蛭川研究室

蛭川立の研究と明治大学での講義・ゼミの関連情報

「身体と意識」2021年度 講義概要

意識の状態が変われば、それに対応して、経験される現実も変わる。もっともわかりやすい例は、睡眠中に見る夢である。夢の世界では、われわれは、夢の身体を持って行動している。

変性意識状態、つまり日常とは異なる意識状態には、夢のほかに、臨死体験、瞑想体験、精神疾患、あるいは向精神薬の作用など、さまざまな種類のものがある。しかし近代社会では、そうした多様な意識状態は存在しないか、存在しても問題にされないか、精神の異常として処理されがちである。

近代化される以前の多くの社会では、しばしば夢や幻覚と現実との境界が曖昧であった。とりわけ古代インド哲学や仏教思想の伝統では、物質的身体を持って「覚醒」して生きている状態のほうが、じつは夢の中で暮らしているような状態であり、その錯覚から「覚醒」しなければならないとする思想が顕著であった。

いっぽう、近代科学は、脳という物質のはたらきから精神が生み出されると考える。向精神薬が脳内でどのように作用するのかという機序の解明が進み、意識や思考などの複雑な情報処理が、脳内の生化学的な反応として理解されるようになってきた。

さらに現代では情報技術の発展も著しい。人生の三分の一が睡眠時間だということは変わらないが、われわれは「覚醒」しているときでさえ、テレビやスマートフォンの液晶画面の背後に、さらにはVRのゴーグルの中に、あたかも物質的世界が実在するかのように錯覚し、その仮想世界に没入して過ごす時間が増えている。現実と幻覚を隔てる境界の曖昧さは、原始社会や、古代宗教や、あるいは精神病理という特殊な世界だけでなく、近未来社会の日常となりつつある。



→「「身体と意識」2021年度講義計画

CE2021/09/23 JST 作成
CE2021/09/23 JST 最終更新
蛭川立