蛭川研究室

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「自殺からの解脱ー京都相思(アヤワスカ)茶会事件:第2報」

西暦2023年3月12日に行われた人文死生学研究会での発表要旨。

要旨

2019年7月に、希死念慮に悩まされていた京都の男子大学生が自己治療のためにDMTを含む相思樹(アカシア・コンフサ)の樹皮を茶にして服用した。大学生は主客合一の再帰的無限ループに陥り、隣で見ていた友人が救急車を呼んだ。大学生は救急車の中で無限の光と一体化し、抑うつ症状は消失した。彼は麻薬所持の疑いをかけられたが、未成年であったために不処分となった。

DMTやLSDなどのサイケデリックス(精神展開薬)は「自我の死」体験を引き起こすが、これによって自殺念慮が消失するという逆説的な作用があり、うつ病や依存症の治療薬としての研究が進められている。

2020年3月には、相思樹の樹皮を譲渡した青井硝子(筆名)が逮捕され、起訴された。京都地裁で行われた初公判で青井被告は自らの行いを菩薩行であるとして罪状を否認。証人として召喚された大学生は法廷で自らの体験をショーペンハウエルヴェーダーンタ哲学によって説明した。

京都地裁は2022年9月に青井被告に対し懲役3年、執行猶予5年の判決を言い渡した。青井被告は控訴し、裁判は2023年4月から再開される。

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人文死生学研究会HP

出来事の時系列

事件の背景

一連の事件は「脱法」サイケデリックス・カンナビノイドの流通と規制の「いたちごっこ」と並行して起こっている。これは、日本における「薬物」の規制と、日本人の遵法精神の高さが起こした社会現象でもある。

日本では「脱法ドラッグ」の流行が2015年ぐらいにいったん鎮静した。しかし、CBDの流行に続くように、2021年ごろから、THCと同様の作用を持つ「脱法」カンナビノイドの流通が広がり、さらに2022年ごろからは、LSDと同様の「脱法」LSDの流通が広がっている(詳細は「LSDアナログ」を参照のこと。)2019年に京都で起こった事件は、2022年ごろから本格化してきた「脱法」サイケデリックスの流通に、二年先立っていた。

1940年代から1960年代にかけて行われたLSDなどのサイケデリックスの研究は、いったん下火になったが、約50年間の「暗黒時代」を経て、2010年代ごろから、ふたたび盛んになってきている。これは西洋では「サイケデリックルネサンス」とも呼ばれるが、日本においては「鎖国」状態が続く中で、おもにインターネット上でサイケデリックスやカンナビノイドの流通が大学や病院での研究を追い越しつつある。

サイケデリックスの流行の背景には、抗うつ薬や依存症治療薬として自己治療に使用するユーザーが増えているのも大きな要因である。情報も物質もネット上で入手できてしまうようになったという技術的な変化が背景にある。

事件の詳細

一連の事件と長期化する裁判の記録はまとめきれていないが、概要は「京都アヤワスカ茶会裁判 ー アマゾンの薬草が日本で宗教裁判に? ー」にまとめておいた。

また、より詳細な裁判記録は「京都アヤワスカ茶会事件 ーDMT植物茶が争われる日本初の裁判ー」にまとめているが、まだまとめきれていない。

サイケデリックルネサンス」は、おもに生物学的精神医学の観点から語られることが多いのだが、同時に、1950年代に行われた、精神病理学的、宗教人類学的な研究を見なおす必要がある。

今後の研究に向けて

薬物をめぐる言論統制が厳しい日本では研究が進まない中で、裁判記録については、まずポルトガル語訳「Memorando de entrevista com o réu Aoi Garasu: o primeiro caso judicial sobre substância análoga à ayahuasca no Japão」がブラジルで出版される予定である。また、日本語での概説は『精神科治療学』2023年10月号に発表する予定である。

青井堂の「お茶会」の参加者自身による、一連の事件の考察としては、まるどろーるちゃん(筆名)による「青井硝子事件についての個人的総括」(外部サイト)に、よくまとめられている。



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  • CE2023/03/12 JST 作成
  • CE2023/03/12 JST 最終更新

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