大麻・カンナビノイドの向精神作用と精神文化

この記事には医療・医学に関する記述が数多く含まれていますが、個人の感想も含まれており、その正確性は保証されていません[*1]

大麻の向精神作用

大麻は酒やタバコよりも害が少ない、というが、それは本当だろうか。

どんな薬物でも、その危険性は量と使い方次第である。たとえば大麻もタバコも、喫煙すれば肺に悪いし、受動喫煙という害もあるが、喫煙という使用方法が危険だというだけで、カンナビノイドやニコチンという物質の危険性とは区別されるべきである。

インドでは大麻をヨーグルトに混ぜてラッシーにしたバングという飲料があり、これには喫煙の害はない。ただし、ニコチンは経口接種すると危険である。

依存性という点では、大麻よりも酒やタバコのほうが依存性が高い(→「薬物依存」)。

大麻は様々な身体疾患に有効であり、医療大麻の研究も盛んに行われているが[*2]、この記事では、身体的な薬効については割愛する。

精神的な作用としては、大麻には、THC(テトラヒドロカンナビノール)などの、弱い精神展開薬(minor psychedelics)が含まれている(→「精神展開薬」)。リラックスするいっぽうで、視覚や聴覚や味覚が敏感になり、風景や音楽がより深く感じられる。一時的に時間や空間の感覚も変容する。その状態で自動車を運転すれば危険である。これは、飲酒運転でも同じである。

受動的な精神状態になり、能動的に行動しようという意欲が減るため、毎日のように大麻を喫煙している人は、他人から見ると、何もせずにボーッとしているように見える。これは「無動機症候群」と呼ばれ、統合失調症陰性症状に類似した疾患だという解釈もある。

しかし、美的世界に耽溺したり、内面世界を探求している状態を外から見て、何もせずにボーッとしている病気とするかどうかは、文化的な価値づけだともいえる。また、社会的には無動機でいられる、つまり日々の労働から自由であるからこそ大麻ばかり吸って過ごせるという、逆の因果関係もありうる。

カンナビノイドは「精神病」を発病・悪化させるリスクがあり、これを「大麻精神病」と呼ぶこともある。CBDにかんしては臨床試験も行われていて、抑うつ、不眠[*3][*4]統合失調症、不安、自閉症、そして薬物依存を改善するという結果も得られている[*5]

大麻精神病と関連する物質誘発精神疾患

大麻が「大麻精神病」という精神疾患を誘発する可能性については、まだ結論が得られていないが、だれもが大麻で精神に異常をきたすのではなく、おそらく統合失調症(狭義の精神病)の遺伝的素因と関係しているらしい[*6]

日本では、国立精神・神経医療研究センターの松本らによる調査があり、大麻の使用と精神疾患の間には相関関係がみられないという報告がある[*7]が、サンプル数が数十人と、限られている。大麻の使用が一般に広がっているイギリスで行われた数十万人規模の調査では、遺伝的脆弱性があると精神病的な症状が起こる可能性が指摘されている[*8]

一般に、メタンフェタミンなどドーパミンと関係する物質は統合失調症の陽性症状のような症状を引き起こしやすく、PCPフェンシクリジン)などグルタミン酸と関係する物質は統合失調症陰性症状のような症状を引き起こしやすい。大麻の有効成分であるカンナビノイド統合失調症の陽性症状のような症状を引き起こすのだとすれば、間接的にドーパミン作動性ニューロンと関係があるのかもしれない。同じような作用を持つLSDやDMTのようなサイケデリックス(精神展開薬)のほうは、もっぱらセロトニンと関係しており、作用機序が違うためか、精神病的な症状につながるリスクが低い[*9]

大麻を含まない、狭義のサイケデリックスには、統合失調症の陽性症状に似た疾患を引き起こす可能性があることが指摘されているが、大規模な統計的調査ではサイケデリックスの使用と精神疾患の傾向には相関がないか、逆に精神疾患とは弱い負の相関を示すものもある。とくに、精神展開薬が逆にうつ病や不安障害を改善するという知見はじゅうぶんに得られている。

ただし、もともとサイケデリックスを使用する人々は精神的に健康な傾向があり、横断的な相関関係からは縦断的な因果関係は推定できない[*10]。たとえば、ブラジル発祥の宗教運動であるUDV(ウニオン・ド・ヴェジタル)では、礼拝の場でDMTとMAOIを含有するアヤワスカ茶を服用するが、アヤワスカの服用と統合失調症的な傾向とは相関せず、やはり遺伝的な素因がある場合のみ悪化するかもしれないという調査結果がある[*11]。しかし、UDVに参加する人々は、もともと生活意識が高く、また、ふだんの生活でもアルコールやカフェインを含む向精神薬を使用しないという戒律があるため、DMTやMAOIのみの連用の効果を知る上では貴重だが、サンプルがもともと健康な集団に偏っている可能性もある。





記述の自己評価 ★★★☆☆
(つねに加筆修正中であり未完成の記事です。しかし、記事の後に追記したり、一部を切り取って別の記事にしたり、その結果内容が重複したり、遺伝情報のように動的に変動しつづけるのがハイパーテキストの特徴であり特長だとも考えています。)

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  • CE2022/010/23 JST 作成
  • CE2022/10/23 JST 最終更新

蛭川立

*1:免責事項にかんしては「Wikipedia:医療に関する免責事項」に準じています。

*2:医療大麻については、日本語でも概論書が多く出回っている。たとえば、正高佑志 (2021).『お医者さんがする大麻とCBDの話』彩図社.

逆に、日本では大麻は依然として違法である一方で、いっしゅのブームになっている感もある。大麻は自然の恵みであるから万病を癒やし、天然素材でもある夢の植物だというイメージは褒めすぎだろう。

*3:https://www.liebertpub.com/doi/full/10.1089/can.2022.0122

*4:アイヴァーセン, L. L. 伊藤肇(訳) (2003).『マリファナの科学』築地書館, 192-193に短いレビューがある。

(Iversen, Leslie L. (2000). The Science of Marijuana. Oxford University Press.)

*5:佐藤均(監修)・日本臨床カンナビノイド学会(編)(2015)『カンナビノイドの科学ー大麻の医療・福祉・産業への利用ー』築地書房, 90-93に、日本語の短いレビューがある。

*6:谷渕由布子・松本俊彦(2020).「精神科医療における大麻関連障害」https://www.benzodiazepine-yakugai-association.com/app/download/6246435666/%E3%80%8C%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%A7%91%E5%8C%BB%E7%99%82%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%A4%A7%E9%BA%BB%E9%96%A2%E9%80%A3%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%80%8D%EF%BC%BF%E8%B0%B7%E6%B8%95%E3%80%81%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E4%BF%8A%E5%BD%A6%EF%BC%BF%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%A7%91%E6%B2%BB%E7%99%82%E5%AD%A6%E3%80%80%E7%AC%AC35%E5%B7%BB%E3%80%80%E7%AC%AC1%E5%8F%B7%E3%80%802020%E5%B9%B41%E6%9C%88.pdf?t=1611754524

*7:松本俊彦(研究分担者)・小松﨑智恵・成瀬暢也・古川愛造・川畑俊貴・藤田治・梅本愛子・橋本望・加賀谷有行・横山理恵・船田大輔・村上真紀・宇佐美貴士・沖田恭治・谷渕由布子・嶋根卓也(研究協力者)(2019).「大麻依存症の患者を対象とした病院調査」『令和元年度 厚生労働科学研究費補助金(医薬品・医療機器等レギュラトリーサイエンス政策研究事業) 分担研究報告書』121-149.

*8:Michael Wainberg, Grace R. Jacobs, Marta di Forti, and Shreejoy J. Tripathy (2021). Cannabis, schizophrenia genetic risk, and psychotic experiences: a cross-sectional study of 109,308 participants from the UK Biobank. Translational Psychiatry, 11(1), 211.

*9:Alessandra Paparelli, Marta Di Forti, Paul D. Morrison, and Robin M. Murray (2011). Drug-induced psychosis: how to avoid star gazing in schizophrenia research by looking at more obvious sources of light. Frontiers in Behavioral Neuroscience, 5:1, doi: 10.3389/fnbeh.2011.00001

*10:Teri S Krebs and Pål-Ørjan Johansen (2013). Psychedelics and Mental Health: A Population Study. PLOS ONE, 8(8), e63972. doi: 10.1371/journal.pone.0063972.

*11:Rafael G. dos Santos, José Carlos Bouso, and Jaime E. C. Hallak (2017). Ayahuasca, dimethyltryptamine, and psychosis: a systematic review of human studies. Therapeutic Advances in Psychopharmacology, 7(4), 141-157. doi: 10.1177/2045125316689030.