国の雲南省少数民族の村で調査中に発熱して寝込んでしまいました。謎のウイルス性肺炎が中国全土で感染を拡大していたと後から知って、そして緊急状態宣言下で必死で日本に帰国、という、またあの昔話か、何回も聞かされたよ、という受講生諸君も少なくないとは思いますが、これはもう何度でも言います。SARS関連コロナウイルスは中国の雲南省のコウモリに由来するのです。旧型コロナウイルスです。いまの新型コロナウイルス自体が「第二波」なのです。中国のコウモリのことをなんとかしないと、これから十年後、二十年後に、また同じ病気が何度も流行してしまいます。これ、いろいろな人に話をしても、中国のコウモリから来た病気なんだということが、まだまだ知らない人が多い。未来を担う皆さんにこそ知ってほしい、解決してほしい、そうしないと私も安心して歳をとれません。年寄りの繰り言です。

さてこの2003年、私はコウモリのウイルスの研究のために雲南省に行ったのではなくて、少数民族の文化の調査に行ったのです。ひとつ関心があったのは、チベット系の少数民族の葬送儀礼、お葬式の研究です。これは「送魂 ー雲南ナシ族・モソ人の葬送儀礼」という記事に書きました。この記事が今週の授業のメインテーマです。宗教的には、土着の民間信仰があったところに仏教が入ってきて、火葬という風習がつくられてきたと、これは日本と似ています。

なぜ中国の西のほうの辺境の少数民族に注目するかというと、日本の文化と共通するルーツがあるからです。たぶん二千年ぐらい前の時代から共通するルーツがあるんですね。婚姻制度の研究もしたのですが、男女が歌を交わしあって、お互いの思いを確かめると、男が女の家に通い始める、そういう恋愛結婚の文化は、古代の日本と共通しています。ところが中世以降、親が決めた相手と結婚させられるという、これは中国の漢民族の影響が大きいのですが、そういう文化が広がるにつれて、愛し合っているのに結婚できない、そういうカップルが心中という方法で、あの世で結ばれると、そういう死生観がつくられてきたと、これも日本と並行した現象です。

残念ながら日本は自殺の多い社会ですが、とくに男女が二人で心中する、情死とも言いますが、こういう文化は世界的にみても珍しいというか、決して誇れるものではないのですが、死という形で恋愛を成就させるという、これもまた中国の少数民族と共通したルーツを持っているんですね。

さて不幸にも人が亡くなると、お坊さんが来ます。お坊さんが来てお経を上げて、そして亡くなった人の遺体は火で焼かれる、火葬ですね、これは日本では中世以降に広がって、今でも続いている文化です。

さてお葬式でお坊さんがお経を唱えるわけですが、あれは何て言ってるのか、まあ誰もわかりません。難しい漢文を歌みたいにして読み上げているのですけど、お坊さん自身も意味を知らないかもしれませんね。お経というのは誰に対して何を言っているのか、これは元をたどると、死んだ人に対して、ちゃんと極楽に行けるように、お坊さんが道案内をしているんですね。記事の中に動画があって、仏教のお坊さんとダパというシャーマン、これは神道の神主さんみたいな仕事でしょうか、日本では神主さんはお葬式には来ませんが、動画の中でチベット語やダパ語でお経を唱えているのですが、これは、死んだ人に対して、あなたは死にましたよ、死ぬのは初体験ですからびっくりしているでしょうけど、安心してくださいね、道案内しますよ、と言っているのです。

目の前に光が見えますよね、まぶしくてびっくりするかもしれませんが、その光の中に入っていくと、極楽、天国に行けますよと、そういうガイドをしているんですね。日本だと、浄土宗とか、その系統の宗派が、そういうお経を唱えます。もともとはインドから来たものです。

どうしてお坊さんが死んだ人に、というか、正確には、死にかけている人に、なのですが、目の前に光が見えてきましたよね、などと言えるのかというと、お坊さんは、死んでいく人たちは、臨死体験というものですが、死んでいくときには、目の前に光が見えてきて、安らかな世界に行くと、そういう知識を持っているわけです。これは心理学の方面では臨死体験というもので、人類学の授業とはすこし離れますが、「臨死体験」という記事に書きましたが、これは今日は読んでもらう必要はありませんが、興味がある人は、どうぞ。心理学的なことは、また駿河台のほうで、たぶん来年以降は教室の授業でお話することになります。楽しみにしていてください。それから三年生と四年生のゼミでも、臨死体験の研究をしています。

臨死体験という体験や、人間が死んでいくときに、脳の中でどんなことが起こっているか、これは人類学の授業ではあまり詳しくは触れませんが、脳が死にかけると、神経細胞を保護するために、DMT、ジメチルトリプタミンという物質が分泌されます。アマゾンの先住民の薬草茶、アヤワスカ茶の成分ですね。その物質の作用で、その人自身は安らかな光を見るような体験をするということが明らかになってきました。記事の中で引用した論文は2019年の研究ですから、つい一昨年です。京都の大学の大学生が自分で臨死体験を起こして自分の命を救ってしまい、しかも犯罪者として裁判になってしまったという、世にも不思議な事件、不思議すぎて理解できなくて報道もされない事件、これが起こったのも2019年ですから、まだ一昨年のことです。

人類学という文脈で話を整理します。アマゾンのジャングルで原住民に謎の幻覚茶を飲まされて天使に会ったとか、中国の山の中の少数民族で葬式の調査中に謎の肺炎騒動に巻き込まれたとか、そういう話だけをしていると、なんだか変な研究ですね、面白そうですけど、だから何なんですか、という話になって、なかなか理解されないのですけど、たとえば今、脳の研究が進んできて、死にかけた脳が自分を守るためにジメチルトリプタミンという物質を分泌するとか、そういう物質を飲めば同じような体験が起こる、それで脳が活性化して、逆に自殺したいという気持ちが消えてしまったりとか、そういう研究が進んできています。

ところが、人が死ぬとき、その直前には白い光が見えて安らかになるとか、そういうことは、もう千年も二千年も前の仏教の経典に書いてあったわけです。昔のインドや中国のお坊さんたちは、もうそういうことを知っていたのですね。それから、ある種の植物をお茶にして飲むと、その安らかな白い光の体験をすることができると、アマゾンの森の先住民族が、やはり千年も二千年も、もっと前から知っていたと、人類学はそういうことを研究するわけです。とくに宗教人類学という分野ですけど、大昔の宗教の経典や、辺境の少数民族の不思議な風習をよく研究してみると、じつは今の脳科学の最先端が先取りされていたと、大昔のものが未来を先取りしていたと、これが人類学の面白さです。というところで、講義ノートはこれぐらいにしておきます。

レム睡眠とノンレム睡眠のサイクル ースマホのアプリでの記録ー

スマートフォンには加速度を検知するセンサーが内蔵されており、うまく応用することで睡眠の状態を記録できる。

Sleep Cycle」は、身体の振動からレム睡眠を検知し、最後のレム睡眠の段階でアラームを鳴らす仕掛けのアプリである。

Sleep Cycle: スマートアラーム目覚まし時計

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play.google.com

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西暦2016年1月30日〜31日の蛭川の睡眠

約7時間(420分)の睡眠の中で、5回のサイクルが繰り返されているから、平均すると周期はおよそ85分である。通常、ノンレム睡眠の深さは徐々に浅くなってから目覚めるのだが、このグラフでは朝になるにつれて眠りが深くなっているようにみえる。これが睡眠相後退症候群の症状なのか、センサーの精度が低いのかは不明である。

その後のバージョンアップで、マイクから拾った音からも睡眠のサイクルを記録できるようになった、また、いびきを自動録音することで睡眠時無呼吸症候群の程度を調べることもできる。

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西暦2019年5月16日の深夜から朝にかけての睡眠の記録

2時20分から7時20分までの5時間(300分)に4回のサイクルが繰り返されているので、平均周期は75分となる。ノンレム睡眠が徐々に浅くなって目覚めるというグラフになっているのは、睡眠相後退症候群が改善したなのか、あるいはアプリの感度が上がったからなのか。



CE2019/10/04 JST 作成
CE2021/07/04 JST 最終更新
蛭川立

京都アヤワスカ茶会裁判 ー アマゾンの薬草が日本で宗教裁判に? ー

南米の先住民族が治療儀礼に用いてきたアヤワスカという薬草には、DMTという精神展開薬が含まれている。日本に自生しているDMTを含む薬草で自分のうつ病を治した大学生と、それを売った男性が逮捕され、裁判になっている。

京都地裁で2020年6月に始まった裁判は、2022年1月に結審し、青井被告に対し実刑4年が求刑された[*1]。2022年9月26日に京都地裁は懲役3年、執行猶予5年の判決を下したが、青井被告は控訴し、大阪高裁で2023年4月18日に再審が始まる。逆転無罪判決が出る可能性が高く、その点でも注目すべき裁判である。

大学生の事件

アカシア茶の抗うつ作用

2019年7月。不安障害とうつ病を悪化させ自殺念慮に苦しんでいた[*2]大学生が、京都府内の自宅に引きこもり、コデインを含む咳止め薬で精神的な苦痛を和らげていた[*3]心療内科に通っていたが、処方された治療薬[*4]は奏功しなかったらしい。

しかしこの優秀な哲学青年は、独学による研究を重ね、オピオイドには一時的な鎮痛作用があるだけだが、サイケデリックス(精神展開薬)には治療抵抗性うつ病に対する効果があり、悟りのような境地を得て人生観が変わるということを知った。

そこでこの大学生はソウシジュ(相思樹:沖縄に自生するアカシアの一種 Acacia confusa)の樹皮とモクロベミド[*5]をインターネット経由で購入し、京都府内の自宅で茶にして服用し、抑うつ希死念慮を自己治癒した[*6]

しかし、ソウシジュの樹皮には麻薬として規制されている精神展開薬(サイケデリックス)[*7]であるDMT(ジメチルトリプタミン)が含まれていたため、大学生は麻薬所持の疑いをかけられたが、未成年だったため、家庭裁判所で不処分となったが、彼は京都地裁での青井硝子裁判において弁護側証人として、自らの体験を語った[*8]

「光」による悟り

大学生は、アカシア茶の服用後、まず、曼荼羅のような図形が回転しているのを見た。彼は、その回転する視覚像が、自分の思考の投影だということに気づいた。その投影像を観察し続けている間に、自己の思考と思考の対象との分節が消滅し、そして自己と他者との境界が消滅し、あらゆる存在に深い慈愛を感じたという。

やがて自己と外界との境界も消滅し、それを観察している自己も消滅するという再帰的なループに陥り「世界の構造には再帰性がある」ということに気づいたと同時に、その無限に深い畏れを抱いた。

その様子を見守っていた友人は驚き、Medi-Teaに添付されていたマニュアルに従って救急車を呼んだ。救急搬送された本人は、救急車の中で無限ループに対する抵抗を諦め、その再帰性に身を「ゆだねた」[*9]ところ、救急車内は、たちまち無限の白い光に包まれた。

その光は視覚的に「見えた」というよりは、共感覚的な知覚であり、同時に「はからい」[*10]による救済という意志をともなう暖かさを感じた。「ただ、ある」という状況を、ただ目撃していたという。

病院に到着したときには、すでに、生きていても死んでいても同じだ、という悟りを得ていた。希死念慮が消えてポジティブ思考になったわけではない。生きていても死んでいても同じであり、過去もあまり思い出せない、未来については考えないことにしている、いま現在を誠実に生きる、という境地で暮らすようになったという。

こうした体験は、比較的典型的なサイケデリック体験であるが、この体験がDMTのみの作用によって起こったのかどうかは、正確には、わからない。

DMTという麻薬を使用したことを疑われ、大学生は警察に拘束されてしまったが、未成年だったため、家庭裁判所で不処分に終わった。

青井硝子の事件

ネット上でソウシジュの樹皮を販売していたのは「薬草協会」を運営する青井硝子(筆名)という、農業を営む男性であった。

2020年2月26日に、青井硝子は友人宅で、やはりDMTを含むミモザの茶を服用したと供述している。その6日後の3月3日に、青井硝子は自宅で逮捕された。自宅からはソウシジュの樹皮から作られた茶が押収され、また尿からはDMTが検出された。

京都地裁での裁判

青井硝子は取り調べを受けた後、麻薬及び向精神薬取締法違反で起訴され、2020年6月8日から京都地裁で裁判となった。

いわゆる薬物事件では、逮捕されても容疑者が反省し不起訴になるか、起訴されても初公判で反省し執行猶予付きの判決が下されて終わることがほとんどだという。しかし、青井被告はまったく反省の色を見せておらず、初公判から自らの行いを仏教における菩薩だと主張し[*11]、またこの裁判を科学の進歩に反するガリレオ裁判に例え[*12]最高裁まで争うと主張している[*13]

裁判の争点

茶は麻薬なのか

DMTは麻薬及び向精神薬取締法で規制されている物質であり、その所持や服用は違法である。しかし、ソウシジュやミモザなど、DMTを含む植物は麻薬として規制されていない。

検察側は、ソウシジュやミモザをお湯に入れて作ったお茶は、DMTであり、麻薬だと主張している。

いっぽう、青井被告と弁護側は、お茶はDMTという物質そのものではないと反論している[*14]

DMTを含む植物は日常的に使用されてきた

弁護側は、もしソウシジュを水に溶かしたものが麻薬ならば、沖縄で使われているソウシジュの染料も麻薬になってしまうと主張している。

これに対し、検察側は、たんに水に溶かすことと、飲むために水に溶かすことは意味が違うと反論している。

DMTを含む植物は身の回りにも多数存在している[*15]。弁護側は、たとえばミカンにもDMTが含まれているが、オレンジジュースは麻薬としては取り締まられていないと主張している。

これに対し、検察側は、ふつう、DMTの作用を期待して故意にオレンジジュースを飲むわけではない、と反論している。

しかし、弁護側は、DMTを含むヤマハギの茶が、婦人病や神経症の薬として用いられてきた[*16]ことも指摘している。

病気の治療は正当行為か

また、青井被告と弁護側は、かりに茶が麻薬だと解釈されたとしても、それは、うつ病自殺念慮を改善するために使われたものであり、正当行為であり、違法性は阻却されると主張している。

これに対して検察側は、麻薬も許可を取れば医薬品として使えるのにもかかわらず、青井被告は無許可で使ったので、正当行為とはいえない、と反論している。これには裁判長も一定の理解を示している[*17]

しかし、弁護側は、茶は医療として病気を治すために使われたのではなく、人の心を癒やそうという、一種の宗教行為として使われたという意味で正当行為なのだと反論している[*18][*19]

捜査方法の問題

2020年3月3日に、青井被告の尿からDMTが検出されたことについて、検察側は、これは6日前の2月26日にミモザ茶を服用した証拠だと主張している[*20]

しかし、弁護側は、経口摂取されたDMTのほとんどは数時間で排泄されてしまうこと、人間の体内でもDMTは合成されているので、6日後の尿中にDMTが検出されたとしても、青井被告がミモザ茶を服用したという供述の物的証拠にはならないと反論している[*21]


事件の意味

DMT茶の医薬品としての可能性

DMTを含む植物から作られる茶は、南米では「アヤワスカ」と呼ばれ、宗教儀礼の中で合法的に使用されてきた[*22][*23]。近年では、アヤワスカ茶に、うつ病・不安障害や、アルコールを含む薬物依存を改善するという医学的な研究が進められている[*24][*25]

この事件は、乱用されれば健康被害を引き起こす物質や植物をたんに麻薬として取り締まるのではなく、医薬品として、あるいは精神状態を改善する飲み物として使用できる可能性を研究すべきではないのかという問題を提起している。

内因性DMTの存在

植物の体内で合成され、麻薬として指定されている物質と同じ物質が動物の体内でも合成され、しかもそれが神経伝達物質として、また神経保護物質として臨死体験のような体験を引き起こすということは、脳神経科学においても重要な知見であり[*26]、また麻薬を「所持」することが犯罪とされる制度を問い直すという社会的な問題提起でもある。

21世紀の東アジア的事件として

今回の事件で争われているのは、南米の「アヤワスカ」そのものではなく、東アジアに自生するアカシアやミモザといった複数の植物と、モクロベミドという錠剤をブリコラージュ的に組み合わせた、いわばアヤワスカの精巧な模造品である。こうしたハーブや個人輸入可能な薬剤がネット上で売買されているようで、この事件に先立って韓国で似たような事件が起こり、それから台湾や中国大陸でも同じような事件が起こったようだ。

西洋におけるサイケデリックカウンターカルチャーとは違い、政治性、芸術性、宗教性は希薄であり、典型的には心を病んだ引きこもり(hikikomori)の若者たちが自己治療のために使用している。事件の発端となった大学生も、一流大学に合格し、薬物の知識も豊富であり、一人暮らしで引きこもれるのも実家からの援助があったからこそである。表面的には恵まれた状況にありながら、そこでうつ病になってしまうという、はっきりした理由がない[*27]

これは、ブラジルの宗教運動が西洋圏で広まっているのとはまったく異なる文脈であり、日本を中心とする東アジアのオタク(otaku)的な文化として注目すべき特異性がある。



毎回の公判の様子など、より詳しい情報は「京都アヤワスカ茶会裁判」に書いている。

デフォルトのリンク先は「はてなキーワード」または「Wikipedia」です。詳細は「リンクと引用の指針」をご覧ください。

明治大学蛭川研究室公式ホームページ ブログ版蛭川研究室


  • CE2021/09/18 JST 作成
  • CE2023/04/13 JST 最終更新

蛭川立

*1:hirukawa.hatenablog.jp

*2:大学生は「社交不安障害」という診断を受けていただけで、うつ病、その他に罹患していたというのは医師の診断ではない。

*3:アルコールは飲用していなかったらしい。この大学生は遵法精神が高く(これは青井被告と似ている)未成年は酒類を摂取してはいけないと考えていたらしい。

*4:詳細は未確認だが、エビリファイ(アリピプラゾール)を服用していたらしい。これは単極性うつ病よりは、統合失調症双極性障害に処方される薬である。

*5:MAOI(モノアミンオキシダーゼ阻害薬)。オーロリクスなどの商品名で販売されており、個人輸入と個人仕様が可能である。麻薬等としては規制されていない。

*6:ソウシジュの樹皮を購入する以前に咳止め薬に含まれるDXM(デキストロメトルファン)を試したが、人生観を変えるほどには効かなかったらしい。これは未確認情報である。DXMは解離性麻酔薬であるケタミンと似た作用を持つが、ケタミンの抗うつ作用は確認されており、イギリスなどでは医療用に使用されている。

*7:DMTは精神展開薬(サイケデリックス)の一種である。 hirukawa-archive.hatenablog.jp

*8:hirukawa.hateblo.jp

*9:他力の「はからい」に自己を「ゆだねる」というのは、親鸞の『歎異抄』にみられる言葉であるが、大学生は歎異抄のことは知らなかったようである。

*10:他力の「はからい」に自己を「ゆだねる」というのは、親鸞の『歎異抄』にみられる言葉であるが、大学生は歎異抄のことは知らなかったようである。

*11:青井被告は初公判で自らの行いをボーディサットバだと供述したが、日本の法廷でサンスクリットが使われるのは異例である。詳細は以下の記事を参照のこと。 hirukawalaboratory.hatenablog.com

*12:第三回公判での青井被告の発言。詳細は以下の記事を参照のこと。 hirukawalaboratory.hatenablog.com

*13:接見での青井被告の発言。詳細は以下の記事を参照のこと。 hirukawalaboratory.hatenablog.com

*14:初公判での喜久山弁護士の発言。詳細は以下の記事を参照のこと。 hirukawalaboratory.hatenablog.com

*15:以下の記事にDMTを含有する植物のリストを掲げた。 hirukawa-archive.hatenablog.jp

*16:ヤマハギの茶は、今でも仏教寺院で一般の参拝者に振る舞われている。 hirukawa-archive.hatenablog.jp

*17:第九回公判での安永裁判長の発言。詳細は以下の記事を参照のこと。 hirukawalaboratory.hatenablog.com

*18:第一回公判での喜久山弁護士の発言。詳細は以下の記事を参照のこと。 hirukawalaboratory.hatenablog.com

*19:第十回公判での喜久山弁護士の発言。詳細は以下の記事を参照のこと。 hirukawalaboratory.hatenablog.com

*20:第二回公判での立川検事の発言。詳細は以下の記事を参照のこと。 hirukawalaboratory.hatenablog.com

*21:第二回公判での喜久山弁護士の発言。詳細は以下の記事を参照のこと。 hirukawalaboratory.hatenablog.com

*22:アマゾン川上流域の先住民族によるアヤワスカを用いた宗教儀礼の、蛭川じしんの調査記録。 hirukawa-archive.hatenablog.jp

*23:ブラジルで発展し合法化された、アヤワスカを用いた宗教儀礼の歴史。 hirukawa-archive.hatenablog.jp

*24:精神展開薬の臨床研究の現状についての、蛭川に対する共同通信のインタビュー記事。 https://news.yahoo.co.jp/articles/2353b183ef30e6b19123546ea832aa02c8a65476?page=1news.yahoo.co.jp

*25:弁護側が裁判所に提出したDMTとアヤワスカについての論文のリスト。アヤワスカの臨床研究の論文も含まれている。 hirukawalaboratory.hatenablog.com

*26:内因性DMTの特徴。 hirukawalaboratory.hatenablog.com

*27:アメリカで一流大学に入学した大学生が燃え尽きて治療抵抗性うつ病になり、アヤワスカで自己治療してしまうという、2016年の半フィクション映画『ラスト・シャーマン』(「アマゾン先住民・アヤワスカ関連映画」を参照のこと)も、この京都事件とよく似た内容であり、2019年に日本で起きた事件が決して特殊なものではなく、グローバルな現象の一部であることを示している。

「不思議現象の心理学」2020/07/02 講義ノート

今週は「PKの実験研究」について、です。リンク先の記事とこのノートは両方とも加筆中です。動的に進化していくのが電子媒体と紙媒体とは違うところですね。

アップしてある教材には要点だけが書いてあります。リアルタイムの授業ですと、そこを口頭で補っていくのですが、掲示板授業だと、なかなか難しいところです。しかし、掲示板だと質問もしやすいようで、そこは掲示板の良さですね。

スプーン曲げなどの話をしてきましたが、心の力で物質を動かしたり、変化を与えることができるか、という話です。この不思議な現象のことをお話しするのが、この授業の中心的なテーマなのですが、ニセモノに騙されないようにしよう、疑似科学に注意しよう、という、ワクチンを打って免疫をつくってから本題に入ろう、という準備が長くなりすぎてしまいました。今月は本題を詰めていって結論に持って行きます。

乱数発生器を使った、いわゆるmicro-PKの実験なのですが、これこそが、私じしんが、十年前、二十年前ぐらいに、前人未踏の分野を試行錯誤しながら研究してきた、思い入れの強い研究分野であるがゆえに、簡単にまとめようとすると、うまくまとまりません。教材ページも、後半のほうがうまく書けないのですが、それは、必死に研究してきたがゆえに、かえって短くまとめることが難しいのです。この研究のことで取材を受けてテレビに出たこともあり、そのときの映像もDVDにしたものをもらって、手元にあるのですが、教室授業なら教室で上映できるのですが、オンラインだと、そういう簡単なことが、意外に難しいですね。

リンク先からさらにリンクを張っておきましたが、2004年にブラジルの大学に招聘されて現地の宗教儀礼を調査していたころの話を「世界を夢見ているのは誰か」というエッセイに書きましたが、これはパスワードなしでも読めますか?物理学の細かい話になっていくとややこしいのですが、ブラジルで興奮しながら調査していたころの雰囲気でも感じてもらえるかと思います。興奮しすぎて自分で自分に酔っているところもありますが、そこは差し引いてください。超心理学というよりは文化人類学の話題になってしまうのですが「ブラジルの都市で混交する宗教文化」というページの、さらにリンクを辿ると、その先に、写真をいろいろ載せておきました。ブラジルというと暑いところで色の黒い人たちが踊っているというイメージがありますが、私が行ったクリチバという高原都市は、涼しくて日系人の多いところでした。

心理学の授業なのですが、量子力学がどうしたとか、難しい物理学の話が混じってきたりしますが、私じしんにも専門的知識のない分野です。ただ、超能力や超常現象なども、研究の最先端では、最先端の理論物理学や、そういうところとも関係してきている(らしい)という、雰囲気だけでも理解してもらえれば、と思います。