この記事には医療・医学に関する記述が数多く含まれていますが、個人の感想も含まれており、その正確性は保証されていません[*1]。
LSD禁止の影響はまず、刑務所が人であふれかえることになったことである。しかしさらに深刻な問題は、LSDの力をかりて、真摯に物事を探求していた人々の研究活動や芸術活動に終止符をうってしまったことである。
キャリー・マリス[*2]
LSDという物質が存在することを知ったのは、1980年代のことであった、という個人的な回想は、覚書として別スレッドに書いた。
hirukawa-notes.hatenablog.jp
画一的な規制は流通を不透明にする
LSDは1971年に国際的に規制されて以来、ずっと違法なままである。
私は、アヤワスカやシロシビン含有キノコは試したことはある。これらの物質は、娯楽や嗜好には向かない。少量で嗜好品として嗜むことはできるかもしれないが、じゅうぶんな量で精神の探求や精神の改善ができることのほうが、他の物質とは違う重要な作用だからであり、娯楽として楽しむだけではもったいないとさえいえる。そして、セットとセッティングは決定的に重要である。だから、サイケデリックスのルーツを辿ってアマゾンやメキシコの先住民族のところまで、シャーマンに会いに行った。
LSD[と称する物質]は試したことはない。アンダーグラウンドでは紙に染みこませたLSDが売られているというが、そういう違法物質が流通している界隈とはあまり縁がなかったし、植物と違って、LSDのような微量で効く物質は、目には見えないし、味もわからない。違法に流通しているLSDは、誰が作ったのかよくわからない正体不明のものだし、流通の過程で分解したり、他の物質に変化したりしているらしい。違法であるのに加えて、正体不明の物質を、敢えて試そうとは思わないし、賢明なことではない。
LSDアナログ
ところでLSDには類似の構造と作用を持つアナログが多数存在し、国によって規制されていない物質もある。
1○-LSDのような「シッポ」のついた分子はLSDのプロドラッグとして作用するようだが、LSZのように他の部分の構造が違う物質は、LSDとは違う作用を引き起こすようだ。
ドイツ語版のWikipediaには、LSDアナログの一覧表が載っている。
LSD、1V-LSD、1D-LSDの分子構造[*4]
たとえば、1V-LSDと1D-LSDは、いずれもLSDのインドール核の窒素の「-N-H」の部分に「R-CO-OH」というカルボン酸が脱水縮合し「-N-CO-R」となった、共通の構造を持っている。
体内では加水分解され、LSDのプロドラッグとして作用すると推測されているが、生理学的な研究はほとんど行われていない。主観的に報告される作用の質や時間にはばらつきがあるが、セッティングにもばらつきがあるので、はっきりしたことはわからない。
日本の「脱法」文化
日本のネット文化では、第二次脱法ドラッグブームが起こっている。2019年の京都相思茶会事件、模造アヤワスカ裁判もその初期のころの出来事でもある。
おもに薬草の研究を続けてきた私にとっても、すこしずつ構造が違う多数の分子がどういう物質であるのか、把握しきれていない。こういうことは、事情に詳しい大学生に教わっている。
2013年から2015年ごろに流行した「脱法ドラッグ」は、大麻が違法であるがゆえに流通した「スパイス」系のカンナビノイドから、やがてカンナビノイドではない、より強力で副作用の強いカンナビノイド受容体作動薬へと進化していき、包括指定された。
いっぽうで、東アフリカのカートの有効成分であるカチノンのアナログである「バスソルト」系の中枢刺激薬もメタンフェタミンの代替物質として進化、包括指定された。
その後、CBDがサプリメントとして広く流通するようになったいっぽうで、大麻については使用罪に向けたさらなる厳罰化に向かう中で、2021年から2022年にかけては、半合成カンナビノイドでああるHHCの流行と規制から始まる脱法カンナビノイドの進化が再開した。
脱法カンナビノイドの先には、サイケデリックスである1D-LSDなど、規制されていないLSDアナログが広まっているのも新しい傾向であり、販売経路も広がり、Amazon.co.jpでも流通するようになっている。
物質名 | 規制年月 |
---|---|
1P-LSD | 2016/04/18 |
1B-LSD | 2020/08/26 |
1cP-LSD | 2021/01/22 |
LSZ | 2022/08/30 |
1V-LSD | 2023/03/10 |
1D-LSD | (未指定) |
[asin:B0BT9R8T85:detail]
Amazon.co.jpで2023年1月28日から販売された1D-LSD。体内に摂取する健康食品のカテゴリに分類されており、用法や用量も明記されている。
商品ページは短期間で消去されると考え、画面のスクリーンショットを撮っておいた。2023年2月4日。(中高年男性向けの広告が表示されているが、これは商品とは関係ない。)
出品していた業者が消えても、また新しい業者が出てきて出品する、という状況が続いている。
[asin:B0BWP4241P:detail]
LSDアナログがAnazon.co.jpのような一般的なサイトで流通するようになったのは、いわば歴史的な事件である。
しかし、Amazon.co.jpでこうした「脱法」物質を購入するのは賢明ではない。販売されている物質が何であるのか、通販だから確かめることはできない。これは、他の食品やサプリメントと同様である。販売者の実態がよくわからないし、転売のゆえにであろう、価格も高い。
日本では、厚労省からの委託を受けて、国立医薬品食品衛生研究所が、日本で流通している「オランダ製」の「紙」を収集、分析し、1V-LSDなど、複数のLSDアナログが含まれていることを明らかにしている。
保健衛生上の危害を防止するためにも、こうした調査が行われることは急務であるいっぽう、それが単純に、その場しのぎ的な規制と、違法所持の捜査だけに使われてしまっては、いたちごっこが悪化するだけであり、当座、抑うつ状態などの自己治療のために必要としている人たちに対するハーム・リダクションからは逆行してしまう。
サイケデリックスは無意識の意識化という特異な作用を持つ物質であり、ただ服用するのではなく、心理療法と組み合わせることで神経症圏の疾患に著効なのであり、だからこそ心理臨床や精神医療の枠組みで保護されるべきものである。より深い意味においては、学問、芸術、宗教の分野における洞察と創造性の探究の手段として未知の可能性を持っているのだから、その意味を理解することこそが必要とされている。
ゲートウエイとしてのCBD
ネット上での合法カンナビノイドやサイケデリックスの広がりのきっかけは、おそらくCBDに始まるカンナビノイドの流行であり、CBD製品の流通自体は止められないだろうし、必要なのはむしろ品質管理である。
CBDグミは味覚糖のバックアップで流通するようになり、ヘンプシード飲料はコカコーラのバックアップで流通するようになった。これは、実績のある大企業の名前によって品質を保証しているという意味でもある。
最初は書籍の通販サイトであったAmazonで、何でも手に入るようになった。緊急事態宣言下では外出の自粛が要請され、外食が制限された。これは、家族が食事を共にする時間を増やしたと同時に、食料の宅配サービスの普及を後押しした。
Having dinner with one of the very very few Japanese professors (Hirukawa 先生 @ininsui ) studying psychedelics in Japan (with one of his former students)… pic.twitter.com/bh9khc46O2
— Andrew Gallimore (@alieninsect) 2023年3月4日
サイケデリックスの神経化学的研究を続けているAndrew Gallimoreさんと、日本における合法LSDの流通について話をした。彼は、私が冗談を言っているのだと勘違いしていたようだったが、じっさいに販売されているサイトを自分で見つけて、とても驚いていた。
These fancy-looking LSD analogues, 1V-LSD & 1D-LSD are all the rage in Japan, since they're entirely unregulated & sold on Amazon Jp, albeit expensive there (~$50 a tab).
— Andrew Gallimore (@alieninsect) 2023年3月5日
But they're really just LSD pro-drugs -- I don't think the nature of the indole N-subst. is too significant. pic.twitter.com/hEFDPh8ZHK
1D-LSDのような物質が開発されたこと自体が問題なのではなく、Amazonのような一般的なサイトが、こうした精神作用の強い物質の販売を許可しているということが不思議なことである。じっさい、欧米など、より寛容な薬物政策をとっている国のほうが、Amazonのようなサイトで精神活性物質が流通することを制限している。
chemical-collective.com
Amazon.co.jpなどネット上で売られているLSDアナログは、元をたどると、オランダの「Chemical Collective」という会社の製品のようだ。この会社のサイトにはサイケデリックスにかんする学術的・臨床的な情報も多数載せられている。また日本語のサイトもあり、日本の法律にかんする詳細な説明もある。
さらに、製造元は「Lizard Labs」という、やはりオランダの研究所だという。これも大学生から教わった。
lizardlabs.nl
2022年の秋に、アメリカに違法な合成オピオイド、フェンタニルを輸出したという理由でいったん業務を停止したというが、オランダのサイト「.nl」で、また復活した。
なるほど大麻やLSDは違法だとはいえ実質的にはアンダーグラウンドで流通しつづけてきたものである。けれども、違法な世界とは違う文化に属し、逮捕されて懲戒処分を受けてしまえば社会的生命を絶たれてしまうような、ふつうの人々に、サイケデリックスやカンナビノイドが生活上の選択肢として示されるようになったことは、2020年代に入ってからの、大きな社会的な変化である。
chemical-collective.com
ChemicalCollecviveのサイトは、たんに物質の販売だけでなく、サイケデリック体験について書かれたブログによる情報提供も行っている。これは、医学的、法学的な知識だけではなく、自我肥大のような、より本質的な心理的リスクについても理性的に論じている。
記述の自己評価 ★★☆☆☆
(つねに加筆修正中であり未完成の記事です。しかし、記事の後に追記したり、一部を切り取って別の記事にしたり、その結果内容が重複したり、遺伝情報のように動的に変動しつづけるのがハイパーテキストの特徴であり特長だとも考えています。)
デフォルトのリンク先ははてなキーワードまたはWikipediaです。「」で囲まれたリンクはこのブログの別記事へのリンクです。詳細は「リンクと引用の指針」をご覧ください。
*1:免責事項にかんしては「Wikipedia:医療に関する免責事項」に準じています。
*2:(P. 251.)