蛭川研究室

蛭川立の研究と明治大学での講義・ゼミの関連情報

カンナビノイドに類似する作用を持つ植物

この記事は特定の薬剤や治療法の効能や適法性を保証するものではありません。個々の薬剤や治療法の使用、売買等については、当該国または地域の法令に従ってください。

アサ科の植物

カンナビノイドはアサ(Cannabis spp.)以外の植物、とくにアサ科の植物にも含まれているはずだが、まだあまり研究が進んでいない。

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Trema orientalisカンナビノイドが発見されたことを報じるタンマサート大学(タイ・バンコク)のプレスリリース[*1]
 

ウラジロエノキの花序[*2]

2021年には、タイで薬草として用いられてきたウラジロエノキ(Trema orientalis)の花序にΔ9-THCとCBNとCBDが発見された[*3]

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アサ(A)とウラジロエノキ(B、C、D)のクロマトグラム[*4]

しかし、CBDについては、ほとんど検出されておらず、存在が疑わしいという批判もある[*5]

トリュフ

黒トリュフ(Tuber melanosporum)にアナンダミド(AEA)が含まれており、菌類やアサ(Cannabis spp.)などの植物が食欲増進作用(マンチ: munchies)を持つ物質を分泌し、胞子や種子を運ぶ捕食者との間で共進化が起こってきた可能性については「カンナビノイドと共進化」に書いた。

大麻に似た作用を持つ植物は他にも多数知られているが、まだ作用機序がよくわからないものが多い。


大麻の代用として使用される植物[*6]

大麻に含まれるカンナビノイドの中で、Δ-9THCなど、弱い精神展開作用を示す物質はCB1受容体のアゴニストとして機能しているが(大麻に含まれるカンナビノイドについては「大麻とカンナビノイド」を参照のこと)それ以外にもCB1受容体に作用し、Δ9-THCと似た精神活性作用を持つ物質は、他の多くの植物にも含まれている。

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CB1受容体作動薬/拮抗薬を含む植物[*7]

カヴァ

カヴァ(Piper methysticum)の根に含まれる物質群カヴァラクトンは、カンナビノイドと性質が似ている。多数あるカヴァラクトンのうち、ヤンゴニンはCB1受容体のアゴニストだということが確認されており[*8]、Δ9-THCと似た精神活性作用を示す。


カヴァは高さ1mぐらいに成長する(ハワイ大学マノア校植物園、2004年9月)

南太平洋(メラネシアポリネシア)ではカヴァの根を水と混ぜた飲料(華和茶)が儀礼的に使用されてきたが、カヴァの文化と現代の世界への広まりについては別の記事、「カヴァの伝統と現在」に詳述した。

同じCB1受容体作動薬を含んでいても、大麻はインド文化の文脈では、とくに瞑想(ヨーガ)と組み合わせることにより、内面的探求を通じて普遍的な精神性を探求する薬草として使用されてきたのに対し、オセアニア文化の文脈では、カヴァは茶会を通じて社会的なつながりを確認するための共感薬(エンタクトゲン)(→「共感薬(エンタクトゲン)」)として用いられてきた。カヴァラクトンはまたGABA受容体にも作用するので、緊張を和らげる作用もある。礼儀作法を重んじ、客人を「おもてなし」するところなどは、日本の茶道とも非常によく似ている。

サルビア、マカ、ニンジン

サルビア・ディビノラムはメキシコ先住民マサテコが儀礼的に使用してきた薬草である。その有効成分であるサルビノリンAはCB1受容体に作用するだけでなく、κ-オピオイド受容体のアゴニストでもあり、解離性麻酔薬に似た作用を示す。

マサテコはシビレタケ(いわゆるマジック・マッシュルーム)を儀礼的に使用しつづけてきた民族であり(→「マサテコのシビレタケ儀礼」)サルビアやタバコも、キノコの儀礼の一環として用いられるのがふつうである。

マカアンデスで精力剤として使用されてきた薬草だが、その精神活性作用や性機能との関連については不詳である。

マカと亜鉛は組み合わせて売られることも多い

マカは精子の生産を助ける亜鉛を多く含んでおり、マカも亜鉛も日本ではサプリメントとしてコンビニでも売られている。

なお、ニンジンに含まれるファルカリノールは、逆にCB1受容体の拮抗薬である。

カンナ

クン・サンの治療儀礼

南部アフリカの先住民、サン(ブッシュマン)は、南東アフリカに起源を持つ現生人類の、狩猟採集民としての生活様式を残してきた民族として知られるが、同時に外部の文化からの影響を受け、その文化はつねに変容してきた。

https://64.media.tumblr.com/17bcd4794f2329325c17e4f675055395/tumblr_ptbmdxkKwl1rasnq9o1_1280.pnj
コイ・サン系民族の分布。黄緑色がクン(!Kung)の居住地[*9]

クン・サン(!kung san)においては、集団的なトランスダンスによる治療儀礼が行われる。踊り手の体内からは「ヌム(n/um)」という、沸騰するようなエネルギーが沸き起こり「キア(!kia)」というトランス状態に入るとされる。

「ヌム」はハタ・ヨーガにおける「クンダリニー(कुण्डलिनी, kuṇḍalinī)」と似た概念であり、インドのヨーガ文化がバング(大麻)とともに発展してきたことを考えると興味深い。


www.youtube.com
1950年代に撮影されたクン・サンのヒーリング・ダンス(n/um tchai)

訓練中のヒーラーは、グワ(gwa: 同定されていないが、大麻だという説もある)[*10]の根、ガイセ・ノル・ノル(gaise noru noru: Ferraria glutinosa)という植物を補助的に使っていたとされるが、その伝統は現在では失われている[*11][*12]。トランス状態を引き起こすという使用法からして、これらの植物にはサイケデリックス・カンナビノイドに類似する物質が含まれていると推測できる。

カンナの薬理学

サンの社会で伝統的に使用されてきた精神活性植物は他にも多数あった。カンナ(!k”wai:n / ganna / kanna / canna: Sceletium tortuosum)は、トランス儀礼には用いられなかったようだが、心を開き、穏やかにする薬草として知られてきた。

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カンナ(Sceletium tortuosum[*13]

サンの社会では外部からもたらされた大麻が使用されてきたという記録もあり、カンナの精神作用と似ているので、カンナとともに摂取されたり、カンナの代用品として摂取されたりしてきたらしい[*14][*15]

https://www.researchgate.net/profile/Muhali-Jimoh/publication/351867974/figure/fig2/AS:1027599174213633@1622010143684/Geographical-map-indicating-the-distribution-of-Sceletium-in-South-Africa-redrawn-by.png
カンナの自生地(赤色)はアフリカ大陸の南部である[*16]

カンナは経口でも喫煙でも使用されるが、抽出した成分を経口摂取すると「明るく白い光のトンネルのさらに先にある光に向かって、川の流れのように移動し、甲高い音がともなう」という体験が起こることも報告されている。これは臨死体験の「トンネル体験」ともよく似ている。(臨死体験においては、脳内で生合成されるDMTの作用でビジョンが体験されるという説が有力だが、詳細は「臨死体験」を参照のこと。)

https://media.springernature.com/full/springer-static/image/art%3A10.1038%2Fnpp.2013.183/MediaObjects/41386_2013_Article_BFnpp2013183_Fig1_HTML.jpg?as=webp
カンナの有効成分、メセンブレノール、メセンブレノン、メセンブリン、メセンブラノール[*17]

カンナに含まれるアルカロイドのうち、メセンブリンはCB1受容体に作用するが[*18][*19]、間接的にセロトニントランスポーターにおける5-HTの再取り込みを阻害するため、抗うつ薬として使われているSSRI選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と同様の抗うつ・抗不安、薬物依存改善作用があるという[*20][*21][*22][*23]

https://media.springernature.com/full/springer-static/image/art%3A10.1038%2Fnpp.2013.183/MediaObjects/41386_2013_Article_BFnpp2013183_Fig3_HTML.jpg?as=webp
カンナ(黒)とプラセボ(灰)を摂取した場合の、恐怖刺激(左)とニュートラル刺激(右)に対する扁桃体の反応[*24]

ヒトの脳画像を用いて、カンナは扁桃体の活動を抑制して抗不安作用を示すというメカニズムも解明されつつあり[*25]、「Zembrin」という商品名でサプリメントとしても流通している。

www.zembrin.com
Zembinの公式サイト[*26]

ナツメグ

スパイスとしても一般的なナツメグMyristica fragrans)はメスカリンに似たミリスチシンなどの物質が含まれている。弱いサイケデリック作用があることから、「マリファナの二流の代用品」とも言われるが、ミリスチシンが内因性カンナビノイドであるアナンダミド(AEA)の分泌を促すという研究もある[*27]

Amazon.co.jpで売られているナツメグ

京都大学薬学部の伊藤美千穂らは、ナツメグ精油にはカンナビノイドによる「マンチ」に似た食欲増進作用があることを発見し、人間を対象とした臨床研究を進めている[*28]


補遺:コイサン諸語の吸着音

コイサン語は人類でもっとも古い言語の名残を残しているとされるが、吸着音を含む子音の体系を持っており、IPAでの表記法以外に、「/」や「!」など、半角文字による略記法が用いられることが多い。


www.youtube.com
コイサン語における5個の吸着音の発音

「ちぇっ」と舌打ちするような発音だが、これは聞きながら練習しないと体得できない。



記述の自己評価 ★★★☆☆
(研究用のメモであり網羅的な内容ではありません。間違いや不足しているところなどをご指摘いただければ幸いです。)

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  • CE2021/04/26 JST 作成
  • CE2022/09/22 JST 最終更新

蛭川立

*1:Thammasat University (2021). The World’s First Discovery on Cannabis Compounds Found in “Trema Orientalis (L.) Blume”(2022/07/08 JST 最終閲覧)

*2:Flowering Plant Families, UH Botany

*3:Tiwtawat Napiroon, Keerati Tanruean, Pisit Poolprasert, Markus Bacher, Henrik Balslev, Manop Poopath, and Wichai Santimaleeworagun (2021). Cannabinoids from inflorescences fractions of Trema orientalis (L.) Blume (Cannabaceae) against human pathogenic bacteria. PeerJ, 9, e11446, doi: 10.7717/peerj.11446

*4:Tiwtawat Napiroon, Keerati Tanruean, Pisit Poolprasert, Markus Bacher, Henrik Balslev, Manop Poopath, and Wichai Santimaleeworagun (2021). Cannabinoids from inflorescences fractions of Trema orientalis (L.) Blume (Cannabaceae) against human pathogenic bacteria. PeerJ, 9, e11446, doi: 10.7717/peerj.11446

*5:Giovanni Appendino, Orazio Taglialatela-Scafati, and Eduardo Muñoz (2022). Cannabidiol (CBD) From Non-Cannabis Plants: Myth or Reality?. Natural Product Communications, 17(5), doi:10.1177/1934578X221098843

*6:シュルテス, R. E.・ホフマン, A.・レッチュ, C. 鈴木立子(訳)(2007).『図説快楽植物大全』 東洋書林, 98. (Schultes, R. E., Hofmann, A., Raetsch, C. (2001). Plants of the Gods. Inner Traditions.)

*7:Ethan B Russo (2016). Beyond Cannabis: Plants and the Endocannabinoid System. Trends in Pharmacological Sciences, 37(7), doi:10.1016/j.tips.2016.04.005

*8:Ligresti, A., Villano, R., Allarà, M., Ujváry, I., Di Marzo, V. (2012). Kavalactones and the endocannabinoid system: The plant-derived yangonin is a novel CB1 receptor ligand. Pharmacological Research. 66 (2), 163–169. doi:10.1016/j.phrs.2012.04.003. PMID 22525682.

*9:University of Cape Town (2019). 「Modern-day distribution of speakers of Khoisan languages in Southern and East Africa.」(孫引き)(2022/06/20 JST 最終閲覧)

*10:ショスタック, M. 麻生九美(訳)(1994).『ニサ―カラハリの女の物語り―』リブロポート. (Shostak, M. (1981). Nisa: The Life and Words of a !Kung Woman. Harvard University Press.)

*11:カッツ, R. 永沢 哲・田野尻哲郎・稲葉大輔(訳)(2012).『〈癒し〉のダンス 「変容した意識」のフィールドワーク』講談社, 423-429. (Katz, R. (1984). Boiling Energy: Community Healing among the Kalahari Kung. Harvard University Press.)

[asin:B09YHW31JG:detail]

*12:Peter Mitchell and Andrew Hudson (2004). Psychoactive plants and southern African hunter-gatherers: a review of the evidence. Southern African Humanities, 16(1), 39–57.

*13:tortuosum|多肉植物図鑑」『stringfixer』(2022/06/23 JST 最終閲覧)

*14:Peter Mitchell and Andrew Hudson (2004). Psychoactive plants and southern African hunter-gatherers: a review of the evidence. Southern African Humanities, 16(1), 39–57.

*15:アフリカでは大麻はインド由来の言語でbhangと呼ばれることが多く、kannaの語源とは関係がなさそうである。なお赤い花を愛でる園芸用の植物「カンナ(canna)」はラテン語で「葦」という意味である。

*16:Richard James Faber, Charles Petrus Laubscher, and Muhali Jimoh (2021). The Importance of Sceletium tortuosum (L.) N.E. Brown and Its Viability as a Traditional African Medicinal Plant. In Pharmacognosy - Medicinal Plants, IntechOpen, 1-12.

*17:David Terburg, Supriya Syal, Lisa A. Rosenberger, Sarah Heany, Nicole Phillips, Nigel Gericke, Dan J. Stein, and Jack van Honk (2013). Acute Effects of Sceletium tortuosum (Zembrin), a Dual 5-HT Reuptake and PDE4 Inhibitor, in the Human Amygdala and its Connection to the Hypothalamus. Neuropsychopharmacology, 38, 2708–2716.

*18:Andrea Lubbe, Alfi Khatib, Nancy Dewi Yuliana, and Selamat Jinap (2010). Cannabinoid CB1 receptor binding and acetylcholinesterase inhibitory activity of Sceletium tortuosum L.. International Food Research Journal, 17(2), 349-55.

*19:Nigel Gericke and Alvaro Viljoen (2008). Sceletium-A review update. Journal of Ethnopharmacology, 119(3), 653-63.

*20:T. L. Olatunji, F. Siebert, A. E. Adetunji, B. H. Harvey, J. Gericke, J. H. Hamman, and F. Van der Kooy (2022). Sceletium tortuosum: A review on its phytochemistry, pharmacokinetics, biological, pre-clinical and clinical activities. Journal of Ethnopharmacology, 287, 114712. doi:10.1016/j.jep.2021.114712(この2022年4月の論文が記事執筆の時点での臨床研究の最新のレビューである)

*21:Felix Makolo, Alvaro Viljoen, and Clinton G. L. Veale (2019). Mesembrine: The archetypal psycho-active Sceletium alkaloid. Phytochemistry, 166, 112061. doi:10.1016/j.phytochem.2019.112061.

*22:Dirk D. Coetzee, Víctor López, and Carine Smith (2016). High-mesembrine Sceletium extract (Trimesemine™) is a monoamine releasing agent, rather than only a selective serotonin reuptake inhibitor. Journal of Ethnopharmacology, 177, 111-6.

*23:Felix Makolo, Alvaro Viljoen, and Clinton G. L. Veale (2019). Mesembrine: The archetypal psycho-active Sceletium alkaloid. Phytochemistry, 166, 112061. doi:10.1016/j.phytochem.2019.112061.

*24:David Terburg, Supriya Syal, Lisa A. Rosenberger, Sarah Heany, Nicole Phillips, Nigel Gericke, Dan J. Stein, and Jack van Honk (2013). Acute Effects of Sceletium tortuosum (Zembrin), a Dual 5-HT Reuptake and PDE4 Inhibitor, in the Human Amygdala and its Connection to the Hypothalamus. Neuropsychopharmacology, 38, 2708–2716.

*25:David Terburg, Supriya Syal, Lisa A. Rosenberger, Sarah Heany, Nicole Phillips, Nigel Gericke, Dan J. Stein, and Jack van Honk (2013). Acute Effects of Sceletium tortuosum (Zembrin), a Dual 5-HT Reuptake and PDE4 Inhibitor, in the Human Amygdala and its Connection to the Hypothalamus. Neuropsychopharmacology, 38, 2708–2716.

*26:Zembrin』(2022/06/23 JST 最終閲覧)

*27:Adrian Devitt-Lee (2019). 「ナツメグに含まれる化学成分がアナンダミドを増やす」『 Project CBD』(2021/06/19 JST 最終閲覧)(孫引き)

*28:Kakuyou Ogawa and Michiho Ito (2019). Appetite-enhancing effects of nutmeg oil and structure–activity relationship of habituation to phenylpropanoids. Journal of Natural Medicines, 73(3), 513-522.