蛭川研究室

蛭川立の研究と明治大学での講義・ゼミの関連情報

サイケデリックスの簡易試験

日本では違法薬物=覚醒剤大麻という公式が広く流布しており、サイケデリックスが問題になること自体が少ないので、鑑定方法についてもあまり知られていない。

薬物事件弁護の解説書にある簡易検査表[*1]

MDMAはアンフェタミンと似た構造を持つ物質だが、法律上は「覚醒剤」ではなく「麻薬」である。MDMAは、Marquis試薬を使うとメタンフェタミンと区別することができる。

なお、Duquesnoy試薬で簡易検査を行ってTHCが検出されても、それが「大麻」であることの証拠にはならない。合成されたTHCは「麻薬」であるが、植物由来のTHCとは区別できないからである。大麻であることを確認するには薄層クロマトグラフィーで複数のカンナビノイドを検出するのが良い方法なのだが、ここではカンナビノイドについては詳述しない。

インドール系とフェネチルアミン系

市販のキットでもサイケデリックスなどの物質の簡易検査はできる。一回の検査にかかるコストは百円ぐらいしかかからない。

testkitplus.com www.protestkit.eu

たとえば、上記のような通販サイトから試薬を取りよせることができる。

https://dancesafe.org/wp-content/uploads/2014/02/2022-color-chart.png 各種試薬の呈色表[*2]

サイケデリックスの検出でいちばんよく使われるEhrlich試薬は、インドール環を持つ物質(紫色)を迅速に検出する。

さらに、Hofmann試薬は、一時間ぐらいかかるが、LSD・シロシビン(紺色)、DMT(黄色)、5-MeO-DMT(緑色)を識別する。LSDとシロシビンの識別はできない。

また、Marques試薬とMecke試薬を使うと、メタンフェタミン、メスカリン、MDMA、NBOMeなど、フェネチルアミン誘導体が検出できる。

Simon's試薬は、アンフェタミン類とMDMAをいずれも青色として特異的に識別するため、覚醒剤の検査に使われるが、アンフェタミン類とMDMAを区別できない。

Froehde試薬は、あまり使われない試薬だが、メスカリンを絞り込んで鑑別するのに役立つ。Morris試薬も、ケタミンを絞り込んで識別するのに使用される。

https://bunkpolice.com/wp-content/uploads/2019/12/LSD_flow_chart_white_small-1024x931-800x727-1.png LSDの鑑別法。Ehrlich・Hofmannの両方の試薬に反応すればインドール系のサイケデリックスであり、フェネチルアミン誘導体は反応しない[*3]
 
その次に、Marques・Mecke試薬を使ってフェネチルアミン誘導体を識別する。 https://bunkpolice.com/wp-content/uploads/2019/12/mescaline_flow_chart_white_small-1024x931-800x727-1.png メスカリンの鑑別法[*4] https://bunkpolice.com/wp-content/uploads/2019/12/MDMA_flow_chart_white_small-1024x1024-800x800-1.png MDMAの鑑別法[*5]

「N-爆弾」

古典的サイケデリックスは一時的な精神不安を引き起こすことはあっても、身体的に有害なものではない。しかし、LSDの偽物として流通しているNBOMe系の物質と、「エクスタシー」の錠剤に混入している物質は問題である。(それは、LSDやMDMA自体の取り締まりが厳しすぎるがゆえに起こる逆説なのだが。)

LSD系の物質は無味無臭であり、非常に微量の溶液を紙に染みこませた形で流通しているので、その紙にどういう物質が含まれているのかは、鑑定しないかぎりはわからない。

口に入れたときに苦味を感じる場合、25I-NBOMeなどのNBOMe系の、MDMAやメスカリンに似たフェネチルアミン誘導体が混入している(あるいは意図的に染みこませている)可能性があるので「bitter, spitter(苦い?吐け!)」と言われてきた。(NBOMeは消化酵素で分解されてしまうので、口の中に留めずに飲んでしまっても効かなくなる。)

psychonautwiki.org

「N-Bomb(N爆弾)」などと呼ばれる新規物質は2010年代から流通しており[*6]、MDMAと同様、共感薬(エンタクトゲン)としての作用があるのと同時に、体温や心拍数の増加、発汗、筋肉のこわばりと歯ぎしりなどの副作用があり、過量服薬では致命的になるリスクがある[*7]

25I-NBOMeは日本では薬機法の指定薬物から、麻向法で規制される規制薬物に格上げされている[*8]

https://cdn.protestkit.eu/wp-content/uploads/2020/12/lsd_chart.webp LSDアナログとNBOMe系物質の識別[*9]

LSDMarquisなどフェネチルアミン誘導体を検出する試薬には反応しないとされるが、ブロッターは黄色〜黒を呈色することもある。これは微量のLSD自体よりも、ブロッターの紙自体やインクが反応していると推測されている[*10]

https://www.erowid.org/columns/crew/wp-content/uploads/2015/06/3542_master_lsd_blotter_detail1_big2.jpg LSD-25が染みこませてあるブロッターをMarquis試薬、Mecke試薬、Mendelin試薬に入れた場合の色彩の一例[*11]

LSDアナログ

かつて1V-LSDが合法だったころに行われた簡易検査の結果が検査キット会社のブログにアップされている。

https://cdn.protestkit.eu/wp-content/uploads/2021/07/1v-lsd-60-minutes.jpg 試薬メーカーのサイトに投稿されていた1V-LSDの簡易検査結果[*12]

Marques試薬に入れたブロットからは、赤黒い色彩が染み出ているが、この色彩の解釈は難しい。LSDMarquis試薬に対しては発色に一貫性がないからである。

2023年3月に1V-LSDが規制された後、日本では「1D-LSD」と印刷されたブロッターが流通するようになったが、口に入れると苦味があるという。それが1D-LSD自体の性質なのか、まだ新しい物質であり、その実態はよくわからない。ブロッターに絵が描いてある場合、そのインクの種類によっても特殊な味がする可能性がある。

日本で流通している2種類の「1D-LSD」の簡易検査。

上から順に、コントロール(試薬だけ垂らして試料は入れない)、「1D-LSD」の文字だけが書かれたブロッター、「1D-LSD」の文字と構造式が書かれた黄白色のブロッター。

試薬は左から順に、Ehrlich試薬、Hofmann試薬、Marquis試薬、Mecke試薬。

筆者蛭川による簡易試験(2023年6月1日)

2種類のサンプルでも発色が異なる。

Ehrlich試薬では、すぐに青紫色の反応がみられる。Hofmann試薬では、黄色、緑色、紺色と、じょじょに色が変わっていく。いずれもインドールアルカロイドであることを示している。

ただし、ブロッターに苦味があり、Marquis試薬やMecke試薬を滴下して茶色くなるということは、MBOMe系の物質が含まれている可能性もある。しかし、LSD系の物質もMarquis試薬やMecke試薬では不規則に発色する。

LSDアナログを溶液にするときに使用した溶剤がブロッターに残存しているのかもしれない。

いずれにしても簡易検査では、このブロッターに染みこませてある物質を正確に特定できない。

ほんらいならば製造元が成分の証明を行い、輸入業者がそれを確認し、公共機関がそれを保障する必要がある。健康被害が起こったり、実態がよくわからないうちに指定薬物として規制されてしまうのを避けるためにも、自主的な検査を行うことは有効なハーム・リダクションになる。


記述の自己評価 ★★☆☆☆ (つねに加筆修正中であり未完成の記事です。しかし、記事の後に追記したり、一部を切り取って別の記事にしたり、その結果内容が重複したり、遺伝情報のように動的に変動しつづけるのがハイパーテキストの特徴であり特長だとも考えています。)


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