蛭川研究室

蛭川立の研究と明治大学での講義・ゼミの関連情報

臨死体験

臨死体験 NDE: Near Death Experience とは、死に瀕した人が死後の世界を垣間見るような体験のことをいう。

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Bosch (1490). Kutsanmışın Göğe Yükselişiヒエロニムス・ボス『祝福された者の楽園への上昇』) [*1]

以下は、授業で聞き取り調査をしたときに語られた臨死体験である。成人の数十人に一人が臨死体験をしているというが、二十歳前後の学生でも同様の割合で体験者がいるのは驚きである。

入院したときに麻酔が効きすぎたようで三日間ほど寝入ってしまったときのこと。

目の前に色とりどりのお花畑が広がっていた。そこには川も流れていて、川の向こう側にはたくさんの知らない人たちが、黙って手招きをしていた。でもどこからか、「そっちに行ってはだめ」「帰っておいで」という声が聞こえてきたので、声のするほうにお花畑の中を歩いていくと、丸く光る空洞が現れ、その中へ吸い込まれていくような感じがした。

すると、今度は、はっきりと自分を呼んでいる声が聞こえて、目が覚めると、家族が自分のことを呼んでいた。

その後そのような体験をすることはなかった。


20歳 女性 学生 2004年12月聞き取り

アメリカでの調査では、死の直前(直後?)から生還した人の約四割が臨死体験をしているという。夢を見ても起きると忘れてしまうのと同じだとすれば、じつは全員がこうした体験をしているのかもしれない。しかし臨死体験者の場合は、体験が非常にリアルで、しかも何年経っても、何十年経っても記憶が薄れないという体験者は多い。

臨死体験の内容は似通っている

夢の内容が、人によって違い、同じ人でも日によって違うのにたいして、臨死体験者が報告する体験の内容は、人種や宗教が違ってもよく似ている。順序は多少前後するが、以下のような典型的な要素が経験される[*2]。(→「臨死体験の要素と因子」)

  1. 自分が死んだという感覚
  2. 静かで安らかな感覚
    • (怪我や病気で苦しんだ人も、この時点ですでに痛みを感じなくなっていることが多い。)
  3. 自分の意識が自分の体から抜け出すような体験。
    • (体外離脱体験(OBE: Out-of-Body Experience))
  4. 今までの人生を走馬灯のように早送りで眺める(走馬灯体験)
  5. 暗いトンネルを光に向かって進んでいく
  6. 光に満ちた、お花畑のような美しい世界
  7. 境界線(三途の川など)を見る(生還者はそこを超えない)
  8. 死んだ家族や友人、神様のような存在と出会う
  9. 帰れと言われたり、帰らなければと思い、戻ってくる

境界線を越えて、逝って帰ってこなかった人の体験はわからないが、帰ってきた人は、死後の世界が存在するという信念を強める。死後の世界が素晴らしかったといって、自殺したりして戻ろうとする人は、ほぼいない。死後の世界があると信じながら、肉体を持って生きていることの意味を深める。あるいは、他の人も天国に行ってほしいからと、他人を殺そうとしたり、心中しようということもない。

事故や病気で死にかけた人のほとんど全員が、同じような天国的体験をしたと報告しているが、自殺未遂から生還した人は、地獄的な体験を報告することが多い。その体験も多様である。

死後の世界か脳内現象か

臨死体験が「死後の世界」を垣間見る体験なのか、それとも瀕死の状態で見る夢のようなものなのかについては議論が分かれている。

たとえば、睡眠中に見る夢とは違う点が多い。

「死後の世界」説を裏付けるような特徴には、以下のようなものがある。

  1. 睡眠中の夢よりもリアルで、体験後も忘れにくい
  2. 睡眠中の夢よりも体験内容が互いに類似している
  3. 体験中に出会う人間は、すでに死んだ人が多い

内容が非常に似通っているということは、以下のように説明できる。

  1. 死後の世界が実在するから
  2. 死後の世界というイメージをあらかじめ知識として知っていたものが視覚化されただけ
  3. 脳の同じ特定の部位が死にかけたことから起こる幻覚だから

「死後の世界」が実在するというのは、もっとも明快な仮説だが、単純明快な仮説であるがゆえに、反証も難しい。(反証可能性という科学的仮説の要件からは離れるという意味である。)

体外離脱体験では、体から抜けた魂が、天井のあたりまで浮かんでいくというところまでは確かめられるかもしれない。自分の視点が天井のあたりに移動して、横になって目を閉じていたらわからないようなこと(たとえば、手術の様子など)が見え、確かめてみると実際にそうだったということが少なくない。

しかし、魂がトンネルを抜けた先にある、すでに亡くなった人たちが住むお花畑は、どこにあるのだろうか。雲の上や地面の下など、この物理的な空間にはなさそうだとすれば、お花畑も亡くなった祖先たちも、すべて死にゆく人が見た幻覚だということになってしまう。

ただし、同じ論理を敷衍するなら、いま目の前に見えている世界も、個々人が見ている幻覚か、個々人の意識とは独立に、客観的に存在する世界かどうかは、確かめようがない。ここまで議論を抽象化すると、客観的な物理現象か主観的な心理現象なのかの区別は原理的にできないということになる(→「心物問題(執筆中)」)。

天国や地獄という知識やイメージを事前に学習していたからだという説に対しては、

  1. 西洋と日本など、文化圏が違っても、体験内容が似通っている
  2. 信じている宗教が違ったり、信仰心が強くても弱くても、体験内容が似通っている
  3. 天国的な体験が多く、地獄的な体験が少ない
  4. 小さい子どもの臨死体験も、大人の臨死体験と、体験内容が似通っている

という反証がある。

いっぽう、臨死体験は幻覚の一種だとする説によれば、文化や年齢の違いを超えて体験内容が似ているのは、死に瀕した場合に、側頭葉など脳の特定の部分が活動するからだと説明される。

臨死様体験

また、臨死体験、あるいは臨死体験に似た体験は、以下のような状況でも起こる。

  1. 高温(発熱、サウナなどの外部からの熱)
  2. 高山、窒息などの低酸素状態
    • 瞑想的呼吸法(ヨーガの保息(kumbhaka))も低酸素状態を引き起こす
  3. 精神展開薬(サイケデリックス)の服用
  4. 全身麻酔(最初に挙げた例)
  5. 事故に遭った直後で、軽症で済んだ場合

向精神薬臨死体験

精神展開薬

とくに、精神展開薬(psychedelics)の服用は、臨死体験の脳内メカニズムを知る上で重要である。

精神展開薬には、天然の植物に含まれるDMT(ジメチルトリプタミン)、シロシビン、メスカリン、合成物質としてはLSDなどがある(→「精神展開薬」)。

https://media.springernature.com/full/springer-static/image/art%3A10.1038%2Fs41598-019-45812-w/MediaObjects/41598_2019_45812_Fig4_HTML.png?as=webp
心停止後の脳内におけるセロトニンとDMT量の変化[*3]

この中でも、セロトニン(5-HT)と構造の似たDMTは脳内にも同じ内因性DMTが存在し、神経伝達物質として機能していること、低酸素状態で分泌量が増え、シグマ-1受容体(σ1R)を経由して神経細胞を保護することが知られており、臨死体験を引き起こす物質の有力候補となっている。

麻酔薬

全身麻酔による臨死体験のような体験は、冒頭で紹介した。

作家であり僧侶でもある瀬戸内寂聴(2021年に遷化)は、胆嚢癌の手術のために全身麻酔を行ったときの体験を「死とはなんて甘美なものだろう」と表現している。

ところが、いざ手術を受けてみると、その全身麻酔が何とも言えず気持ちがよかったのです。麻酔が効きはじめると、だんだん全身が甘い感覚に包まれてきて、フーッと意識が薄れていく。本当に気持ちがいい。「死ぬ瞬間もこうなら、死とは素晴らしいことだ」と思えたほどの気持ちよさでした。
 
(中略)
 
里見先生が何度も言われた「無」という言葉がずっと頭に引っかかっていたので、全身麻酔で意識が遠のきながら「ああ、これが無か」と思ったのです。
 
「これが無なら、死とはなんて甘美なものだろう」
 
このまま意識が戻らなくてもいいという気持ちのまま、スーッと意識がなくなりました。
 
麻酔から醒めるときも、また何とも言えない甘い感じがして、カーテンが音もなく開かれるように意識が戻りました。小説になるような夢をみないかと期待していたのに、何もありません。そうやって意識を失って「無」になったのは一瞬のようでしたが、その間にお腹の穴から胆のうが摘出されていたわけです。
 
(中略)
 
私も数えでいえば94歳ですから、もう十分に生きました。いま死んでも思い残すことは何もない。だから、癌の再発もちっとも怖くありません。あの甘美な無の世界に入るのだと思えば、なおさらです。

 
「92歳で胆のうがんを患った作家・瀬戸内寂聴「娘ではなく『血のつながらない家族』が身近にいてくれる」」[*4]

この記事は、癌からの回復者が、たくましく生きようとしているという視点から書かれているようだが、当事者の寂聴尼は、すでに生死を超えた境地に突き抜けているように見受けられる。生死の分別を突き抜けてしまったがゆえに気負いなく生きている臨死体験者と、癌などで死にそうになりながらも回復した人が、どこか悲壮な覚悟で残された時間を生きようとする感覚は混同されるべきではない[*5]

麻酔薬と精神展開薬は違う物質である。麻酔薬の中で、精神展開薬に似た作用を持つ物質としては、ケタミンがある。ケタミンは精神展開作用を持つと同時に、体外離脱体験のような解離作用を示すため、内因性DMTだけでは説明できない体験も説明できる。

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臨死体験重篤度と向精神薬体験との類似性[*6]。黄色がケタミンで、紫がインドール系精神展開薬

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この研究で体験談を語ったのは、主に40〜60歳の人たちだが、臨死体験自体の最頻値は20代前半と、意外に若い[*7]

心停止(cardiac arrest)など、生命の危険をともなう臨死体験では、精神展開薬(psychedelics)が引き起こすような神秘体験が起こりやすく、体外離脱体験などの解離体験は、軽度の臨死様体験でも起こることから[*8][*9]前者が内因性DMT、後者がケタミンのような物質によって引き起こされている可能性がある。

人間の脳内には、内因性ケタミンは発見されていないが、NMDA受容体のアンタゴニストの候補物質はいくつか挙げられている。

体外離脱体験は、臨死体験よりは入眠時における睡眠麻痺のときに起こることが多く、これは、意識が覚醒状態から睡眠状態へと移行する途中で、意識が覚醒したまま、身体のほうが先に眠ってしまうため、自分の意識が身体から解離してしまったように感じるためだと考えられる(→「入眠時幻覚と睡眠麻痺」)。

しかし、臨死体験のほとんどが天国的な体験であるのに対し、睡眠麻痺は不快な体験が多い。睡眠麻痺では、妖怪のような存在に脅かされるという体験が多く、日本では非業の死を遂げた死者の霊によるものと解釈する文化があるが、それは家族や親族とは無関係である。

西洋では、エイリアン・アブダクション(異星人による誘拐体験)が頻繁に報告されているが、これも入眠期や、自動車の運転中に軽い睡眠状態になっているときに多い。エイリアン・アブダクションの体験内容も、妖怪のような存在に連れ去られ、性的な虐待を受けるといった不快な内容が多いが、しかし、その事後効果は、臨死体験と似ている。

事後効果

臨死体験が死後の世界をかいま見る体験だったとしても、脳が特殊な状態になったときに見える幻覚だったとしても、いずれにしても、体験後の人生観や死生観が前向きに変わることが多い。死後の世界や霊的なもの、芸術的なものへの関心が高まり、物質的な世界での競争や個人的な成功にはこだわらなくなり、利他的な態度が強まる傾向にある[*10]

こうした事後効果は、精神展開薬の事後効果とも似ているが、精神展開体験のほうが内容が多様で、地獄的な体験の割合も多い。アメリカでの調査では、臨死体験者の2割、LSD体験者の3割が、地獄的な、あるいはバッドトリップの体験をするという[*11]

臨死体験や精神展開薬は、人生観をポジティブに変えるが、その特徴として、意識が過去や未来に向かうのではなく、今ここで生きている感覚が高まるという体感が強まる。

DMTやケタミンうつ病や不安障害が、SSRI選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と同じように、うつ病、不安障害、強迫性障害に有効だということが研究されてきており、イギリスなどでは、治療抵抗性うつ病(他の抗うつ薬では治らず、悪化してしまったうつ病)の応急措置として処方されるようになってきている。

うつ病とは過去の失敗にとらわれすぎる病理で、不安障害とは未来に対して心配しすぎる病理だとすれば、それらが改善されることが説明できる。

*1:Kutsanmışın Göğe Yükselişi」『Wikipedia』(2020/10/31 JST 最終閲覧)

*2:セイボム,M.B. (1986) 『「あの世」からの帰還―臨死体験の医学的研究―』 笠原敏雄訳、 日本教文社、 pp.316-344。

*3:Jon G. Dean, Tiecheng Liu, Sean Huff, Ben Sheler, Steven A. Barker, Rick J. Strassman, Michael M. Wang, and Jimo Borjigin. (2019). Biosynthesis and Extracellular Concentrations of N,N-dimethyltryptamine (DMT) in Mammalian Brain. Scientific Reports, 9(1), 9333.

*4:「文藝春秋」編集部 (2017).「92歳で胆のうがんを患った作家・瀬戸内寂聴「娘ではなく『血のつながらない家族』が身近にいてくれる」(3ページ目)」『文春オンライン』(2020/10/31 JST 最終閲覧)

*5:岩崎美香 (2013). 臨死体験による一人称の死生観の変容―日本人の臨死体験事例から― トランスパーソナル心理学/精神医学, 13, 93-113.
この論文の中では、臨死体験者と、癌からの回復者で臨死体験をしなかった人たちとの、その後の人生観の違いが、各人の語りから、分析されている。

*6:Charlotte Martial, Héléna Cassol, Vanessa Charland-Verville, Carla Pallavicini, Camila Sanz, Federico Zamberlan, Rocío Martínez Vivot, Fire Erowid, Earth Erowid, Steven Laureys, Bruce Greyson, and Enzo Tagliazucchi. (2019). Neurochemical models of near-death experiences: A large-scale study based on the semantic similarity of written reports. Consciousness and Cognition, 69(4), doi:10.1016/j.concog.2019.01.011

*7:Charlotte Martial, Héléna Cassol, Vanessa Charland-Verville, Carla Pallavicini, Camila Sanz, Federico Zamberlan, Rocío Martínez Vivot, Fire Erowid, Earth Erowid, Steven Laureys, Bruce Greyson, and Enzo Tagliazucchi. (2019). Neurochemical models of near-death experiences: A large-scale study based on the semantic similarity of written reports. Consciousness and Cognition, 69(4), doi:10.1016/j.concog.2019.01.011

*8:Charlotte Martial, Héléna Cassol, Vanessa Charland-Verville, Carla Pallavicini, Camila Sanz, Federico Zamberlan, Rocío Martínez Vivot, Fire Erowid, Earth Erowid, Steven Laureys, Bruce Greyson, and Enzo Tagliazucchi. (2019). Neurochemical models of near-death experiences: A large-scale study based on the semantic similarity of written reports. Consciousness and Cognition, 69(4), doi:10.1016/j.concog.2019.01.011

*9:Helena Cassol (2019). Exploration of Near-Death Experience Accounts. ​Liège Université giga Consciousness Coma Science Group

*10:岩崎美香 (2013). 臨死体験による一人称の死生観の変容―日本人の臨死体験事例から― トランスパーソナル心理学/精神医学, 13, 93-113

*11:地獄的な臨死体験の割合については、Greyson, G. and Bush, N. E. (1996). Distressing near-death experiences. In Bailey, L. W. and Yates, J. (eds.), The Near-Death Experience: A Reader. New York: Routledge. pp.207-230.

を、LSDによるバッド・トリップ体験の割合については、Weil, G. M., Metzner, R., and Leary, T. (1965). The subjective after-effects of psychedelic experiences: A summary of four recent questionnaire studies. In Weil, G. M.,Metzner, R., and Leary, T. (eds.), The Psychedelic Reader: Selected from the Psychedelic Review. New York: University Books. pp.13-21. を参照のこと。