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CE2019/02/25 JST 作成
CE2024/02/20 JST 最終更新
蛭川立

FAQ『ゾルゲンキンドはかく語りき』

拙著『ゾルゲンキンドはかく語りき』の内容について、よくありそうな質問に対する答えをまとめてみました。

【p.55】カンナビノイドについて

カンナビノイドの精霊たちはインドの楽器を演奏しているのですか?

テトラくん(THC)が吹いている笛は、インドの伝統楽器、バーンスリです。
ゲロール(CBG)が叩いているのは、インドの伝統楽器、タブラです。
ノール(CBN)が奏でているのは、インドの伝統楽器、シタールです
ジオール(CBD)は、ボーカルです。


www.youtube.com
スロベニアインド大使館後援公演(左からタブラ、シタール、バーンスリ)

テトラくんの青い姿は、クリシュナ神のイメージです。クリシュナの吹く笛の音には強い陶酔感があり、人々を集団トランス状態に引き込むのだとされてきました。そこでTHCの精霊を、笛を吹くクリシュナ=テトラくんというキャラクターにしたのです。

【p.81-82】ゾルゲンキンドについて

ゾルゲンキンド」とはどういう意味ですか?

ドイツ語の「Sorgenkind」です。LSD-25を合成してしまったアルベルト・ホフマンが、自著のタイトルとして「mein Sorgenkind」「私の、心配な、気がかりな問題児」と呼んだ[*1]ことに由来しています。

ゾルゲンキンドの誕生日は本当に1943年4月19日ですか?

LSD-25は、1938年までにはすでに合成されていたらしいのですが、その物質に精神活性作用があることが発見されたのは1943年です。ホフマンがLSDを実験的に摂取してそのサイケデリック作用を確認したのが4月19日です。一般にはこの日がLSDの誕生日だとされています。

この1943年4月19日は、LSDが計画的に世界で最初にサイケデリックスの医学的な研究が行われた記念日だといえます。

ゾルゲンキンド」という発音はおかしくありませんか?

Sorgenkindをカタカナで表記した場合「ゾーゲンキント」がいちばん近いかもしれません。しかし、ゾルゲンキンドは戦時中の生まれですから、当時に標準化された「舞台独逸語」にならった発音にしています。

マイクのなかった時代につくられた舞台独逸語は、大きな舞台で声を聴きやすくするために音を強調することにしました。たとえば「r」をハッキリと「ル」と発音したり、語末の子音を強調したりします。

たとえば「Kerl Jaspers」は現代日本語では「カール・ヤスパース」と表記されますが、かつての舞台独逸語では「カルル・ヤスペルス」となります。

ゾルゲンキンドのセリフに発音の間違いや揺れがあるようです

ゾルゲンキンドは第二次大戦の混乱の最中、ドイツ語圏とフランス語圏の重なる場所、スイスのバーゼルで生まれ育ち、英語や、さらに古典ギリシア語やラテン語も勉強したので、発音がちゃんぽんになってしまったのです。

ただし「脱構築」のような哲学上の概念については、学問に通じたゾルゲンキンドは、ハイデガーのドイツ語「デコンストラクツィオン」とデリダのフランス語「デコンストラクション」をきちんと使い分けています。

【P. 92-93】うつ病について

モノアミン仮説はすでに否定されたのではありませんか?

インドール構造を持つ古典的サイケデリックスが5-HT2A受容体に作用するということは、これらの物質がセロトニン作動性ニューロンを活性化し抗うつ作用を示すことの傍証であり「セロトニン仮説の再来」とも言われています。

ただし、ケタミンのような、まったく作用機序の違う物質もサイケデリックな抗うつ作用を示しますから、モノアミン仮説だけでは説明できないことも明らかです。

全体について

人類学的な考察があまり書かれていないようですが?

なるほど過去三十年間に、精霊図鑑に載っているような薬草が原産地でどのように使用されているのかを知るために、中米、南米、インド、太平洋諸島などで参与観察を行ってきました。しかし、サイケデリックスが治療のために使用される場合、病気の原因が他者からの妬みであり、それを解決するためにシャーマンが薬草を服用するといった、近代化された社会とはだいぶ違う使い方をすることを知りました。

ですから、サイケデリックスについての入門書としては、まず、他の精神活性作用を持つ「薬物」一般とは区別すること、世俗化された近代社会の枠組みではその作用の理解が難しい作用を示すこと、その結果としてうつ病やトラウマの治療にも使えること、等々について書きました。それを前提とした上で、さらに伝統社会においてはどのように使用されてきたのかについての議論を広げたいところですが、当面は、このブログの中にいろいろな記事があるので参照してください。

(以下、順次追加していきます。)



デフォルトのリンク先ははてなキーワードまたはWikipediaです。「」で囲まれたリンクはこのブログの別記事へのリンクです。詳細は「リンクと引用の指針」をご覧ください。

  • CE2024/05/29 JST 作成
  • CE2024/06/19 JST 最終更新

蛭川立

*1:

Albert Hoffman LSD: Mein Sorgenkind.(アルベルト・ホフマン『LSD:私の問題児』)

「人類学A」講義ノート 2024/06/06

オーストラリア先住民美術と現代美術」では、オーストラリアの先住民美術、とくに中西部砂漠の点描画と、現代画家の草間彌生の作品が似ていることについて触れましたが、これは、近代社会では統合失調症や双極症(躁うつ病)とカテゴライズされる「病気」と対応しているのではないか、俗に「天才と狂気は紙一重」というのはどういう意味だろうか、というところで、「精神疾患と創造性精神疾患と創造性についての研究にすこしふれます。

「サイケ」というのも美術表現としては抽象的で彩度の高い、単純な図形の反復や増殖という絵画のイメージと重なります。サイケデリックスという物質群は、ほとんどが植物に由来するもので、しかもそれらの植物を呪術的に使用する文化は中南米の先住民社会に偏って集中しています。(「世界の精神文化と精神展開薬」「中米先住民の精神文化と精神展開薬」)。

現代のメキシコ近辺、古代メソアメリカ文明があったあたりでは、ペヨーテやシロシビン・キノコが使用されてきました。現在のペルー近辺、古代アンデス文明とその周辺部では、サン・ペドロやアヤワスカが使用されてきました。とにかく調査資料が多くて整理しきれていないのですが、とくにシロシビン・キノコとアヤワスカについては、二十年以上前の現地調査の様子などを紹介していきます。

この授業では三年生のゼミ、分析ゼミの前宣伝という意味もあって、サイケデリックスという特殊なテーマを中心に議論しています。そして新刊の宣伝になりますが、今月、サイケデリックスの世界を描いた哲学的絵本『ゾルゲンキンドはかく語りき』が発売になります。以下は出版社による特設サイトへのリンクです。

www.sorgenkind240619.com

リンク先の特設サイトに自分のプロフィール写真を載せてもらいましたが、メキシコ先住民、マサテコ族の村でシロシビンを含有するキノコの調査をしていた、1997年ですから、なんと27年前の写真です。


記述の自己評価 ★★★☆☆ (つねに加筆修正中であり未完成の記事です。記事の後に追記したり、一部を切り取って別の記事にしていますが、遺伝情報のような冗長性がハイパーテキストの特徴であり特長だとも考えています。)


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-CE2024/06/06 JST 作成
-CE2024/06/06 JST 最終更新
蛭川立

【インタビュー・対談動画集】


www.youtube.com

「変性意識と表現:歴史と可能性」(メディア表現学研究会第1期第8回)



www.youtube.com

「ドラッグと宗教儀礼について聞いてみた」(×正高佑志)(2022年3月10日)



ゼミの卒業生、シャーマンriyoとの対談


www.youtube.com
MDMAに対する偏向報道精神科医療における可能性について(2022年4月28日)


www.youtube.com
アヤワスカによるサイケデリック体験とアヤワスカ・アナログ裁判について(2022年9月2日)



www.youtube.com
石川幹人『超心理学』出版記念イベント(紀伊國屋書店新宿店)


  • CE2024/06/15 JST 作成
  • CE2024/06/15 JST 最終更新

蛭川立

「不思議現象の心理学」2024/04/29 講義メモ

先週の講義では話がだいぶ脱線してしまいましたが、ヨーロッパの思想を理解するためには、ヨーロッパ化されたキリスト教の思想が背景にあるということを知る必要があること、日本のような非西洋圏では、それが理解しにくいこと、ということを、前提としてお話しておきたかったわけです。

『心霊研究』から『超心理学』へ」というエッセイですが、十年前にロンドン大学ゴールドスミスカレッジで心理学を学んでいたころに書いたものです。長い文章ですが、かいつまんでお話をします。霊魂の永遠性という宗教的な観念を近代科学と折衷させるために、とくにイギリスで、心霊主義という思想と心霊研究という研究分野が成立しました。

心霊研究は、肉体の死後も霊魂は存続するのか?という素朴な問いかけを「科学的に」研究する分野だったのですが、やがて、心の働きは物質的な肉体を超えてはたらくのかという「超心理学」という分野に発展します。詳しくは「超心理学という研究プログラム」に書きました。

なお「超」心理学という言葉はちょっと変な感じがしますが、これは英語の、もともとはギリシア語ですが「para」という言葉を日本語に訳すときに「超」という漢字に置き換えたという経緯があります。そのニュアンスについては「心理学における「異常」と「超常」」に解説記事を書きました。

講義が予定よりも遅れていますが、次回からは、具体的に超心理学がどんな研究をしてきたのか、それはふつうの心理学と基本的には違わないということをお話していきます。


【資料】エーリッヒ・フロム

彼らは、気が沈むとか不眠であるとか結婚生活がうまくいかないとか、仕事がおもしろくないとか、種々そのような悩みを訴える。彼らにある特殊の症候が彼らの問題であり、しかもこの特殊な悩みを取り除くことが出来るならば、彼らはよくなると信じている。しかしながら、これらの患者は、通常彼らの問題が抑うつとか不眼とか結婚生活とか仕事とかの問題ではないということが通常わからない。これらの種々な訴えは、我々の文化が、根源は、もっと深いところにあり、自分たちはある特殊な症候に悩んでいると意識的に信じている種々の人々に共通しているあるものを表現させるところの意識的な形にすぎない。この共通した悩みというものは、自分自身からの疎外であり、自分の仲間からの疎外であり、自然からの疎外である。生が人の手から秒のようにこぼれてしまう、また本当に生きることなしに人は死んでしまう、人はありあまるものの最中で生活するけれども、しかも本当の喜びがないというような意識である。(155-156.)
 
分析的な過程ではどんなことが起きるであろうか。人はこの時初めて自分が虚栄であることも、おびやかされていることも、また憎しみにみたされていることも気がつく。意識的には彼自身は謙遜で、勇敢で、愛情にみちていると信じていたのに。新しい洞察は彼を傷つけるかも知れない。だがそれは彼に一つの戸を開くのである。彼が自分の抑圧を他の人々に投射することをやめることができるようになる。彼は前進する。彼は彼自身の中に赤ん坊を、子供を、青年を、罪人を、狂人を、聖者を、芸術家を、男性を、そして女性を体験する。彼はより深く人類に触れてくる。宇宙的人間に接触してくる。彼の抑圧は少なくなり、より自由になり、投射や観念化の必要も少なくなる。それからいかに初めて彼が色彩を見るか、鞠が転がるのを見るか、またいかに彼の耳が、それまでは彼がそれに注意して聞こうとしてきた音楽に全幅的に開かれたかを彼は経験するであろう。彼は他の人々と一つになったことを感じ、彼は自分の分離した個人的な自我(エゴ)が固執すべき、培うべき、蓄うべき何物かであるとしてきたその迷妄に初めて目が開くであろう。彼は彼自身であることや彼自身になることよりも、むしろ彼自身をもつことに人生への答を求めることのむなしさを経験するであろう。これらのすべてはなんらの知的内容のない、まったく思いがけずに突如として生ずる経験である。その経験の後にはその人は前よりも、より自由に、より強く、より安らかに感ずるようになるのである。(243-244.)

エーリッヒ・フロムによる1957年の講演「精神分析学と禅仏教」の日本語訳。『禅と精神分析東京創元社[*1]140-247頁。


「人類学A」講義メモ 2024/05/09

4月24日の講義で予告しましたが、一週間の休みをはさんで、今週はいわゆる薬物についてのお話をしようと思います。脳神経科学と生理心理学の基本を学ぶことができる題材でもありますし、実際の生活にも役に立つ知識です。

私じしんの研究の誤解を解きたいということでもあります。辺境の地の未開民族の幻覚植物の研究などして何の役に立つのですかという質問に対しては、まあ知的な好奇心や探究心で、むしろ役に立つとか立たないといった皮相的なことではなく本質的なところを研究するのが学問である、ということができます。それが今になって若者のひきこもり問題やうつ病の治療に役立つということであれば、一見、何の役にも立たない基礎的な学問が、意外なところで役に立つ、ということでもあります。

まずは前回の続きで「神経伝達物質と向精神薬」を振り返ります。生化学的な細かい話に入っていくときりがないのですが、おおよそ薬物と呼ばれているもの、精神活性物質は、もともと脳内ではたらいている神経伝達物質のはたらきを補うものだ、ということを説明します。

もうひとつ、私の研究で誤解されて困るのは、ヤバいドラッグ、危険な薬物の研究だと思われてしまうことです。あるいは、オカルトだとか怪しい宗教ではないかという誤解も多々あります。この、ヤバい薬物?という偏見はどうやって作られてきたのかという、そこも釈明したいと思いますが、これも文化人類学的に考えることができます。そのことは「向精神薬の分類 ー民俗分類と医学的分類ー」という記事と、そこから派生しているリンク先の記事にいろいろ書きました。

人類学的な研究をしているうちに、ある文化ではある薬物が薬として使われたり、嗜好品として使われたり、ある文化では犯罪として取り締まられたり、歴史的な伝播によって意味づけが変わったり、そういう歴史もまた人類学的にとらえられることに気づいたのですが、これは日本の高校までの教育や一般常識を相対化して考えるのにもとても役立ちます。