蛭川研究室

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「身体と意識」2021/10/15 講義ノート

事前の授業計画とは前後してしまうのですが、脳や神経の構造や機能を学んだ後で、いろいろな意識体験の具体例を示していくという演繹的な方向よりも、具体例を示してから、基礎知識を説明するという帰納的な進め方をしたほうが、わかりやすいだろうなと思って、行ったり来たりしながら進めていきます。

まずは驚くべき具体例として提示したいのは「京都アヤワスカ茶会裁判」です。これは、去年、2020年の6月から始まった裁判なので、私の授業では、もう何回か取り上げました。

事件の概要はリンク先に書きましたが、その発端は、京都のとある大学の一年生でした。彼は、哲学書などを読むのが好きな青年で、自宅に引きこもって本を読み、大学にもあまり行かない、そのうちに、だんだんとうつ病になってしまい、さらに悪化して、死にたい、自分は死ななければならないという観念にとりつかれてしまったそうです。

良い大学に合格して入学して、とくに不幸な出来事があったわけでもなく、そんなふうに絶望するような状況ではありませんでした。それなのに、とくに理由もないのに、絶望的な気持ちになってしまい、自分のような人間は死んだほうがいいんだと、そういうおかしな観念にとりつかれてしまう、それが、うつ病という、一種の病気であるわけです。

しかし、その大学生も、頭の良い男子でしたから、これはおかしいな、うつ病という病気なんだろうな、ということは、自分でもわかっていたのだそうです。それで、医者に行って脳の調子を整える抗うつ薬などをもらって飲んだりしたのですが、良くならない。これを、精神医学の用語では、治療抵抗性うつ病、といいます。

その優秀な大学生は、自分が治療抵抗性うつ病だということも理解していて、この、治療抵抗性うつ病には、南米アマゾンの先住民族が治療儀礼に使ってきた、アヤワスカという薬草が効くという情報をネットで調べて、そしてネットでアヤワスカという薬草を買い、飲んだところ、ほんの数時間の間に、自分がいったん死んで生まれ変わるような体験をして、そして翌日にはすっかりうつ病が治ってしまったそうです。

ただし、アヤワスカのお茶を飲んだ直後には、死の世界に引き込まれていくような怖い体験が起こり、隣にいた友達が、びっくりして救急車を呼びました。アヤワスカ茶は飲んで死ぬような毒薬ではありませんし、本人もそれは知っていて飲んだのですが、友達が救急車を呼んだので、病院に運ばれて、アヤワスカという薬草を飲んだと医者に説明したところ、そのアヤワスカには、DMTという違法薬物が含まれているということで、その大学生は逮捕されてしまったと、それが事件の発端だったそうです。

その大学生は未成年でしたし、悪いことをしたわけでもありませんから、実名報道もされず、家庭裁判所に保護され、無罪放免になりました。しかし、そのアヤワスカという薬草を売っていた青井硝子という人も逮捕され、この人は成人でしたから、起訴されて裁判になりました。しかし、青井被告は、うつ病を治す薬草を売っただけであり、じっさいにうつ病が治ったのだし、何も悪いことはしていない、アヤワスカという植物自体は法律で所持も売買も規制されていないのだと罪状を否認し、今に至るまで裁判が続き、決着がついていません。


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(途中で追加ですが、私のゼミの卒業生が、九月に京都地裁で行われた公判を傍聴してきたそうです。一年生のころからバンドをやっていて、卒業後もずっとミュージシャンです。地上最強のアヤワスカダイエット、などと変なことを言っていますが、まあ彼も舞台でエンターテインメント、パフォーマンスをするのが仕事ですから、半分ぐらいは変なことを言っているので、適当に聞き流してください。ただし、半分ぐらいはかなりちゃんとしたことを言っています。ただし、結論として青井被告は無罪というのは、ちょっと事実とは異なる結論です。)

この事件のことは、去年から授業でお話ししていまして、その後、期末レポートを読んでみますと、同じ大学生として、こういう、引きこもって悩んでしまう大学生の気持ちはわかるとか、なんと、この青井被告のお茶を飲んで自分もウツを治したとか、そういう答案が複数出てきて、驚きました。実名のレポートにそういう話が出てくるということは。東京の大学生でも買って飲んでいた人がかなりいるということで、私は驚きましたし、そういうこともあって、この事件の話は、授業で何度もお話ししています。

なぜ私がこの事件とかかわることになったかというと、私は人類学的な視点から、南米アマゾンの先住民族がこのアヤワスカという薬草を使って治療儀礼を行っているということを研究していまして、そういう研究をしていたところで、こういう事件が起こったものですから、報道関係者や弁護士さんから問い合わせがあり、その後、専門知識のある研究者として、かかわることになりました。

事件の発端からしても、大学生はなにも悪いことはしていませんし、むしろ、自分の病気を自分で治してしまったわけですから、彼が犯罪者とされるのはおかしいと、そういう道義的な理由もあります。

この事件は、あまり大々的には報道されていません。なにしろアマゾンの先住民族が使っている薬草のことなど、ふつうは理解不能ですから、一般に理解されないのも当然なのですが、しかし、これで人生観が変わってうつ病も治ってしまうという、このことは、脳神経科学においては重要な発見です。ただし、最先端すぎて、あまり報道もされず、報道されないから大学の先生や医者でもまだ知らない人が多いという、そういうミステリーです。いわゆるミステリーではなくて、本当の意味での学問的なミステリーです。

こういう話を授業で話しても、あまりよくわからない変な話なのかな、と思いきや、意外に専門の学者のほうがこの事件のことを知らず、ネット上で情報収集している大学生のほうが意外に良く知っていると知りまして、そこでこの事件について授業で何度もとりあげているわけです。

私じしんも、アマゾンの先住民族が使っている薬草のことは知っていましたし、それが病気を治す成分を含んでいるとは知っていましたが、まさか日本でこんな事件が起こるとは思ってもみませんでした。ネット上では、心に悩みを抱える若者が情報交換し合っていて、かなり細かい精神医学の知識などがシェアされているということも、後から知りました。今の若者の文化なのですね。自宅に引きこもって外に出てこないけれども、じつはネットで世界中とつながっているという、これは、インターネットの進化、情報社会の若者の、現代的問題としてもとらえることができます。

去年、共同通信から私が取材を受けた「厳格すぎる薬物規制、このままでいいの? 文化人類学者と考えるサイケデリックス」という記事が、この事件を薬物問題全体の文脈で語っています。ただし、私の発言はカギ括弧の中だけで、文章全体は記者さんが書いたもので、二人の考えは微妙に違うところもあります。それから、こういうネット上の記事は、読者からのコメントも面白いですね。あまり炎上もしていませんし、意外に冷静な議論がなされています。

この裁判は現在進行中であり、この事件について語り始めると長く長くなってしまいます。春学期、五月の人類学の授業でも同じ話をしたので、人類学的背景については「「人類学A」2021/05/18 講義ノート」と、そのリンク先をごらんください。ただし、これは人類学の授業なので、南米の文化の紹介、というところにフォーカスしています。

多少はこのような文化的背景を知っておいてほしいのですが、こちらの身体と意識の授業では、薬物の作用そのものを見ていきます。アルコールやカフェインがそうですが、単純な分子が脳に作用するだけで、精神状態が変わってしまう、これは物質と精神の関係を考える上で、非常に興味深い事例です。お酒やコーヒーは身近なものですが、薬物とかドラッグとかいうと、なにかとても悪くて怖いものだという先入観があります。じっさい、所持しているだけで違法だという薬物も多いのですが、なぜ違法なのかもよくわからず、怖い、悪いというイメージばかりが信じられていて、冷静に議論されることは、あまりありません。本当は薬として有益なものも多いのに、この薬物問題は、なぜか科学的な議論が進んでいません。あるいは、単純な物質が意識を変えてしまうということに対する、漠然とした無意識的な不安が社会的に共有されているからなのかもしれません。

さて、では薬物とは、ドラッグとは何か、これについては、まず向精神作用のある物質の分類から知らなければなりません。高校までの勉強ですと、とにかく薬物はダメという天下り的な勉強です。なぜダメなの?という疑問を差し挟む余地がないんですね。これに対して大学での勉強というのは、薬物というけれど、文字通り、薬、なのですから、使い方次第で毒にも薬にもなる、いろいろな種類の薬があるのだから、一概にはダメとはいえないと、こういうことを批判的に議論していくこと、これが大学では大事になります。

薬物の分類については「向精神薬の分類」に詳しいことを書きましたが、今週はかなりコンテンツが豊富すぎて、ちょっとこのあたりまでにしておいて、ここまでのところでディスカッションをしましょう。そして、続きは来週以降にしましょう。