「人類学B」2021/10/05 講義ノート

人類学Bの授業ですが、10月はちょっと試行錯誤、行ったり来たりです。掲示板方式の良さを活かしながら、教室での講義へと移行していきますが、今週はまだディスカッション掲示板方式で続けます。

静止画像で良いものはブログの記事でよいですし、動物の生態や諸民族の調査映像など、動画の上映は教室のほうがよいので、そこは前後させながら進めていきます。

それから、内容も前後します。授業全体の予定(→「毎週の予定」)も毎週リアルタイムで組み立てています。今週、10月5日は、この予定表の10/05の「現生人類の拡散」のリンク先の資料を教材としますが、適宜、生殖と遺伝の仕組み、脳の構造と機能のような生物学的な基礎知識と、日本人の起源やサルの生態などの具体的なテーマを行ったり来たりします。

現生人類、ホモ・サピエンスは二十万年前に南東アフリカで登場した新種で、これが最近、十万年ぐらいかけて、北東アフリカから西アジアへ、そして全世界へと移住していきました。現在では南極に基地を作って住んでいる人もいますね。

その移住の歴史を「遺伝子からみた人類の系統関係」に書きました。そして日本人の起源というか、由来というか、そのことは「遺伝子からみた日本列島民の系統」に書きました。

この二つはもう五年前に書いた古いページなので、重複もあり、ちょっと内容が整理し切れていません。しかし、日本人の起源論は、七十人以上の人たちにブックマークされています。日本人は日本人の起源論が好きだ、と書きましたが、本当に好きな人が多いんですね。

しかし、地球全体から見ても、日本列島の人類史は、謎が多く、興味深いのです。世界中の民族は言語によって分類されていますが、日本語という言語は、一億人以上の話者がいるのに、いまだに系統関係がわかりません。韓国、朝鮮語と文法はよく似ていますが、中国語からの借用語を抜くと、語彙はほとんど共通性がないんですね、日本語の語彙はどうもオーストロネシア、西太平洋諸島の言語に似ていますが、それもはっきりしません。

おそらく日本列島はユーラシア大陸の東の端にあって、何度もいろいろな民族が渡来して混血が繰り返されて、独特の、民族の吹きだまりになったからだと考えられています。純粋民族だと思われがちな日本人が、じつは何万年もかけて混血した結果、均一化したらしいんですね。

ちなみに、この授業では日本人という言葉は意図的に避けています。というのは、日本人といった場合に、日本国籍を持つ人という意味と、日本民族という意味の二つがあります。日本民族というと、アメリカや南米にもたくさん住んでいますし、日本国籍を持っている人には、アイヌの人たちもいます。沖縄、琉球の人たちを本土、内地の日本人と別の民族だとする考えもあります。これは差別ということではなくて、民族というものを言語に基づいて分類すると、そうなるということですし、人類学はむしろマイノリティの文化に注目します。これも人権上の配慮というよりは、周縁に住む少数民族のほうに古い文化が残されているからだという理由もあります。沖縄などに行くと、方言など、むしろ古代の日本文化がよく残っているなと感動したりします。

日本列島の歴史年表」というページも作ってみました。高校までの日本史というと、日本の本土の歴史が中心ですが、じっさいには北海道から沖縄まで、じつにダイナミックな歴史があったことがわかります。北海道の擦文時代だとか、沖縄のグスク時代とか、そういう時代区分まで広げてみられるのも、大学での勉強、人類学の視点です。

さて私じしんは、日本生まれの日本育ちで、日本国籍を持っている典型的な日本人です。顔が日本人離れしているとか、あんがいネパールなんかに行きますと現地になじんでしまったりとか、一年生、二年生の皆さんは、顔も見たことがない人も多いかもしれませんが、二年生の皆さんは、そろそろゼミ選びの季節が来ますね。ゼミの説明会もまたオンラインになりそうで、いろいろ準備しています。

蛭川という姓は東海地方に多いのだそうですが、自分じしんの遺伝子を分析しまして、その結果も交えながら記事を書いています。「個人向け遺伝子解析」というのを自分でもやってみたのですが、この記事の内容は、この授業の本題からはすこし逸れるのですが、今は一万円ぐらいで自分のルーツがわかってしまう、PCRという、DNAを急速に増やす技術などが急速に進歩してきた結果です。

私もネアンデルタール人からアジア各地のいろいろな人種の混血のようなのですが、母方のミトコンドリアがインドに由来することがわかりまして、こういう人は日本では千人に一人もいない珍しいケースだということで、遺伝子検査会社の人も驚いていました。

ところで人種という言葉は人類学ではよく使う言葉ですが、これは同じホモ・サピエンスでも、遺伝子の違いがあるというニュアンスがあります。世界人類はみな平等なのだから、遺伝子が違うなんていうことはない、人種という言葉自体が人種差別だから、もう使わないようにしよう、という意見もありますが、じっさいに遺伝子の違いがあるということと、優劣をつけて差別することは別問題ですから、そのことは、あらためて「人種・民族・文化」という記事に書きました。

ミトコンドリアって何?Y染色体って何?という知識がないとわからないこともありまして、これは卵子精子の構造であるとか、そういう生物学的な知識が必要ですし、実践的な性教育のテーマでもあります。また、なぜY染色体のほうが急速に拡散しやすいかというと、動物というのは、少数のオスが多数のメスとの間に子供を作ることで進化してきたというメカニズムがあるという知識も必要です。一夫一妻制で、二人ぐらい子供を産むという文化は、百年ぐらい前に世界に広がったもので、それが当たり前という常識から離れる必要があって、そういう知識も、おいおい補っていきます。

人種のこともそうですし、一夫多妻婚が進化の原動力になってきたのだ、といった考えは、近代的な倫理や道徳に反するところもあるのですが、学際領域である人類学では、こういう微妙なテーマがよく出てきます。いつも念頭に置くべきことは、生物として自然なこと、自然科学的な事実と、文化的に倫理的であること、近代的な価値観は、分けて考えることが必要です。そこを混同すると、不毛な議論になってしまうのですが、分けて考えるという科学論的なものの見方、これも文理融合の学問では大事なことです。

先週は脳の進化の話や、サルの生態の話が出てきましたが、これは来週以降に扱うことにします。



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CE2021/10/04 JST 作成
CE2021/10/05 JST 最終更新
蛭川立