「人類学A」2021/05/18 講義ノート

以下のノートは、先週、5月11日のノートの後半とあまり変わっていないが、すこし修正している。

先週は、精神展開薬やそれを含む薬草についての議論から、アヤワスカ茶のアマゾン川上流域の先住民族の文化的伝統の中での使用について話題を移した。今週は、さらに、ブラジルでの広がりや日本での裁判など、現代的な問題に目を移していきたい。

そもそも「アマゾンの先住民族の治療儀礼に参加し、DMTを含む薬草茶を飲んだ」といった話は、日本での日常生活とはかけ離れた話で、これをかぎられた字数の文字で伝えるのは難しい。伝えたとしても、それに何の意味があるのか。なるほど知的な冒険談としては面白いかもしれない。しかし、それを現代の日本の都市の、現代、そして近未来の状況と結びつけるのが、人類学という研究が果たすべき役割であろう。

たとえば「引きこもりでうつ病になってしまった大学生が、南米の先住民族が用いてきた薬草をネットで購入し、自分のうつ病を治療してしまった」という話にすれば、もっと身近で切実なテーマになるかもしれない。

あるいは随所で「雲南少数民族モソ人の村落で葬送儀礼の調査中に非典型肺炎の流行に巻き込まれた」という話をしているのだが、そもそも雲南省がどこにあるどんな場所かという共通認識がないと話が伝わらない、ということを痛感している。

これを「いま流行している新型コロナウイルスSARS-CoV-2は、2003年に雲南省のコウモリからハクビシン経由で人間に感染を始めたSARS-CoVの同種異株であり、その後にラクダを経由したMERSの流行があり、2019年に湖北省で(おそらくセンザンコウ経由で)人間に感染した新型コロナウイルスは、その第三波であり、人間への感染は、市場で食用として売られていたコウモリなどの動物から始まった」という説明を補えば、現代的な状況と密接につながっている問題だと理解できるだろうし、雲南と東京といった離れた場所を結びつけるのが、やはり人類学の役割であろう。(今年度の明治大学の全学統一入試の地理の問題では、雲南昆明がどこにある、どんな場所なのかを問う設問があったが、大学に入るなら、それぐらいは知っておいてほしいという出題者の先生の意図だったのかどうか。)

アヤワスカ

精神展開薬を含む薬草の中でも、とくに私が注目してきたのが、南米、アマゾンの先住民族が使用してきた薬草茶、アヤワスカ茶である。アヤワスカ茶の有効成分は、精神展開薬であるDMTである。

ブラジルのニュース番組

(以下は、数日前、個人的なブログに書いた記事の、コピー、アンド、ペースト。)



2018年に、ブラジルのサンパウロ大学を中心とする研究グループが、アヤワスカ茶(ブラジルでは「サント・ダイミ茶」という呼び方のほうが一般的)をうつ病の患者さんたちに飲んでもらい、即効性があるという研究をまとめた。論文は2019年にパブリッシュされた。ブラジルでは、テレビのニュースでも報じられた。

globoplay.globo.com
Chá do Santo Daime reduz sintomas de depressão, aponta USP de Ribeirão Preto(「サント・ダイミ茶がうつ病を改善、サンパウロ大チームが解明」)」

ブラジルでは朝のおはようニュースで、真面目な女子アナさんが、真面目なニュースとして、ダイミ茶の効能について真面目な顔で語っている。サンパウロ大学、通称USPはブラジルのトップ大学である。日本でいえば「東大」といったニュアンスだろうか。そういう大学が、アヤワスカ茶の研究をしている。

ポルトガル語が聴きとれない読者諸兄姉にはGoogle翻訳がお薦めである。動画の音声をスマホのマイクに入れると、音声が文字に変換され、日本語に翻訳される。

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アナウンサーが読み上げるような言葉は翻訳されやすい。

翻訳の後半は意味がとりにくいが、この薬草茶を服用すると、自らの思考のプロセスを、もう一人の自分が観察するような視点が持てるようになる、というのが大意である。DMTという向精神薬の作用でもあるのだが、ヴィパッサナー瞑想認知行動療法と同じメカニズムである。

治験に協力した宗教法人はバルキーニャなのだが、ニュースの中では「サント・ダイミ茶」として紹介されている。バルキーニャと聞いてもよく知らない視聴者も多いだろうが(私もクリチバにいたときにはバルキーニャなど聞いたことがなかった)ダイミといえば、どこかで聞いたことがある、おはようニュースを観ている視聴者なら、それぐらいは聞いたことがあるだろう、という前提が共有されている。


パラナ州の州都クリチバ



(引用は以上)

アヤワスカ茶については、私じしんも、とても意味深い体験をしたこともあり、思い入れがある。たくさんの場所に、たくさんの文章を書いてきた。なかなかまとまりが悪いのだが、じょじょに統合しながら、まとめていきたい。

アマゾンの先住民族の世界観の中では、アヤワスカ茶は、精霊と出会い、精霊が健康上の、人間関係の問題の解決方法を教えてくれる、呪術的な薬草茶である。しかし、近代的合理的な思考パターンを持った人間が飲むと、自分じしんの無意識の思考パターンに、よく気づけるようになる、という感じがする。

私じしんは、自分の悩みを解決したいというよりは、知的な好奇心でアヤワスカ茶の世界に向かったのだが、うつ病というのは、ネガティブ思考の無限ループにはまって抜け出せなくなる病気だというから、それが一発で治ったとしても不思議ではない、と思うし、病気といえるほどではなくても、悩み事は減りそうである。悩み事の原因じたいはなくならないのだが、思考がポジティブになって、無駄に悩まなくなる、という感じがする。

さて、以下にリンクを列挙したが、最初のほうは、アマゾンの先住民族の話で、これは私が2000年〜2001年に調査した内容で、その先、ブラジルの話は、2003年〜2004年にかけて、ブラジルの大学で客員講師をしながら体験した、都市のアヤワスカ文化のことを書いた。(リンクの数が多いが、面白そうなところを読んで、わからないことがあれば、質問してほしい。)

アマゾンの先住民族におけるアヤワスカ茶の使用

以下の二つの記事に、私じしんの、アマゾンの先住民社会での調査と体験談を書いた。

ブラジルで広がったアヤワスカ系宗教運動

それから、ブラジルに広まったアヤワスカ茶系宗教運動について、これも体験談を交えて書いた。

アヤワスカ茶とDMTの薬理作用

それから、アヤワスカが脳にどのように作用し、精神をどのように変化させるか、医学的な研究についてもすこし書いた。

DMTを含有する植物は、じつはありふれており、漢方薬として使われてきたヤマハギなどにも含まれている。

「京都アヤワスカ茶会裁判」

そして昨年、日本でも身近な植物であるアカシアやミモザのお茶をうつ病の治療薬として販売していたことが事件になり、裁判になった。これは非常に希有な事件であり注目しているのだが、詳しくは以下の記事に書いた。

来週以降は、アヤワスカ茶以外の薬草や薬草茶の文化について紹介したい。また、シラバスでは先に扱うことになっていた、認知能力とパーソナリティの遺伝と小進化については、その後から扱う。



記述の自己評価 ★★★☆☆
CE2021/05/18 JST 作成
CE2021/05/18 JST 最終更新
蛭川立