蛭川研究室

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臨死体験の尺度

臨死体験の体験内容については、英語圏で標準的な尺度が作られ、それが日本語にも翻訳されている。

しかし、とくに宗教的な概念については文化的な背景の違いもあり、翻訳しても意味が違ってしまうという、翻訳不能性の問題がある。

コア経験(core experience)

ケネス・リングによる臨死体験の重み付け尺度[*1]

番号 加重値
1 Subjective sense of being dead 死んだという自覚 1
2 Feeling of peace, painlessness, pleasantness, etc. (core affective cluster) 安らぎ、無痛状態、心地よさ、その他(中核的感情群) 2*
3 Sense of bodily separation 肉体からの分離感 2*
4 Sense of entering a dark region 暗い領域に入る感じ 2*
5 Encountering a presence/hearing a voice ある存在と出会う、声を聞く 3
6 Taking stock of one's life 人生の総決算をする 3
7 Seeing, or being enveloped in, light 光を見る、光に包まれる 2
8 Seeing beautiful colors 美しい色彩を見る 1
9 Entering into the light 光の中に入る 4
10 Encountering visible "spirits" 目に見える"霊"と出会う 3

5の「存在(presence)」と10の「霊(spirits)」のニュアンスの差異も難しい。日本では、亡くなった家族と出会うという体験が多いのだが、これは「霊」だろう。しかし、存命中の家族と出会った場合には「存在」ではあるが「霊」ではない。

臨死体験尺度

2、グレイソンの尺度[*2]

番号 成分 質問 回答の重み
Cognitive 認知的
1 Did time seem to speed up? 時間の流れが速くなりましたか 2 Everything seemed to be happening all at once 何もかも一度に起こるようだった
1 Time seemed to go faster than usual 時間の流れがふだんより速いように思えた
0 Neither どちらでもない
2 Were your thoughts speeded up? 思考のスピードが速くなりましたか 2 Incredibly fast 信じがたいほどの速さ
1 Faster than usual ふだんより速かった
0 Neither どちらでもない
3 Did scenes from your past come back to you? 過去の場面が蘇ってきましたか 2 Past flashed before me, out of my control 過去が、自分の意志とは関係なく一瞬のうちに眼前に展開された
1 Remembered many past events 過去の出来事をたくさん思い出した
0 Neither どちらでもない
4 Did you suddenly seem to understand everything? 突然全てを理解する感じになりましたか 2 About the universe 森羅万象がわかった
1 About myself or others 自身や他人のことがわかった
0 Neither どちらでもない
Affective 感情的
5 Did you have a feeling of peace or pleasantness? 安らぎや楽しさを感じましたか 2 Incredible peace or pleasantness 信じがたいほどの安らぎや楽しさ
1 Relief or calmness 安心感や穏やかさ
0 Neither どちらでもない
6 Did you have a feeling of joy? 喜びを感じましたか 2 Incredible joy 信じがたいほどの喜び
1 Happiness 幸福感
0 Neither どちらでもない
7 Did you feel a sense of harmony or unity with the universe? 宇宙との調和や合一を感じましたか 2 United, one with the world 世界との一体感
1 No longer in conflict with nature 自然との対立感が消えた
0 Neither どちらでもない
8 Did you see or feel surrounded by a brilliant light? 眩い光を見たりそういう光に包まれた感じがしましたか 2 Light clearly of mystical or other-worldly origin 光は明らかに神秘的ないしはあの世的なものだった
1 Unusually bright light 異常に眩い光
0 Neither どちらでもない
Paranormal 超常的
9 Were your senses more vivid than usual? 感覚がふだんより鮮明でしたか 2 Incredibly more so 信じがたいほど鮮明
1 More so than usual ふだんより鮮明
0 Neither どちらでもない
10 Did you seem to be aware of things going on elsewhere, as if by ESP? ESPが働いた時のように他の場所で起こっていることがわかった感じがしましたか 2 Yes, and facts later corroborated はい、そのことはあとで事実だったことが証明されました
1 Yes, but facts not yet corroborated はい、しかし事実だったかどうかはわかりません
0 Neither どちらでもない
11 Did scenes from the future come to you? 未来の場面が出てきましたか 2 From the world's future 世界の未来が出てきた
1 From personal future 自分の未来が出てきた
0 Neither どちらでもない
12 Did you feel separated from your physical body? 自分の肉体から分離されたような感じがしましたか 2 Clearly left the body and existed outside it 体から明らかに浮かびあがり外側にいた
1 Lost awareness of the body 体が意識されなくなった
0 Neither どちらでもない
Transcendental 超俗的
13 Did you seem to enter some other, unearthly world? 別の、この世ならぬ世界に入るような感じがしましたか 2 Clearly mystical or unearthly realm 明らかに神秘的ないしはこの世ならぬ世界
1 Unfamiliar, strange place 見たことのない不思議な場所
0 Neither どちらでもない
14 Did you seem to encounter a mystical being or presence? 神秘的な存在に会ったように思いますか 2 Definite being, or voice clearly of mystical or other-worldly origin 明らかに神秘的ないしはあの世的な世界の存在や声
1 Unidentifiable voice 正体不明の声
0 Neither どちらでもない
15 Did you see deceased spirits or religious figures? 今は亡き身内の霊や宗教的人物に会いましたか 2 Saw them 会った
1 Sensed their presence 存在がわかった
0 Neither どちらでもない
16 Did you come to a border or point of no return? 境界や限界まで行きましたか 2 A barrier I was not permitted to cross; or "sent back" to life involuntarily 越えることが許されない障壁があった、あるいは意志に反して送り返された
1 A conscious decision to "return" to life 現世に”戻る”決意を自分でした
0 Neither どちらでもない

1の「時間の流れ」であるが、臨死体験の中では、時間の流れが遅くなり、周囲の光景がスローモーションになるという現象が起こることもあるが、これはカウントされない。

5と6については「calmness」は、事故や病気の苦痛が消えて安らかな気持ちになったという、マイナスがゼロになったというニュアンスであり、「joy」は、積極的な喜び、ゼロからプラスになったというニュアンスだという、意味の違いがある。

13の「不思議な場所」であるが、日本ではお花畑に三途の川、というイメージが多い。これは、不思議かもしれないが、「見たことがない」「この世ならぬ」光景ではないから、これにはうまく当てはまらない。

14の「神秘的な存在」と15の「今は亡き身内の霊」、「宗教的人物」の区別も難しい。日本では、亡くなった家族が出てくることが多いのだが、これは「今は亡き身内の霊」に該当する。「神秘的な存在」と「宗教的人物」の違いは難しいが、これは日本ではあまり出てこない。

16の、境界線で引き返してくるという体験はよくあるが、重み付けの尺度では、自分の意志で戻ってきた場合は1点、自分の意志で境界線の向こうに行こうとしたのだが、行くことができなかった場合は2点ということになっている。三途の川の向こうのご先祖様に「来てはいけません」「戻りなさい」と言われる体験も多いが、これも2点ということになるだろう。

生命を脅かす危機的状況に対する心理的反応

これは、因子分析によって臨死体験の要素を分類するための26項目からなる[*3]。中核体験以外の、深い臨死体験ではあまり現れないような、離人感などの解離性の体験も含んでいる。

番号
1 Altered passage of time 時間の流れが変わる
2 Self strange or unreal 自分が非現実的に感じられる
3 Thoughts speeded 思考の速度が速まる
4 Thoughts sharp or vivid 思考が鋭く鮮やかになる
5 Thoughts, movements mechanical 思考や動作が機械的になる
6 Detached from world この世から隔絶した感じ
7 Loss of emotion 感情の喪失
8 Vision, hearing sharper 視覚や聴覚が鋭敏になる
9 Detached from body 肉体から離れた感じ
10 Objects small, far away 物が小さく、遠くに見える感じ
11 Revival of memories 記憶が蘇る
12 Strange bodily sensations 変わった身体的感覚
13 Controlled by outside force 外力に支配されている感じ
14 Body apart from self 体が自分から離れた感じ
15 World strange or unreal 外界が変わって非現実的に見える
16 Wall between self, emotions 自分と感情の間に壁がある
17 Feeling of great understanding 深遠な英知を得た感じ
18 Sense of harmony or unity 調和ないし一体感
19 Colors or visions 色彩や幻像
20 Images sharp or vivid 鮮明なイメージ
21 Strange sounds 変わった音
22 Vision, hearing blurred or dull 視覚や聴覚が鈍化する
23 Feeling of joy 喜びを感じる
24 Revelation 啓示を受ける
25 Body changed in shape or size 体型や大きさが変わる
26 Thoughts blurred or dull 思考が鈍化する

1の「時間の流れが変わる」ことについては、時間の流れが速く感じられる場合と、遅く感じられる場合の両方が含まれる。

9と10の違いは微妙だが、9は、自分の身体の外へ自分の意識が出ていくという移動であり、10は、自分の意識から体が離れていくという移動であり、おおよそ前者は体外離脱体験(OBE)に、後者は離人感に対応するといえる。

24の「啓示(revelation)」も宗教性の強い概念である。日本人の臨死体験の場合には、祖先以外の宗教的存在と出会うことは少ないので、啓示といえるような体験も少ない。亡くなったご先祖様に、まだ来てはいけない、帰りなさい、と言われるだけなら啓示とはいえないだろう。しかし、たとえば、お前は医者として人々を助けるのが使命なのだから帰って働きなさい、と具体的な目的が示された場合は、啓示といえるかもしれない。



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CE2021/07/19 JST 作成
CE2021/07/20 JST 最終更新
蛭川立

*1:リング, K. 中村定(訳)(1981).『いまわのきわに見る死の世界』講談社, 29.(Ring, K. (1980). Life at death: a scientific investigation of the near-death experience. New York : Coward, McCann & Geoghegan.)

・リング, K. 笠原敏雄(監訳)「臨死体験を計測する」グレイソン, B.・フリン, C. P. 笠原敏雄(監訳)(1991).『臨死(ニアデス)体験』春秋社, 40-50.

*2:R. Noyes, and D. Slymen (1979). The Subjective Response to Life-Threatening Danger. OMEGA - Journal of Death and Dying, 9(4).(笠原敏雄(監訳)(1991).『臨死(ニアデス)体験』春秋社.)

*3:R. Noyes, and D. Slymen (1979). The Subjective Response to Life-Threatening Danger. OMEGA - Journal of Death and Dying, 9(4).(笠原敏雄(監訳)「生命を脅かす危機状況に対する心理的反応」『臨死(ニアデス)体験』春秋社.)