蛭川研究室

蛭川立の研究と明治大学での講義・ゼミの関連情報

大麻の規制をめぐる情勢

この記事は特定の薬剤や治療法の効能や適法性を保証するものではありません。個々の薬剤や治療法の使用、売買等については、当該国または地域の法令に従ってください。

大麻の国際的規制

国ごとの規制

大麻は国際条約で規制されている。しかし、国際条約は法律ではない。それぞれの国や州には、それぞれの法律があり、国際条約よりも厳しい法律を定めることができる。

欧米先進国はすべて合法化が進んでいるわけではない。アメリカ合衆国も州によって法律が違う。西海岸のほうはリベラルで、南部は保守という傾向がある。

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大麻の少量所持に関する法的状況[*1]。合法(青色)、非犯罪化(黄色)、違法・罰則なし(桃色)、違法・罰則あり(赤色)

「非犯罪化(decriminalization)[*2]」というのは、違法だが処罰しないことにしたという概念である。

規制緩和

近年、医療用大麻の研究が進む中で、2020年には、国連麻薬委員会が、加盟国の投票の結果、1961年に制定された「麻薬に関する単一条約」[*3]で定められたスケジュールⅣ(最も危険)からスケジュールⅠ(二番目に危険)に格下げされた。

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大麻規制緩和に賛成した国(青色)、反対した国(赤色)、棄権した国(黄色)[*4]

賛成した国と反対した国の分布を一瞥すると、唯一棄権したウクライナが西側諸国と東側諸国に挟まれているように見えるが、ロシアを始めとする「東側諸国」には、中国、そして日本も含まれる。同じアジアでも、大麻を薬用として用いてきたインドとネパール、そしてタイは「西側諸国」と足並みを揃えている。

もっとも、カンナビノイドの精神活性作用を文化として発展させてきたインドとネパールこそが大麻使用の「先進国」であり(→「アサ(大麻)の起源と伝播」を参照のこと)、欧米はその後を追った、とみることもできる。

なお、大麻から抽出されるTHCやCBDなどの物質についての規制緩和も議題に上がったが、反対多数で否決された。

https://www.dreamnews.jp/?action_Image=1&p=0000227449&id=bodyimage1
1961年条約、1971年条約、および2020年の大麻関連薬物の分類見直し案[*5]

日本における大麻の法的規制

大麻取締法

日本にも「大麻取締法」という法律があって、大麻という植物[茎と種子は除く]の所持が禁止されているのだが、大麻草から抽出されたCBD(カンナビジオール)のような物質自体は規制されていない。大麻取締法が制定されたころには、大麻からこれらの物質を抽出することができなかったからである。

THCとCBD

大麻に含まれるカンナビノイドのうち、THC(テトラヒドロカンナビノール)という物質に強い精神活性作用があることも、新たに知られるようになったことだが、[合成された]THC麻薬及び向精神薬取締法で所持と施用が規制されており、大麻[茎や種子]から抽出されたTHCは規制されないという奇妙な規制が放置されてきた。

いっぽう精神活性作用の低いCBDは麻薬としても医薬品としても規制されておらず、2020年ごろから食品として広く普及するようになった。しかし、このCBDも、大麻の茎と種子以外から抽出されたものは大麻草の一部として規制すべきなのかどうか、はっきりしない。また、CBDは医薬品にも指定されていない。

HHC

日本では、2021年の秋ごろから、精神活性作用が強いが規制されていないHHC(ヘキサヒドロカンナビノール)が急速に流通し、2022年の3月7日に指定薬物に指定され、10日後の3月17日に施行された[*6]。日本では大麻THCが厳しく規制されているため、THCと似たような向精神作用があり、合法的なHHCの需要が大きかったのだろう。

その後、HHCに代わるようにTHC-O(テトラヒドロカンナビノール・アセテート)をはじめ、THCH、HHCOなど、分子構造がすこしずつ違い、合法なTHCアナログが流通するようになった。しかし、アセテート化された、いわゆる「O系」は、加熱するとケテンが発生するため、吸引することによる健康被害が懸念されている。これは2010年代の「脱法ドラッグ」時代の繰り返しではないかとも危惧されている[*7]

しかし、かつての脱法ドラッグ時代に流通した合成カンナビノイドは、構造的にはカンナビノイドではなく、ただCB1受容体に強く作用すればいいという特殊な方向に進化していき、身体的な健康被害を引き起こした。(同じころに流行したカチノン系は、カートと同様の中枢神経刺激薬である。)

いっぽう、2022年から始まった「脱法」カンナビノイドの流行は、CBDから始まる植物性カンナビノイドの延長線上にあり、作用もTHCと同様か、それよりも弱いものである。そしてCBD飲料が自販機やネットで売られるようになったのと同じように、2020年代カンナビノイドAmazon.co.jpなどでもふつうに売られるようになった。このことは、流通経路がより明朗になり、あるていどの品質も保証されるようになった、とみることもできる。

2022年の後半からは、単体カンナビノイドの流通に続いて、1V-LSDや1D-LSDなどの、「脱法」LSDアナログもAmazon.co.jpなどで売られるようになった。これは日本におけるサイケデリック文化の新たな展開だが、カンナビノイドとはまた別の問題なので、詳細は別記事「LSDアナログ」を参照のこと。

大麻使用罪

大麻とそこから抽出された個々の物質に対する規制の混乱を是正するために、大麻という植物の所持だけでなく使用も禁止するべきだという意見が検討されているが、いっぽうで、大麻の使用も所持と同じぐらい厳罰にするのは世界的な趨勢に反している、たとえ有害な薬物であったとしても、使用者を処罰するよりも治療することのほうが重要だという反対意見もあり、議論が続いている[*8]

2021年には「大麻取締法、使用罪導入で合意 厚労省有識者検討会」[*9]と報じられたかと思いきや、「大麻「使用罪」創設で激しい議論 座長「反対意見も反映して国民に提示」」[*10]と報じられたり、有識者会議でも議論が揺れているが、早ければ2023年には大麻取締法に使用罪を設けるという形での法改正が行われる予定である。これは医療用など大麻規制緩和に向かっている国際的趨勢に反するという批判は根強い[*11]



記述の自己評価 ★★★☆☆
(現在進行中の政治的な議論が多く含まれているが、この記事は概観である。現在進行形の問題でもあり、加筆修正中)

  • CE2021/04/26 JST 作成
  • CE203/03/09 JST 最終更新

蛭川立

*1:大麻」『Wikipedia』(2021/06/02 JST 最終閲覧)

*2:大麻が非犯罪化されている背景には「ハーム・リダクション(harm reduction)」という考えがある。これは、違法行為であっても、実際に行っている人たちを、単に処罰するのではなく、それ以上の害がないように保護するという、現実的な政策である。たとえば、オランダでは売春は違法だが、非犯罪化されている。売春を規制する以前の問題として、性行為感染症を防ぐために、セックス・ワーカーたちの健康診断を行うといった政策である。

*3:精神活性作用を有する薬物にかんする国際条約の詳細は「向精神薬に関連する国内法と国際条約」を参照のこと。

*4:greenzonejapan (2020).「国連がついに医療大麻を認めました」(2022/06/08 JST 最終閲覧)

*5:一般社団法人日本臨床カンナビノイド学会 (2020).「国連は大麻及び大麻樹脂を附表IVから削除を決定。『最も危険で医療価値なし』という分類を変更し、医療価値を認める」『ドリームニュース』(2022/06/08 JST 最終閲覧)

*6:厚生労働省 (2022).「危険ドラッグの成分6物質を新たに指定薬物に指定~指定薬物等を定める省令を公布しました~」(2022/03/16 JST 最終閲覧)

*7:柴田耕佑 (2022).「【緊急寄稿】驚きの速さでのHHC規制と、そこまでの流れ」『Forbes JAPAN』(2022/03/16 JST 最終閲覧)

*8:石塚伸一加藤武士・長吉秀夫・正高佑志・松本俊彦 (2022).『大麻使用は犯罪か?―大麻政策とダイバーシティ―』現代人文社.

*9:無署名記事 (2021).「大麻取締法、使用罪導入で合意 厚労省の有識者検討会」『中日新聞』(2021/06/02 JST 最終閲覧)

*10:岩永直子 (2021).「大麻「使用罪」創設で激しい議論 座長「反対意見も反映して国民に提示」」『BuzzFeed News』(2021/06/02 JST 最終閲覧)

*11:yuji masataka (2022).「世紀の愚策!大麻使用罪を作ってはいけない7つの理由」『note』(2022/06/08 JST 最終閲覧)