蛭川研究室

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「人類学B」講義ノート 2022/01/18 CE

最終回です。公式のシラバスとは進行がすこし変わってしまいましたが、全体をまとめたいと思います。最初は、生物の進化、人類の進化というお話をしました。自然人類学の基本は、人類進化の研究です。それから、親族と婚姻、これは社会人類学の基本テーマです。そして、象徴人類学、芸術人類学、経済人類学という方向で話を進めてきました。

人間とはどういう動物か、というときに、形態学的には、脳が大きい、ということが挙げられます。そして、他の動物とは違い、言語を使用する。この言語は、ある抽象的な思考とも一般化できます。人間は社会を作ります。他の動物も群れを作りますし、膜翅目、つまりアリやハチは社会全体が一つの生物のような有機的な集団を作ります。しかし、人間の社会の特徴は、その複雑さというよりは、象徴的に構成されているというところにあります。

いろいろな民族の文化を見てきましたが、現代の都市社会、たとえばいまの東京あたりの文化に話を戻していきましょう。不思議な文化は、身近なところにあります。

たとえば、男女が同じ家に住むことには、婚姻という象徴的な文化が対応します。事実婚などという言葉もありますが、居住や性関係と、婚姻は同じものではありません。瞑婚という、死者と結婚する制度を持つ社会もあります。

貨幣も象徴です。数字も象徴です。同じぐらいの大きさの長方形の紙に「10000」と書いてある紙は「1000」と書いてある紙の十倍の価値を持ちます。「10」というのはアラビア数字といいますが、インドで発明されてアラブ世界を通じてヨーロッパにもたらされたものです。それから「十」は漢数字、これは中国で発明されました。

社会を構成するための象徴的装置としては、時間の数え方、暦法、暦がありますが、1日、1ヶ月、1年は、地球の自転、月の公転、地球の公転と関係がありますが、1秒、1分、1時間、1週間は、天体の運動などの物理現象とは関係がありません。

それから、12年で一回転する、十二支があります。これは、古代漢民族の「陰陽五行の世界観」から発展してきたものです。12年に、12種類の動物を当てはめています。なぜそれらの動物なのか、生物の分類学的な意味はありません。中には龍のように、実在しない動物も存在します。さらには、それで占いをしたりもします。未年生まれはヒツジだから草食系でおとなしい人だとか、今年の午年は運気上昇、とか、いま、思いつきで適当に言っていますが、こういう占いも、当たるとか当たらないではなくて、ひとつの象徴的世界観であり、宗教の一種です。

男女が同じ場所に住む、天体が運動するという物理的現実とは違うところに、文化的な象徴を作る、これが、他の動物とは違う、人間の大きな特徴です。この象徴的な文化は、人間の社会を効率化させる、人間の生活を豊かにするものであると同時に、人間の生活を制限したり、生物として生きていくことの障害になったりもする、そういう側面もあります。

芸術や宗教などの精神文化は、生物として生きていくためには、たぶん不必要ですし、むしろ、コストがかかります。けれども、音楽は心を豊かにしてくれるものですし、宗教は生きることに意味を与えてくれます。日本では宗教があまり一般化していない社会ですが、もうすこし身近な宗教的行為は、先ほどの占いです。

たとえば、星占いというのもありますね。たぶん、特に女子が好きそうですが、絶対に信じてはいないけど、なんだか気になる、という人が多いかなと思います。今月の乙女座は、努力すれば夢が叶うチャンスです、諦めずに頑張りましょう、などと書いてあったりすると、努力して頑張るときに、背中を押してくれます。けれども、今月の山羊座は、慎重に、チャンスは来月以降にやってくるでしょう、という言葉を信じて、チャンスを逃してしまうかもしれません。占いを信じることの弊害はあります。宗教の弊害については、無宗教文化がマジョリティである日本人のほうが、良く知っているでしょう。

占星術は惑星の運動に基づいて計算されます。その計算自体は数学的です。しかし、惑星の引力のような不思議な力が人間の行動に影響を及ぼしているかというと、これは科学的な根拠がありません。科学的な根拠がないのに科学のふりをすれば、それはニセ科学疑似科学です。

けれども、人類学では、疑似科学ではあっても、その文化の中では意味があって、生活に役立っているのであれば、悪いものではない、近代科学のような普遍性はないけれども、それぞれの民族の社会では役に立っている、そういうものを、民族科学と呼んだりします。いろいろな文化には、いろいろな民族科学があって、自然科学、近代科学からすれば間違っているものだとしても、むしろその意味を考えましょうと、そういうことで、異文化の理解、自文化の理解になります。さらには、象徴的な世界観を作り、そこに意味を見いださなければ生きていけない、それが人間という動物なのだと、そういう人間理解にもつながります。

それから前半では人類の進化が辿ったルートの話もしました。世界中にはたくさんの文化があります。多様性と共通性がありますが、もともと人類は熱帯アフリカ起源です。それが、南極以外のすべての陸地に広がりました。遺伝的にも変異がありましたし、住む環境に適した文化を発展させてきました。

その生活環境の中には、人間以外の動物や植物との関係もあります。それらの生物たちもまた、おそらく40億年ぐらい前に、地球上のどこかで共通の祖先が誕生し、そこから別れて進化してきたのだと考えられています。四十数億年の歴史の中で、あちこちで生物が何度も発生したわけではないらしいのです。

もっとも、地球以外の惑星、火星や金星にも生物がいるかもしれません。太陽系以外の恒星を回る惑星にも生物がいるかもしれません。というか、いないほうが不自然です。人間のような思考する生物が進化しているかもしれませんし、想像もできないような生物が進化しているかもしれません。そういう生物たちが、もうUFOに乗って地球にやってきているという話もありますし、もうすこし現実的に、電波でやりとりをするのであれば、技術的には可能です。他の星に、抽象的な思考をする生物が進化していたとして、何を考えているのだろう、もし出会ったら、どういうコミュニケーションが可能だろうか、と考えてみるのも面白いことです。未知の民族と出会ったときに、どうやってコミュニケーションをとるか、ということは、自分じしんの思考のプロセスを内省する作業でもあるからで、これは、地球外生命と出会ったときに、どうコミュニケーションをとるか、と同じ話です。

宇宙人類学という言葉もありますが、人類学には、宇宙に広がっていく可能性もあります。

以上が、講義ノートはこれぐらいにしておきます。ディスカッションの掲示板では、今までの授業の全部についてのコメントや質問を受け付けます。最終回ですし、授業とは関係ないことでも、そこは何でもありということで、自由闊達にやりましょう。

講義ノートの内容はこれぐらいにして、さて期末のレポートは、昨年のものとほぼ同じもので、三つの問いかけから二つを選んで、皆さん自身の考えを書いてもらう、という形式ですが、別途お知らせします。教室での試験ではなく、オンラインでのレポート提出という形式になりますが、提出締め切りだけではなく、提出開始日も決めなければなりません。だいたい来週です。いつも教室授業では持ち込みナシで1時間で書いてもらってきた内容ですから、書くのにはそれほど時間はかからないでしょう。

毎年のレポートは、なかなか考えさせられる答案が多く、私じしんも勉強になっています。おそらく今年もそうだと思います。ふだんの授業とは違い、量が多いので、一人ひとりにコメントを返せないのが残念なのですが、それはまた、来年度以降の、後輩たちの授業のために役立てていきます。