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CE2019/02/25 JST 作成
CE2025/05/13 JST 最終更新
蛭川立

【資料】グレゴリー&キャサリーン・ベイトソン『精神の生態学』・『天使のおそれ』

ベイトソンの論文集『精神の生態学[*1] の冒頭にある謝辞。生物学、人類学、精神医学、そしてシステム理論を横断したベイトソンの知的遍歴は、多くの人々によって支えられたものだから、それがそのまま謝辞の中に読み取れる。

謝辞

世の中には、成果の上がらない研究を一人だけで続けていける強靭な精神の持ち主もいるようだが、私はそうではない。自分の研究に未来があること、正しい方向へ進んでいることを信じてくれる人々の支えなしには、やってこられなかった。そして、自分でも自信のもてない研究に、変わらぬ信頼をよせてくれる人たちがいることを知るたびに驚き続けてきた。周囲の期待が重荷になって、「知るもんか、私自身、何をやっているか分からないんだ。みんなに分かるはずがない」といって、ふり払ってしまおうとしたことさえある。
ニューブリテン島でベイニング族を相手に行なった、私の最初の人類学調査は失敗だったのだし、イルカの研究でも(ある程度)的の外れた研究をやっていた時期があった。しかしどちらのケースでも、私への評価が下がることにはならなかった。
自分で自分を見捨てたくなったようなときにも、私をバックアップしてくださったたくさんの人とたくさんの団体に、感謝しなくてはならない。
まず、ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・コレッジ研究奨励委員会のみなさん。ベイニング族の研究に失敗した直後の私を、特別研究員に選んで下さった人たちである。
年代順にいくと、そのつぎがマーガレット・ミードである。バリとニューギニアでの仕事は、妻であり最高に親密な協働者である彼女に深く負うものだ。彼女とは、その後も友人として研究者として、交流が絶えなかった。 娘のメアリー・キャサリンから受けた手助けも、架空の「メタローグ」への登場にとどまらない。
一九四二年、メイシー財団の会議で、「フィードバック」について熱のこもった議論をしていたウォレン・マカロックとジュリアン・ビゲローに会った。『ナヴェン』を書いたことで、私は当時まだその名の存在していなかった「サイバネティックス」への境界線に立ったのだが、その頃の私には、負のフィードバックの概念が欠けていた。戦争から帰国した私は、メイシー財団のフランク・フリーモント=スミス氏をたずね、謎に満ちたこの問題を論じ合う学術会議を開いてくれないだろうかと申し入れた。すると、ちょうどその種の会議の企画を、マカロック氏を主宰者にして立てたばかりだという答えが返ってきた。こうして私は、有名な「サイバネティックス・メイシー会議」の一員に加わることができたのである。ウォレン・マカロック、ノーバート・ウィナー、ジョン・フォン=ノイマン、イヴリン・ハチンスンをはじめとする会議の構成メンバーから受けた影響は、戦後の私の書き物のすべてににじんでいる。
サイバネティックスの思考と人類学のデータを合成する試みの最初の段階では、グッゲンハイム財団から奨励金をいただいた。
精神医学に研究の中心を移したころ、その世界独特の奇妙な性質について私に手ほどきしてをくれたのは、ラングリー・ポーター・クリニックでの同僚ジャーゲン・ルーシュ氏である。
一九四九年から六二年までは、「民族学者」という肩書きで、パロアルトの退役軍人病院に籍を置き、そこで何でも好きなことを、なんの雑用にも煩わされることなしに研究する自由を与えられていた。この稀有の特権を私に授けてくれた病院のディレクター、ジョン・J・プラズマック博士に感謝する。
この時期に、一九三六年の初版刊行当時にはさっぱり話題にならなかった『ナヴェン』が、スタンフォード大学出版局バーナード・シーゲル氏のおかげで再版の運びになった。もうひとつの幸運は、フライシュハッカー動物園で、カワウソのあそぶシークェンスを収めたフィルムを入手できたことである。それはささやかな研究計画をまとめるのに十分な理論的関心を呼び起こすものだった。
精神医学の分野ではじめて研究奨励金をいただいたのは、『ナヴェン』を数年間もベッドの脇に置いていてくれたというロックフェラー財団の故チェスター・バーナード氏のおかげである。「コミュニケーションにおける抽象化のパラドックスの役割」というのが、わたしの出した研究のタイトルだった。
その奨励金によって、ジェイ・ヘイリー、ジョン・ウィークランド、ビル・フライの三名を加えた研究班が、パロアルトの病院のなかに発足した。
しかしこの研究も失敗の憂き目にあった。奨励金は二年かぎりのものであり、その間にバーナード氏が去って、更新の申込みも却下されてしまったのだ。われわれの研究は援助の継続を正当化できるほどの成果を上げていなかったらしい。しかし奨励金が切れてからも、研究班は無報酬でわたしのところに留まってくれた。研究は続行し、奨励金がストップして数日ののち、わたしが必死の思いでどこか援助してくれそうなところはないものかと、相談の手紙をノーバート・ウィナーに書いていたちょうどそのとき、ダブルバインドの仮説が生まれたのである。
救いの手は、フランク・フリーモント=スミスのいたメイシー財団からさしのべられた。
その後、精神医学研究基金と国立精神衛生協会からも奨励金を授かった。
研究を続けていくうちに、コミュニケーションにおける論理階型の問題を追求していくには、生物に題材を求めるべきだということが見えてきて、わたしはタコを飼いはじめた。これには妻ロイスも加わって、われわれは居間で1ダースほどのタコの観察を続けた。この研究は当初の段階では先行きの明るいものに思えたが、よりよい条件のもとで、回数を重ね、もっと手広く行なう必要があった。しかしそのための奨励金は得られなかった。
このときジョン・リリーが申し出て、ヴァージン諸島にある彼のイルカ研究所のディレクターをやらないかとこのときジョン・リリーが申し出て、ヴァージン諸島にある彼のイルカ研究所のディレクターをやらないかと 誘ってくれた。そこで一年ほどはたらき、クジラ目の動物のコミュニケーションについての関心を高めたが、結局わたしは、資金の出所もあやしい場所で、こまごまとした運営をやっていけるような人間ではないようだった。
この苦労の最中のこと、国立精神衛生協会がわたしに対して研究助成金を出してくださることになった。わたしの仕事に変わらぬ関心をよせてくれていた、協会のバート・ブース氏のご尽力のたまものである。
一九六三年、ハワイのオセアニック財団のタイラー・プライアー氏の招きで、オセアニック研究所に行き、そこでクジラ目をはじめとする動物および人間のコミュニケーションの諸問題の研究にうちこめることになった。 第五篇の全体を含む本書の半分以上は、そこで書いたものである。
ハワイ滞在中の後半は、ハワイ大学イースト=ウェスト・センターにある文化学習研究所にも籍を置いた。学習Ⅲについての理論は、そこでのディスカッションからひらめきを得たものである。
本書には、ヴェナー=グレン学術会議のために書いたペーパーが四つも収められている。ヴェナー=グレン財団の方々のなかでも、特にリサーチ・ディレクターのリタ・オズマンドセン夫人には、個人的な感謝の気持を表したい。
その他にも、その時々にお世話になった人は数多い。一人ひとりお礼を述べられないのが残念だが、書誌を用意して下さったヴァーン・キャロル博士と、本書出版のために、長期にわたって正確な仕事を遂行してくれた秘書のジュディス・バン・スルーテンさんのご苦労に対しては、特に名を挙げて感謝の意を伝えたい。
最後に、科学研究に従事するものはすべて過去の巨人たちから恩を受けていることを申し添えておくべきだろう。次の考えが浮かばず、どんな試みも空しく思えるとき、より偉大な科学者たちが同じ問題と格闘していたのだと思うことは心の大きな支えになった。わたし個人の精神のひらめきの背後にはつねに、精神と身体との統一という発想の灯を二百年以上にわたって運び続けてきた、多くの偉大な精神があった。進化論を創始しながら、神による<特殊創造説>を信奉したキュヴィエによって破滅させられ、あわれな盲目の老人として一生を閉じたラマルク。「おのれの眼によってではなく、おのれの眼を突き抜けて」物事を見、人間の何であるかを他の誰よりも熟知していた詩人で画家のウィリアム・ブレイク。同時代にもっとも強力なダーウィン進化論の批判を展開し、分裂症患者の家庭の最初の分析者でもあったサミュエル・バトラー。コンテクストというものの本性を最初に認識し、それを水晶のような文章で分析したR・G・コリングウッド。そして、一八九四年の時点ですでにサイバネティックな考えを受け入れる用意を整えていたわたしの父、ウイリアムベイトソン

本書は、わたしのこれまでの書き物全体のなかで、長すぎるもの(単行本やデータの詳細な分析)と瑳末にすぎるもの(書評とか論争に寄せた個人的意見など)を除いたほとんどすべてを収めたものである。わたしの書き物の全一覧は巻末に付しておいた。
大まかに言って、わたしが関わってきたのは、四種類の題材である。人類学、精神医学、生物の進化と遺伝、そしてシステム理論とエコロジーにもとづく新しい認識論。本書の第二篇から第五篇までは、それぞれの題材別にまとめられている。わたしがこれまでの研究人生で扱ってきた題材は、たがいにオーバーラップしながらも、だいたいにおいてこの順番で移行してきた。各「篇」内の論の配列は、書かれた順番になっている。
何ヵ所か重複しているところがあるが、読者は自分の専門や関心にあった部分を他の箇所より丹念に読むだろうと考え、削除はしないでおいた。精神医学関係の人で、アルコール依存症への関心から「“自己”なるもののサイバネティックス」を読まれる読者は、同じアイディアが、もっと哲学的な衣裳をまとって、「形式、実体、差異」で展開されているのに出会うはずである。

一九七一年四月一六日
ハワイにて――G・ベイトソン

さらに、娘のキャサリーン・ベイトソンは、遺稿を編纂した『天使のおそれ』[*2] に寄せられた前書きの中で、カリフォルニアのニューエイジ・サイエンスのスポークスマンとして誤解されることを嫌がり、生物学者としての視点を守り続けたグレゴリーの立場を代弁している。

グレゴリーは本気で警告を発し、いらだちを表明していた。大勢の人たちは、グレゴリーがある種の唯物論に批判的であるのを見て、その反対派の代弁者(スポークスマン)に担ぎだしたがった。神、霊魂、ESPなど、原子論的な唯物論から締め出されたものごと、つまり「忘れられた信条の亡霊」に目を向けようとする一派のことだ。グレゴリーはいつも難しい立場に立たされていた。科学仲間に向かっては、西洋科学が何世紀にもわたって中心にすえてきた認識論的前提のせいで、彼らがきわめて重要な問題の数々を見落としていると指摘し、すぐふり向いて、彼の熱烈な信奉者たちには、それと同じ重要問題について語っていると思い込んでいる彼らのその語りかたが、まったくのナンセンスだと忠告しなければならなかったのである。
グレゴリーの眼から見ると、どちらのグループのいうことも意味をなしていなかった。なぜなら、西洋思想にしみついたデカルト的な物心二元論のもとでは、それら重要問題について意味のあることなどいえるはずがなかったからだ。彼は再三、この二元論をしりぞけた。精神(こころ)は物質なしでは存在しえず、精神(こころ)なき物質は存在しうるけれどもわれわれを寄せつけない、と――。かといって、超越神などというものは考えられない。グレゴリーはたえず現代社会特有の二元論の両派にむかって語りかけようとし、本当のところ、その両派が一種の<一元論>を取り入れることを望んでいた。科学的厳密さと、おうおうにして科学から締め出されやすい諸概念に対する組織的(システマティック)な着目とを両立させるような統一的な視座のことだ。

蛭川研院生ゼミ 2025/11/12

  • 蛭川研究室の2025年度の現況(院生・学部生)
    • LINEグループの再構築、Instagramの蛭川ゼミアカウント
    • 研究領域マップ
    • 学振特別研究員・助手制度
  • 資料の共有
    • 卒論、修論、調査資料など
    • ダウンロードした電子ジャーナルの限定共有
    • 研究室の書籍のデジタル化(哲学者の全集など)
    • 池袋図書室(開架・閉架
  • 他大学・他研究室等との連携(副指導教授、修論副査など)
  • 関連学会の動向

「学生相談室と心の問題」

明治大学 大学院 情報コミュニケーション研究科
准教授 蛭川立
駿河台キャンパス 教員相談員)



私は、情報コミュニケーション学部が開設された西暦2004年に明治大学に着任しました。その後、学部、大学院修士課程、そして博士後期課程が完成年度を迎えるのに、合計で9年かかりました。

大学院、とくに博士後期課程には、他大学の卒業生や、いったん大学を卒業してから、また勉強しなおしたいと入学してくる人たちもたくさんいます。しかし研究というのは難しい世界で、卒業後も研究を続けていけるのだろうか、こんな研究を続けていても意味があるのだろうかと、何年も考えているうちに煮詰まってしまう人も少なくありません。

私も大学院生の指導というのは初めての経験でしたが、研究指導のいっぽうで、学生諸君の悩み相談ということも多くなってしまっているのが現状です。

その延長線で、大学院担当ということで学生相談の仕事を仰せつかりました。

以前には学生部委員を務めたこともありました。学生部と同様、学生相談室も多種多様な問題を扱う場所だと思っていたのですが、じっさいには相談の三分のニがメンタルヘルスの問題だという現状に驚きました。さらに、相談に来た学生さんたちの話を聞いた印象では、対人関係や学業上の問題という訴えの背後にも精神的な問題を抱えているケースが少なくなかったということを加味すると、実情は三分の二よりもさらに多いようです。あるいは、いつの間にか学生相談室が心理的なカウンセリングを受ける場所だというイメージができてしまっているのでしょうか。

あるときは、ゼミでの発表中に緊張のあまりパニック発作を起こし、同級生に運ばれてきた文学部の男子学生もいました。過呼吸で本当に苦しそうでした。診療所が隣り合っていたので、すぐに看護師が来てくださいましたが、まるで学生相談室が病院であるかのように感じられました。

そのようなわけで、ここでは、とりわけ心理的な相談に来た学生さんのことに焦点を当てて書きたいと思います。プライバシーの保護のため、相談の内容はすこし変えてあります。また学生相談室の外で聞いた院生の悩み事のことも含めています。

先に発作を起こして運ばれてきた学生さんだけではなく、学部別にみると、文学部からの来談者が多いようです。私は大学院生の時代を理学部で過ごしましたが、(私自身も含め)どこか浮き世離れしてしまう傾向があるようでした。明治など私大では理学と工学が理工学部とまとめられることが多いのですが、文系・理系と分けるよりも、実学と「虚学」に分けたほうが、とくに大学院生が直面する問題が理解しやすいと思います。つまり文学部や理学部のような、すぐに役に立つわけではない学問、あるいは物事を難しく考えてしまいがちな学間を探求するということは、日常世界を離れた創造性の泉源であると同時に、精神的な不調に陥りやすいようにも思われます。

もちろん学生相談室には、臨床心理士の方が来られていますが、いつも予約でいっぱいのようです。だから私のような一般の教員のところに相談が来るのかもしれません。需要と供給のバランスからみても、臨床心理士の増員を検討すべきでしょう。私はまた心理臨床センターの運営委員でもありますが、一方では臨床心理士の資格をとっても就職先がないという問題はよく耳にしています。新たな国家資格としての公認心理師の養成の件も、文学部の臨床心理学専攻では問題になっているようです。

他の理由で相談に来ても、背後に精神的な問題を抱えているケースが多いようだということは、先にも書きましたが、その理由として、入り口では精神的な問題だとは言いにくいらしいとも感じられました。かなりの重症で、精神科に行ったほうが良いぐらいの場合でも、精神科などには行きたくないとか、行っていることを家族や友人には知られたくないという話もありました。

Wi-Fiの電波が頭の中に伝わってきて、「うぜえ」「消えろ」といったメッセージが送られてくるので、電波が飛び交っている大学に来ることができない、という訴えもありました。統合失調症の症状であるように思われました。

あるいはまた、将来が不安で仕方がなく、何度も占い師のところに行ってしまう、という女子学生もやってきました。気分が上向きになってくると、こんどは些細なことで怒りが爆発するようになり、彼氏と喧嘩別れしてしまった、と言って泣いていました。こちらは双極性障害かもしれません。

大学生から大学院生という時期は、年齢的に統合失調症双極性障害という「二大精神病」が発症しやすい時期であり、適切に対応しないと慢性化し、その後の人生にも大きな影響を及ほしますから、早期の発見と早期の治療が必要です。

修士論文執筆のプレッシャーからうつ病になってしまったという相談もありました。指導教授からは、もっと頑張れと叱られ、本人も努力が足りないのだと自分を責めてしまっていたようです。先生が怖くて学生相談室に救いを求めてきたとのことでした。このような場合、たんに心の持ちようだと考えられがちで、自他ともに病気だという自覚を持ちにくいものです。

明らかに精神科に行ったほうがいいというケースについては、学生相談室の嘱託相談員(精神科医)で、学生健康保険互助組合協定医療機関飯田橋ガーデンクリニック院長でもある立山萬里先生に引き継いでいただきました。(そのことがきっかけで、先生が余技だと謙遜していらっしゃる病跡学的な研究についても伺う機会を持つことができ、『天才作家のこころを読む』というご著書もいただきました。)

教員の相談員はメンタルヘルスの専門家ではありませんから、中途半端な知識で「診断」のようなことをすべきではありません。しかし、相談に来る学生たちの多くが精神的な問題を抱えている以上、いったいどういう状況なのかを、あるていどは「見立て」て、臨床心理士の方や、あるいは精神科医の先生に引き継ぐ必要があります。相談室の中には書棚があり、半分ぐらいは精神医学や臨床心理学の本や雑誌が置いてあります。空き時間には、そういう蔵書などを読んで、勉強させてもらいました。

一般の学生にとっては、カウンセリングを受けたり、精神科に行ったりすることに馴染みがなく、敷居が高いというのが実態のようです。学生相談室がその間を取り持つ窓口として機能しているのであれば、それはひとつの重要な役割だと思います。


  • CE2025/10/21 JST 作成
  • CE2025/10/22 JST 最終更新

蛭川立

精神疾患と創造性

統合失調症双極性障害

精神疾患と創造性との関係は、かねてより議論されてきた。精神疾患に罹患していた学者や芸術家についての病跡学的な研究はさかんに行われてきたが、大規模な集団を対象とした統計的研究が進んできたのは、この十年ほどである。

 

統合失調症(SCZ)、双極性障害(BD)、芸術家(Art)、大卒の学歴(Univ)の相関関係[*1]。P値が少ないほど強い相関を示す。

統合失調症双極性障害はどちらも遺伝率の高い疾患だが、その素因となる遺伝子群は、かなり共通している。双極性障害の患者は芸術、学術の双方にに秀でる傾向があるが、統合失調症の患者の場合には芸術方面でだけ、双極性障害と同等の創造性を示している。

双極性障害と創造性

双極性障害のほうが、統合失調症よりも創造性と結びつきやすいのだろうか。統合失調症に罹患したほうが認知機能の低下を招きやすいことはよく知られている。

古くはアリストテレスが『問題集』の中で、以下のように問うている。

哲学であれ、政治であれ、詩であれ、あるいはまた技術であれ、とにかくこれらの領域において並外れたところを示した人間はすべて、明らかに憂鬱症(メランコリア)であり、しかもそのうちのあるものに至っては、黒い胆汁(メライナ・コレ)が原因の病気にとりつかれるほどのひどさであるが、これは何故であろうか。[*2]

西洋医学史を概観すると、後に統合失調症と呼ばれるようになる早発性痴呆(Dementia praecox)という疾患が認識されるようになったのが19世紀という、きわめて新しい時代であるのに対し、古代ギリシアではすでに「μελαγχολία」という病が知られていた。しかし、これを現代医学における「メランコリー型うつ病」と早急に同一視することはできない。疾病の概念はつねにその文化におけるコスモロジーの中で理解されるべきだからであり、古代ギリシアの場合には、それは四元素説にもとづく体液理論であった(→「身心の象徴論」)。

上記の引用の続きには「黒い胆汁は、ひどく冷たくなることもあり、ひどく熱くなることもあり[*3]」とも書かれているので、これは、うつ病というよりは、むしろ躁うつ病双極性障害→双極症)についての記述であろう。

精神疾患の診断マニュアル、DSM-5の、双極Ⅱ型障害の章には、以下のような短文が載せられている。

双極性障害をもつ人の中には高い水準の創造性をもつ人がいる。しかしながら、それは直線的な相関関係にはない。すなわち、偉大な人生の創造的な業績は、比較的軽症型の双極性障害と関係しているし、高い創造性は発病していない家族にみられる[*4]

この「直線的な相関関係にはない[*5]」とは、どういうことだろうか。

それは、第一に、重症であるほど創造性が高まるというわけではない、ということである。だからこの文章が双極Ⅰ型ではなく、双極Ⅱ型障害の章に書かれているのだろう。双極Ⅱ型の軽躁状態では、適度な興奮状態が創造性と結びつくことはありうる。しかし、双極Ⅰ型の、より重度の躁状態では、思考や感覚が混乱してしまい、まとまった作業に集中できなくなってしまう。

第二に、発病した患者の近縁者により高い創造性がみられるということである。血縁と創造性については、より包括的な研究が行われている。双極性障害と、また統合失調症でも、患者本人よりもその近縁者のほうが高い創造性を示す。この傾向は、双極性障害でははっきりしないが、むしろ統合失調症の場合に顕著である。

たとえば、芥川龍之介統合失調症だったかどうかという議論がある。彼の母親が統合失調症だったことは、息子であった彼にも統合失調症の遺伝子が引き継がれている可能性を示唆している。しかし逆に、母親が統合失調症だったからこそ、その息子が文学の方面において天才的な能力を示したとみることもできる[*6]

創造性と血縁

スウェーデンでは三十万人を対象とした家系調査が行われている[*7]


 
上から、(a)統合失調症とその血族、(b)双極性障害とその血族、(c)単極性うつ病とその血族の創造性のオッズ比[*8]

創造性 creativity は、大学教授や芸術家などの創造的な職業に就いていることにより、操作的に定義されている。それ以外の、たとえば政治や経済の分野で成功している人の数は、精神疾患とは相関しないので除外している。この研究では、統合失調症の血族は芸術の、双極性障害の血族は学術の分野に秀でていることも示されており、この結果は、先行研究とも一致している。

疾患別の傾向は以下のように解釈できる。

(a)統合失調症の場合、発症していない近縁者は創造性が高く、血縁関係が離れるほど低下していく。しかし、患者本人の創造性のレベルだけは、一般人口の平均である。患者本人の創造性だけが低いのは、なぜだろうか。

(b)双極性障害でも同様の傾向がみられる。しかし、統合失調症とは異なり、患者本人の創造性も高い。ただし、この研究では双極Ⅰ型と双極Ⅱ型を区別していない。

(c)単極性うつ病の場合は、患者本人も血縁者も、創造性のレベルは一般人口と同レベルか、やや低い。

このことは、「気分障害(広義の躁うつ病[*9]」を「双極性障害(狭義の躁うつ病)」と「単極性うつ病(大うつ病)」とに分け、前者がより統合失調症に近いという近年の遺伝学的研究を支持している。

なお、統合失調症双極性障害、単極性うつ病のいずれの場合も、創造性のスコアは、親>キョウダイ>子、という順になっており、ある遺伝子群が片親から子にまとまって受け継がれたとき、精神病が発症することを示唆している。キョウダイや子の場合は、配偶者の遺伝子とランダムな組合せが起こるため、ひとまとまりの遺伝子群がばらばらになってしまう。

創造性と知能

またこの研究では、創造性を計算するにあたって、知能検査(WAIS:ウェクスラー成人知能検査)で測られる認知能力の要因を差し引いている。


 
蛭川のWAIS-Ⅲ検査の講評[*10]

たとえば、上記は、大学教授である(学術的創造性の操作的定義を満たしている)蛭川じしんの知能検査の結果である。全体としては高い成績だったが、絵画配列や絵画完成の得点が一般人口の平均以下だった。その理由として「複雑に考えすぎてしまったり」「一般とは少し異なる独自の解釈をしたり」している可能性が指摘されている。その複雑さや独自性が、創造性という能力なのかもしれないが、それはWAISのような知能検査では測ることができず、むしろ点数を下げてしまうことさえありうる。

統合失調症双極性障害は、どちらも発症の遺伝率が高く、かつ、両者に共通する遺伝子群が背景にある。その共通する遺伝子群が、生得的な創造性にもかかわっているらしい。そして、その遺伝子群がある特定の組合せとなったときにだけ、統合失調症が発症するということだろうか。もしそうなら、創造性を理解することは精神病を解明することであり、精神病を解明することは創造性を理解することでもある。俗に狂気と天才は紙一重というが、むしろ表裏一体といったほうがよいのかもしれない。
 



記述の自己評価 ★★★★☆
CE2017/11/02 JST 作成
CE2025/10/19 JST 最終更新
蛭川立

*1:Power, R. A., Steinberg, S., Bjornsdottir, G., Rietveld, C. A., Abdellaoui, A., Nivard, M. M., […] Stefansson, K. (2015). Polygenic risk scores for schizophrenia and bipolar disorder predict creativity. Nature Neuroscience, 18, 953–955.

*2:アリストテレス『問題集』413.

*3:前掲書, 421.

*4:日本精神神経学会(監修)高橋三郎・大野裕(監訳)染矢俊幸・神庭 重信・尾崎紀夫・三村將・村井俊哉(訳)(2014). 『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル医学書院 136.

*5:原文では「nonliear」
American Psychiatric Association (2013). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders: DSM-5. American Psychiatric Publishing Inc.

*6:立山萬里(飯田橋ガーデンクリニック・明治大学学生相談室兼任)は病跡学的な観点から、芥川は統合失調症ではなく、バルビタール依存症だったという説を唱えている。
立山萬里 (2011). 『天才作家のこころを読む』 文藝春秋企画出版部.

*7:スウェーデンでは、国民の病歴が「マイナンバー」によって管理されており、成人男性は兵役のさいに知能検査を受けることが義務づけられている。この研究で知能の分析を行っているのは男性集団のみである。

*8:Kyaga S., Lichtenstein P, Boman M, Hultman C, Långström N, Landén M. (2011). Creativity and mental disorder: family study of 300,000 people with severe mental disorder. British Journal of Psychiatry, 199(5), 373-379.

*9:クレペリンの『精神医学』の、改訂を重ねた版では、単極性のうつ病も、一回だけ発病したものとして躁うつ病に含めている。
クレペリン, E., 西丸四方・西丸甫夫(訳) (1986). 『躁うつ病てんかん(精神医学2)』みすず書房は、第八版の邦訳である。

*10:2017年4月27日。臨床心理士・飯田純子(国立精神・神経医療研究センター神経研究所(当時))による報告。

明治大学蛭川研究室・学生研究テーマ

明治大学情報コミュニケーション学部の蛭川研究室・ゼミは、情報コミュニケーション学部が新設された2004年度から始まり、2025年度で21年目になります。

2006年度には三年生の分析ゼミが始まり、2008年度には情報コミュニケーション研究科の開設とともに、最初の大学院生を迎えました。学部のゼミは19年目、大学院は17年目になります。

基本、個々人が独自の研究テーマを研究するというスタイルではあるのですが、全体としては共通するテーマがあります。

毎年、学部ゼミ生も院生も、各学年、0名〜2名ていどで、細々とやってきたのですが、学部三年から大学院博士課程まで、細長いつながりがあります。

主な研究テーマと、それに対応する現役学部ゼミ生・院生、卒業生を何人か、表にしてみました(全員は載せていません。おいおい追加しています)。学外からは、修論・博論の副査・副指導教授のような形で参加している、参加した人も若干名います。

テーマ ゼミ生・卒業生
沖縄 岩崎美香(博士修了)
堀田澤幸乃(B3)
バリ島 八杉彩美(学部卒)
善長まりも(学部卒)
平井萌菜(学部卒)
石原真央(B4)
インド
チベット
(アサ)
小林遼(学部卒)
飯塚健博(学部卒)
張ヶ谷麻子(D1)
メソアメリ
(シロシビン)
飯塚健博(学部卒)
旭晃世(B3)
アマゾン
アヤワスカ
小林遼(学部卒)
飯塚健博(学部卒)
岩崎美香(博士修了)
青木蘭(東大D4)
周雅祺(B3)
サイケデリクス
精神医学
張ヶ谷麻子(D1)
白鳥崇(修士修了)
吉田典子(M0)
臨死体験 岩崎美香(博士修了)
鈴木文菜(学部卒)
大門由衣(上智修士修了)
睡眠・夢 石田沙織(博士修了)
VR・AI 永井歩(IAMAS

バリ島のプリアタン村に向かった人たち、アマゾンのシピボのサンフランシスコ村に向かった人たちなど、先輩から後輩へ、渡航情報、滞在情報が共有され、研究テーマが伝わっています。


  • CE 2025/10/16 JST 作成
  • CE 2025/11/24 JST 最終更新

「フィールド・アプローチⅡ」西暦2025年度

2025年度の「フィールド・アプローチⅡ」は、火曜日の二限の時間に、グローバル・フロントの、大学院の演習室を使って行う予定でしたが、履修者が一名のみだったので、調査計画に合わせて、随時、個別指導をすることにしました。

ただし、必要に応じて、火曜日の三限の時間に、研究棟の蛭川研究室(221号室)で資料を見ながら打ち合わせを行います。

打ち合わせの予定

日程 内容
09/23 実施
09/30 実施
10/07 実施
10/14 (実施せず)
10/21 (実施せず)
10/28 (実施せず)
11/04 (休講)
11/11 (未定)
11/18 (未定)
11/25 (未定)
12/02 (未定)
12/09 (未定)
12/16 (未定)
12/23 (休講)
12/30 (休講)
01/06 (休講)
01/13 (未定)

参考資料

中国西部の少数民族

2025年度のテーマは、中国西部の少数民族。(以下は主に担当教員である蛭川の研究メモであり、演習の授業の資料としても利用する。)

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/97/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%90%84%E8%87%AA%E6%B2%BB%E5%9C%B0%E5%8C%BA%E5%8F%8A%E5%85%B6%E6%8C%87%E5%AE%9A%E7%9A%84%E5%B0%91%E6%95%B0%E6%B0%91%E6%97%8F_China%27s_Autonomous_Regions_and_its_Designated_Ethnic_Minority.png
中国における少数民族の分布[*1]

古来より中華世界から見た「西域」は、民族の十字路でもあった。シルクロードの東に漢族、西にウイグル族、そして北にモンゴル族、南にチベット族が住む地域になっている。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/1b/TAR-TAP-TAC.png
チベット人(蔵族)の居住地域と自治区自治県[*2]
 
https://www.axl.cefan.ulaval.ca/EtatsNsouverains/images/chine-RA-tibet-1950-amputations.GIF
ウ・ツァン アムド カム[*3]

蔵族(チベット人)の居住地は、西蔵自治区(U-Tsan)から、より東の青海省(Amdo)と四川省の西半分(Kham)まで広がっている。漢族はシルクロードに沿った細長い地域に住んでおり、現在の甘粛省に相当する。同じ漢族でも、ムスリム回族と呼ばれている。

雲南・四川の少数民族と2003年の非典型肺炎(参考資料)

hirukawa-archive.hatenablog.jp

*1:中华人民共和国」『维基百科』(2025/10/08 JST 最終閲覧)

*2:Tibet depuis 1950」『Wikipédia』(2025/10/08 JST 最終閲覧)

*3:Jacques Leclerc (2024).「Région autonome du Tibet」『L'aménagement linguistique dans le monde』(2025/10/08 JST 最終閲覧)