蛭川研究室

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弁護側証人尋問 ー京都アヤワスカ茶会裁判ー

令和3年、西暦2021年11月10日。京都地方裁判所

弁護側証人尋問が行われた。

ヒーラーの証人尋問

午前11時より、2020年2月26日に青井被告を自宅に招いて「お茶会」を行った「ヒーラー」の女性に対する尋問が行われた。

この日、青井被告は自分で作ったミモザ属の一種であるMimosa tenuifloraの茶を服用し、イカロを歌った。イカロというのは、アマゾンの先住民族アヤワスカの茶会で歌う治療歌である。

青井被告がDMTを含むミモザの茶を飲み、歌を歌った。じつは、それだけのことが「麻薬の施用」の疑いをかけられており、この裁判のいちばんの中心である。

ヒーラーの人を含め、他の参加者はミモザの茶を飲んでいない。

ヒーラーの女性は、お茶会とは、心の問題を癒やす、その問題解決の方法を探すのをお手伝いすることだと説明した。正八面体の結界を張って、そこに「アヤワスカの精霊さん」を呼ぶのだという。彼女は、それはあくまでもイメージです、と丁寧に補足した。

裁判官は「アヤワスカの精霊さん」についての証人尋問を採用したわけであるが、検察側からの反対尋問は「ありません」だけで終わった。

青井被告が服用した茶がかりに麻薬であったとしても、それが真摯な宗教行為であるから違法性は阻却される、というのが弁護側の主張である。裁判長は判決の中で、医療用麻薬は免許をとれば使えるのだから、無免許で使用するのは違法だという考えを示した。

弁護側の主張は、お茶の服用は病気の治療ではなく、宗教的なカウンセリングのようなものだ、ということである。投薬をしておきながら、それは医療ではないとするのは、奇妙な主張である。しかし、アヤワスカ儀礼では、シャーマンだけがアヤワスカを服用して変性意識状態に入り、客がアヤワスカを飲まないことも多い。これは、いわゆる医学とは文化的な意味づけが異なる。

大学生の証人尋問

午後1時30分から、二人目の証人尋問が行われた。

青井被告から譲渡されたMedi-Tea(ソウシジュ: Acacia confusa)を茶にして服用し、自らの自殺念慮を自己治癒したが、横で見ていた友人が救急車を呼んだという事件の当事者である。



係員が長いアコーディオンカーテンを持ってきて、法廷と傍聴席の間が仕切られた。青井堂のMedi-Teaを飲んで自らの希死念慮を自己治癒してしまった大学生の証人尋問である。彼は文章は上手だが人前に出るのが苦手だという。法廷で証言するなど、ふつうの人間でも緊張して震えてしまうだろうと思うのだが、傍聴席からは姿が見えないように配慮した上で、尋問が行われた。

アコーディオンカーテンの向こうから、小声で宣誓するのが、かろうじて聞こえた。

二人の弁護人による質問が始まった。

大学生「中学生のときから心療内科で社交不安障害だと診断されていました。心療内科の薬もぜんぜん効果がありませんでした。社交不安障害、診断はそれだけですが、抑うつと思います。診断名はついていませんが。ASDADHDで人間関係がうまくいかなくて、二次障害として不安とうつが」

喜久山弁護士「どういう理由でMedi-Teaを飲んだのですか?」

大学生「治療に役立つと知って、DMTの抗うつ効果にひかれて購入しました。うつ病、社交不安障害が今よりましになるかなと思って」

喜久山弁護士「その日のことを教えてください」

大学生「友達もうつ病に悩まされていました。いっしょに自殺しようと。一日前にブロンをODしました。かぜ薬で、コデインが入っています。二十錠飲みました。でも死ぬ前に人生観を変えようと。MediTeaを二人で飲もうと」

喜久山弁護士「どんな体験をされましたか?」

大学生「えー、まず、まず、幾何学模様がまぶたにぐるぐる展開しました。友人はトイレで吐いていました。友達に慈愛のような、いたわってあげようと。どんどん内面世界に入って行って」

喜久山弁護士「内面世界とは?」

大学生「思考そのものです。一時間後ぐらい。救急車で運ばれて、三十分ぐらいで、ベッドで外界が認識できました・・・えーっと、エゴイスティックな、自分の利益を超えて、他の存在も自己も、無償の愛、無償の肯定。犬と猫を分けるものがなくなり、動物という概念になるように、すべて区分できない、知覚できる世界全体・・・生きてる状態も死んでる状態も同じ。生きてても・・・えー・・・死をも恐怖する必要がなくなりました。と同時に、生も価値がない、自由。差別、区別がなくなりました」

喜久山弁護士「死のうという考えは?」

大学生「1年ぐらいは消えていました。生に肯定的でした。今は・・・自由に生きているというか、そういう感じです」

喜久山弁護士「最近はあまり良くない?」

大学生「周りからの期待、電車内で変な人と思われたり、視線恐怖、そういう不合理な思考がなくなりました。・・・裁判所で不処分、罪が重くなるから言わないほうがいい。と言われました」

永吉弁護士が追加で質問した。

永吉弁護士「同時になにか飲みましたか?」

大学生「オーロリクス[*1]を飲みました」

永吉弁護士「なんで?」

大学生「MAOIがDMTを分解するのを妨げました」

弁護側からの質問が終わった。検察側からは質問がなかった。それで尋問は終了した。



そもそも「社交不安障害」という診断を受けていて、外出して人と合うのも苦手な大学生である。よく裁判所まで来て証言台で話すことができたものだが、じっさいの尋問で語られたのは上記の通り、口数は少なく、小声で、断片的なものだった。

大学生の体験はもっと深く、背景もいろいろあるのだが、進行中の裁判に関わることでもあり、未成年であって情報が保護されていることもある。著者なりのまとめは、裁判の概要の「大学生の事件」に書いておいた。

追記

事件の当時(2019年7月)に18歳だった大学生も、2年後には成人し、弁護士を通さずに話ができるようになった。

彼は、ショーペンハウエルの著書、とくに『意志と表象としての世界』[*2]に傾倒していた。ショーペンハウエルは、意志の否定を説いたが、この手段は、かならずしも身体的な自殺だけではない。むしろ身体がどうであれ、意志を否定する方法として、ショーペンハウエルは、むしろインド哲学における解脱の概念に近づいていった[*3]

大学生はショーペンハウエルが紹介しているヴェーダーンダ哲学によって自身の体験を解釈しているようであるが、ただしショーペンハウエルの時代のドイツでは、インド哲学は[西洋思想の側からのオリエンタリズムもあり]注目されていたが、情報は不完全だった[*4]

また大学生は、二元論的分節によって[言語の]意味が生成されており、その分節が消えると意味が消えるという体験について、間接的にヴィトゲンシュタインを参照しているようである。ヴィトゲンシュタインが唯一、参照した哲学者はショーペンハウエルだといわれているが[*5]、大学生は『論理哲学論考』における「思考し表象する主体は存在しない」[*6]という記述にも共感しているようで、体験後、さらに数学基礎論への関心を強めているようである。

今後も彼との対話を続けながら、彼の思考を理解していきたい。(もちろん、これは著者だけのテーマではなく、むしろ哲学・思想方面に詳しい皆さんとも共に考えていきたい問題である。)



→「京都アヤワスカ茶会裁判」(裁判の概要)

  • CE2022/03/27 JST 作成
  • CE2023/03/12 JST 最終更新

蛭川立

*1:物質名はモクロベミド。MAOI(モノアミンオキシダーゼ阻害薬)。麻薬としては規制されておらず、日本では個人輸入と個人使用が認められている。大学生はモクロベミドを自分で個人輸入したらしい。

*2:ショーペンハウアー, A. 西尾幹二(訳)(2004).『意志と表象としての世界Ⅰ』中央公論新社.

(Schopenhauer, Arthur (1819). Die Welt als Wille und Vorstellung. F. A. Brockhaus Leipzig.)

*3:ショーペンハウアー, A. 秋山英夫(訳)(2004).「サンスクリット文学に対する二、三のこと」『ショーペンハウアー全集(13)』白水社, 229-242.

*4:橋本智津子 (2004).『ニヒリズムと無ーショーペンハウアーニーチェインド哲学の間文化的解明』京都大学学術出版会.

*5:ワイナー, D. A. 寺中平治・米澤克夫(訳)『天才と才人ーウィトゲンシュタインショーペンハウアーの影響』三和書籍, 9.

(Weiner, D. A. (1992). Genius and Talent: Schopenhauer's Influence on Wittgenstein's Early Philosophy. Fairleigh Dickinson University Press.)

*6:ウィトゲンシュタイン, L. 奥雅博(訳)(1975).『論理哲学論考』(5・631)『ウィトゲンシュタイン全集』大修館書店, 96.

(Wittgenstein, L. (1922). Tractatuslogico-philosophicus. Kegan Paul.)