明治大学 大学院 情報コミュニケーション研究科
准教授 蛭川立
(駿河台キャンパス 教員相談員)
私は、情報コミュニケーション学部が開設された西暦2004年に
明治大学に着任しました。その後、学部、大学院
修士課程、そして博士後期課程が完成年度を迎えるのに、合計で9年かかりました。
大学院、とくに博士後期課程には、他大学の卒業生や、いったん大学を卒業してから、また勉強しなおしたいと入学してくる人たちもたくさんいます。しかし研究というのは難しい世界で、卒業後も研究を続けていけるのだろうか、こんな研究を続けていても意味があるのだろうかと、何年も考えているうちに煮詰まってしまう人も少なくありません。
私も大学院生の指導というのは初めての経験でしたが、研究指導のいっぽうで、学生諸君の悩み相談ということも多くなってしまっているのが現状です。
その延長線で、大学院担当ということで学生相談の仕事を仰せつかりました。
以前には学生部委員を務めたこともありました。学生部と同様、学生相談室も多種多様な問題を扱う場所だと思っていたのですが、じっさいには相談の三分のニがメンタルヘルスの問題だという現状に驚きました。さらに、相談に来た学生さんたちの話を聞いた印象では、対人関係や学業上の問題という訴えの背後にも精神的な問題を抱えているケースが少なくなかったということを加味すると、実情は三分の二よりもさらに多いようです。あるいは、いつの間にか学生相談室が心理的なカウンセリングを受ける場所だというイメージができてしまっているのでしょうか。
あるときは、ゼミでの発表中に緊張のあまりパニック発作を起こし、同級生に運ばれてきた文学部の男子学生もいました。過呼吸で本当に苦しそうでした。診療所が隣り合っていたので、すぐに看護師が来てくださいましたが、まるで学生相談室が病院であるかのように感じられました。
そのようなわけで、ここでは、とりわけ心理的な相談に来た学生さんのことに焦点を当てて書きたいと思います。プライバシーの保護のため、相談の内容はすこし変えてあります。また学生相談室の外で聞いた院生の悩み事のことも含めています。
先に発作を起こして運ばれてきた学生さんだけではなく、学部別にみると、文学部からの来談者が多いようです。私は大学院生の時代を理学部で過ごしましたが、(私自身も含め)どこか浮き世離れしてしまう傾向があるようでした。明治など私大では理学と工学が理工学部とまとめられることが多いのですが、文系・理系と分けるよりも、実学と「虚学」に分けたほうが、とくに大学院生が直面する問題が理解しやすいと思います。つまり文学部や理学部のような、すぐに役に立つわけではない学問、あるいは物事を難しく考えてしまいがちな学間を探求するということは、日常世界を離れた創造性の泉源であると同時に、精神的な不調に陥りやすいようにも思われます。
もちろん学生相談室には、臨床心理士の方が来られていますが、いつも予約でいっぱいのようです。だから私のような一般の教員のところに相談が来るのかもしれません。需要と供給のバランスからみても、臨床心理士の増員を検討すべきでしょう。私はまた心理臨床センターの運営委員でもありますが、一方では臨床心理士の資格をとっても就職先がないという問題はよく耳にしています。新たな国家資格としての公認心理師の養成の件も、文学部の臨床心理学専攻では問題になっているようです。
他の理由で相談に来ても、背後に精神的な問題を抱えているケースが多いようだということは、先にも書きましたが、その理由として、入り口では精神的な問題だとは言いにくいらしいとも感じられました。かなりの重症で、精神科に行ったほうが良いぐらいの場合でも、精神科などには行きたくないとか、行っていることを家族や友人には知られたくないという話もありました。
Wi-Fiの電波が頭の中に伝わってきて、「うぜえ」「消えろ」といったメッセージが送られてくるので、電波が飛び交っている大学に来ることができない、という訴えもありました。統合失調症の症状であるように思われました。
あるいはまた、将来が不安で仕方がなく、何度も占い師のところに行ってしまう、という女子学生もやってきました。気分が上向きになってくると、こんどは些細なことで怒りが爆発するようになり、彼氏と喧嘩別れしてしまった、と言って泣いていました。こちらは双極性障害かもしれません。
大学生から大学院生という時期は、年齢的に統合失調症と双極性障害という「二大精神病」が発症しやすい時期であり、適切に対応しないと慢性化し、その後の人生にも大きな影響を及ほしますから、早期の発見と早期の治療が必要です。
修士論文執筆のプレッシャーからうつ病になってしまったという相談もありました。指導教授からは、もっと頑張れと叱られ、本人も努力が足りないのだと自分を責めてしまっていたようです。先生が怖くて学生相談室に救いを求めてきたとのことでした。このような場合、たんに心の持ちようだと考えられがちで、自他ともに病気だという自覚を持ちにくいものです。
明らかに精神科に行ったほうがいいというケースについては、学生相談室の嘱託相談員(精神科医)で、学生健康保険互助組合協定医療機関の飯田橋ガーデンクリニック院長でもある立山萬里先生に引き継いでいただきました。(そのことがきっかけで、先生が余技だと謙遜していらっしゃる病跡学的な研究についても伺う機会を持つことができ、『天才作家のこころを読む』というご著書もいただきました。)
教員の相談員はメンタルヘルスの専門家ではありませんから、中途半端な知識で「診断」のようなことをすべきではありません。しかし、相談に来る学生たちの多くが精神的な問題を抱えている以上、いったいどういう状況なのかを、あるていどは「見立て」て、臨床心理士の方や、あるいは精神科医の先生に引き継ぐ必要があります。相談室の中には書棚があり、半分ぐらいは精神医学や臨床心理学の本や雑誌が置いてあります。空き時間には、そういう蔵書などを読んで、勉強させてもらいました。
一般の学生にとっては、カウンセリングを受けたり、精神科に行ったりすることに馴染みがなく、敷居が高いというのが実態のようです。学生相談室がその間を取り持つ窓口として機能しているのであれば、それはひとつの重要な役割だと思います。
- CE2025/10/21 JST 作成
- CE2025/10/22 JST 最終更新
蛭川立