Origin and Distribution of Cannabis
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ヒマラヤ山脈南東部、ブータンに自生するアサの雄株。(蛭川撮影、2007年)
ヘンプとマリファナ
アサ属(Cannabis spp.)には、大きく分けて、東アジア、南アジア、ヨーロッパの3系統がある。
ヨーロッパの系統をCannabis sativa、東〜南アジアの系統をCannabis indicaとして別の種に分類することもあるが、C. indicaはC. sativaの亜種だとする説もある。
10000年前から西暦1500年ごろまでのC. sativa(紫)とC. indica(赤・青)の分布[*1]
南アジアの系統にはTHCなどの精神活性作用の強い物質が多く含まれており、瞑想や陶酔のために使用されてきた。いっぽう、東アジアとヨーロッパの系統では精神活性物質の濃度が薄く、おもに繊維材料として使用されてきた。
緑は繊維材料として使われてきたヘンプの系統、赤は宗教儀礼に使われてきたマリファナの系統[*2][*3](原産地については以下を参照)
ヘンプとマリファナは栽培による交雑によって作られてきたもので、俗に言う「サティバ」と「インディカ」という分類とは必ずしも対応しない。
東アジア起源説
アサの原産地は中央アジア、チベット高原の西側だろうと考えられてきたが、近年では考古学や遺伝学の研究が進み、アサはチベット高原の東側で、約2000万年前に祖先種から分岐したと推定されている[*4]。
また、アサと同様にTHCを産生するウラジロエノキ(Trema orientalis)は約4000万年前に分岐したとも推定されている[*6]。
さらに、ゲノムワイド関連解析の結果、東アジアの系統が野生種に近く、人間による栽培が始まった後、南アジアの系統とヨーロッパの系統が分岐したことが明らかになってきた。
東アジアの系統(黄色)、南アジアの系統(水色)、ヨーロッパの系統(緑色)の系統関係[*7]。
東アジア、南アジア、ヨーロッパの3系統は約1万年前に分岐したと推定されている。アサ栽培の最古の考古学的証拠は9000年前(縄文時代早期)の日本で発見されており[*8]、中国よりも古い。
THCの含有量が多く、陶酔作用の強い品種は北インドで育種が進められてきたようである。マリファナの分岐年代は3500-4000年前で、インダス文明が滅亡し、アーリア民族が南下した時代よりもすこし前である。インド思想史からすると、ヴェーダの思想がウパニシャッドへの思想へと深化していく、すこし前の時代である。
アフリカから南北アメリカ大陸へ
アサの栽培は中世のイスラーム世界で西アジアから北アフリカに広がり、さらに西アフリカから植民地化された南北アメリカに伝わった。
アメリカ大陸におけるアサはアフリカ系文化との結びつきが強く、それがアメリカで有色人種の差別と結びつき、大麻の世界的規制につながったという[*11]。ジャマイカではガンジャが黒人によるアフリカ回帰運動、ラスタファリズムのシンボルになった。
ブラジルのアフロブラジリアン・アヤワスカ宗教であるサント・ダイミのセバスチャン折衷派(CEFLURIS)が大麻を「サンタ・マリア」として受容したのは、さらに新しい時代で、欧米のヒッピー文化との習合である(→「ブラジルにおけるアヤワスカ宗教運動の展開」)。
記述の自己評価 ★★★☆☆
CE2021/04/26 JST 作成
CE2023/05/03 JST 最終更新
蛭川立
*1:Laura Pasku Featured Map September 2018. The University of New Mexico Geography & Environmental Studies.(2022/03/30 JST 最終閲覧)
*2:Ernest Small (2017). Classification of Cannabis sativa L. in Relation to Agricultural, Biotechnological, Medical and Recreational Utilization. In Cannabis sativa L. - botany and biotechnology, 1-62.
*3:Ernest Small (2015). Evolution and Classification of Cannabis sativa (Marijuana, Hemp) in Relation to Human Utilization. The Botanical Review, 81(3), 189–294.
*4:John M. McPartland, William Hegman, and Tengwen Long (2019). Cannabis in Asia: its center of origin and early cultivation, based on a synthesis of subfossil pollen and archaeobotanical studies. Vegetation History and Archaeobotany, 28, 691–702.
*5:A high-quality reference genome of wild Cannabis sativa | Horticulture Research
*6:A high-quality reference genome of wild Cannabis sativa | Horticulture Research
*7:Guangpeng Ren, Xu Zhang, Ying Li, Kate Ridout, Martha L Serrano-Serrano, Yongzhi Yang, Ai Liu, Gudasalamani Ravikanth, Muhammad Ali Nawaz, Abdul Samad Mumtaz, Nicolas Salamin, and Luca Fumagalli (2021). Large-scale whole-genome resequencing unravels the domestication history of Cannabis sativa. Science Advances, 7(29), doi: 10.1126/sciadv.abg2286.
*8:小林真生子・百原新・沖津進・柳澤清一・岡本東三 (2008).「千葉県沖ノ島遺跡から出土した縄文時代早期のアサ果実」『植生史研究』16(1), 11-18.
*9:Guangpeng Ren, Xu Zhang, Ying Li, Kate Ridout, Martha L Serrano-Serrano, Yongzhi Yang, Ai Liu, Gudasalamani Ravikanth, Muhammad Ali Nawaz, Abdul Samad Mumtaz, Nicolas Salamin, and Luca Fumagalli (2021). Large-scale whole-genome resequencing unravels the domestication history of Cannabis sativa. Science Advances, 7(29), doi: 10.1126/sciadv.abg2286.
*10:Barney Warf (2014). High Points: An Historical Geography of Cannabis. Geographical Review, 104(4), doi:10.1111/j.1931-0846.2014.12038.x