この記事は特定の薬剤や治療法の効能や適法性を保証するものではありません。個々の薬剤や治療法の使用、売買等については、当該国または地域の法令に従ってください。
カテコールアミンと中枢神経刺激薬
ドーパミン、ノルアドレナリンなどのカテコールアミン神経伝達物質に似た分子構造を持ち、興奮作用を示す中枢神経刺激薬(精神刺激薬)としては、作用が強く、規制されているメタアンフェタミン、コカインや、より穏やかで医療目的で使われているメチルフェニデート(MPD)(商品名、リタリン、コンサータ)、ペモリンなどがあり、交感神経を活性化させることで、過眠症などの治療に用いられる。
フェネチルアミン誘導体
精神展開薬(psychedelics)(「サイケデリックス(精神展開薬)」を参照のこと)の作用機序はまだ完全には未解明だが、その多くはセロトニン(5-HT)とよく似た分子構造を持っており、じっさい5-HT2A受容体のアゴニストとして作用するものが多い。
フェネチルアミン誘導体[*2]
しかし、ペヨーテ(Lophophora williamsii :メキシコ先住民が儀礼的に使用してきたサボテン)やサンペドロ(Echinopsis pachanoi:ペルー先住民が儀礼的に使用してきたサボテン)に含まれるメスカリンは、カテコールアミン神経伝達物質と構造が似ているにもかかわらず、インドール系の精神展開薬であるDMTやシロシビンとよく似た作用を示す。
メスカリン mescaline[*3]
共感薬(エンタクトゲン)
メスカリンと構造が似た精神展開薬として、人工合成物質であるMDMA(3,4-MethyleneDioxyMethAmphetamine)がある[*4]。
MDMA 3,4-methylenedioxymethamphetamine[*5]
メタアンフェタミンと構造がよく似ているが、フェニル基の3位と4位でメチレンジオキシ基と結合し、メチレンジオキシフェニル基になっている。メチル基が2個のメスカリンとも似ている。
その向精神作用は独特であり、典型的な精神展開薬と精神刺激薬の両方と似ており、両方と似ていない。典型的な精神展開薬のように、意識状態が大きく変わることがなく、幻覚が見えることもない。中枢神経刺激薬のような覚醒作用はあるが、より穏やかであり、むしろ他者への警戒心が弱まり、他者との共感性が高まる。
MDMAには、体温の上昇や脱水症状といった副作用があり、乱用の可能性の高い薬物[*6]として規制されている[*7]。しかし、MDMAは、心理療法と組み合わせることでPTSDの治療に有効であり、第Ⅲ相の臨床試験を終え[*8][*9][*10][*11]、オーストラリアでは2023年7月よりMDMA assisted therapy(支援療法)が始まる。
これらの物質を精神展開薬とは区別して、エンパトゲン(enpathogen)[*12]、またはエンタクトゲン(entactogen)と呼ぶこともある。日本語での定訳はない。そのまま片仮名で表記されるか、共感薬、共感剤と訳されることもある。
天然のエンタクトゲン
ペヨーテやサンペドロ(Echinopsis pachanoi)にはメスカリンが含まれており、サイケデリックスとして作用する。
しかし、ペヨーテやサンペドロには、エンタクトゲンとしての作用もあり、メスカリン以外にMDMAに似た物質も含まれていることが発見されつつある[*14]。
メチレンジオキシ基[*15]
メチレンジオキシ基をもち、MDMAと類似する作用を持つ物質を「MDxx」ともいう。フェネチルアミン誘導体の基本であるPEAは「恋愛ホルモン」などともいわれるが(ブログ内記事「PEA」を参照のこと)、ペヨーテやサン・ペドロには、MDPEAやMMDPEA(ロフォフィン)といったエンタクトゲンが含まれている。
オキシトシン
中枢神経刺激薬と構造が似た物質がなぜ共感作用を持つのだろうか。この共感作用は間接的にオキシトシンを増加させることによって引き起こされているという説がある。オキシトシン自体もまた共感薬の一種だといえる。
オキシトシンの点鼻薬が自閉症における対人コミュニケーションを改善させるという説もあるが、臨床的な応用ができるところまでは確認されていない。
MDMAを経口摂取するほうがオキシトシンの点鼻薬よりも共感作用が強く、オキシトシンの摂取量を増やすと効果が弱まり[*17]、逆に攻撃性のような反対の作用があらわれてくるという。
オキシトシンは特定の他者に対する愛着を強めると同時に、嫉妬心も増大させる。集団のメンバーの結束を強めるいっぽうで、排他性も強めるという負の側面があることも知られるようになってきている[*18]。
カンナビノイド受容体とGABA受容体
大麻の有効成分であるTHCなどのカンナビノイドにも、MDMAほどではないが共感作用がある。
カヴァ(Piper methysticum )(→カヴァの伝統と現在)の有効成分である、カヴァインなどのカヴァラクトン類には、ベンゾジアゼピンに似た抗不安、催眠作用と筋弛緩作用があるが、認知機能は低下させず、むしろカンナビノイドに似た弱い共感作用があり、感覚は敏感になる。
カヴァラクトン類の作用機序はまだ未解明だが、カンナビノイド受容体(とくにヤンゴニンがCB1)に結合してカンナビノイドと同様の作用を示し[*19]、GABA受容体に作用して抗不安、催眠、筋弛緩作用を引き起こすと考えられている。
南太平洋では、カヴァ茶は初対面の来客に対して儀礼的に振る舞われることが多く、これは、初対面の人間に対する緊張感を解くという意味合いもある。
エチルアルコールやベンゾジアゼピンにも緊張感を解くという共感作用はあるが、これらは基本的にはGABA受容体を介して作用する抑制剤であり、覚醒水準は下がってしまう。また理性的な判断力が低下するぶん、感情が解放されて攻撃性があらわれることもある(奇異反応 paradoxical effect)。
MDMAに類似した共感薬やカヴァラクトン類の作用はもっと穏やかで、攻撃性のような強い感情はあらわれない。
追記
卒業生のriyo君の取材に応じて、MDMAの所持で逮捕された女優さんの件でコメントとしておきました。テレビの報道も「ダメ・ゼッタイ」のサイトも、よく読むと、かなり正しいことを言っています[*20][*21]。
補遺
以前「共感剤」と書いていたものを「共感薬」に変更した。「薬」と「剤」に厳密な意味の違いはないが、前者は薬物そのもの、後者は錠剤、散剤のように、服用するときの形態を指し示すことが多いようである[*22]。
記述の自己評価 ★★★☆☆(既知の研究をまとめたものであるが、内容は広く浅く、根拠となる研究が充分に示されていない。もうすこし整理したい。)
CE2016/11/04 JST 作成
CE2023/05/15 JST 最終更新
蛭川立
*1:「メタンフェタミン」『Wikipedia』(2022/11/19 JST 最終閲覧)
*3:「メスカリン」『Wikipedia』(2022/11/19 JST 最終閲覧)
*4:MDMA全般について日本語で読める一般書としては、MDMA研究会 (2004).『MDMA大全ー違法ドラッグ・エクスタシーの全知識』データハウス.がある。 「違法ドラッグ」などとタイトルに入っているので、怪しげな書物かと思いきや、医学の専門書には及ばないものの、一般向けの入門的な概説書となっている。日本でMDMAが違法なのは事実。
*5:「メチレンジオキシメタンフェタミン」『Wikipedia』(2022/11/19 JST 最終閲覧)
*6:「エクスタシー」(MDMAの俗称)として非合法的に流通している錠剤には、メタンフェタミンなど、他の物質が混ぜられていることが多く、それが誤用のひとつの原因となっている。
*7:日本では1990年に麻薬、麻薬原料植物、向精神薬及び麻薬向精神薬原料を指定する政令(平成二年政令第二百三十八号)(e-gov法令検索)のリストに含められ、麻薬及び向精神薬取締法で規制されるようになった。
*8:[MDMA-assisted therapy for severe PTSD: a randomized, double-blind, placebo-controlled phase 3 study, 2021](https://www.nature.com/articles/s41591-021-01336-3)
*9:[MDMA-Assisted Psychotherapy for Treatment of Posttraumatic Stress Disorder: A Systematic Review With Meta-Analysis.](https://accp1.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/jcph.1995)
*10:[A comparison of MDMA-assisted psychotherapy to non-assisted psychotherapy in treatment-resistant PTSD: A systematic review and meta-analysis.](https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/0269881120965915?journalCode=jopa)
*11:[The Efficacy of MDMA (3,4-Methylenedioxymethamphetamine) for Post-traumatic Stress Disorder in Humans: A Systematic Review and Meta-Analysis.](https://www.cureus.com/articles/58217-the-efficacy-of-mdma-34-methylenedioxymethamphetamine-for-post-traumatic-stress-disorder-in-humans-a-systematic-review-and-meta-analysis#!/)
*12:「pahtogen」には「病原菌」という意味もあるので、使用を避けたほうが良いという考えもある。
*13:Pharmacokinetic and Pharmacodynamic Aspects of Peyote and Mescaline: Clinical and Forensic Repercussions. - Abstract - Europe PMC
*14:Bruhn, J.G., El-Seedi, H.R., Stephanson, N., Beck, O. & Shulgin, A. T. (2008). Ecstasy analogues found in cacti. Journal of Psychoactive Drugs, 40, 219-222.
*16:「Question: Vasopressin And Oxytocin Are Nonameric (9 Residue) Peptide Hormones (Shown Below) With Highly Related Structures, Each With...」『Chegg』(2022/11/19 JST 最終閲覧)
*17:Kirkpatrick, M. G., Lee, R., Wardle, M. C., Jacob, S. & De Wit, H. (2014). Effects of MDMA and intranasal oxytocin on social and emotional processing. Neuropsychopharmacology, 39, 1654–1663.
*18:研究は多数あるが、個々の出典は未確認
*19:https://d1wqtxts1xzle7.cloudfront.net/59097876/j.phrs.2012.04.00320190501-4068-a2r9a7.pdf?1556704525=&response-content-disposition=inline%3B+filename%3DKavalactones_and_the_endocannabinoid_sys.pdf&Expires=1602911148&Signature=CPR-GhdZ1ZJxtYr9HURt15icxGUHwrMZKwzWe5fdM2UKL1yCZhgrdkHB604vhR7LbPB4vXysl-Tf5vbuPIM2PryNGbvEInaWaCKcIpXD7TYDcXyCMChpekzFVkOXvffvjZgIMO2PL2-7WBXTgKcFMsIG0IDV3lVT5WKD8uFxMhuqdnWcgVOs2inpGRSbkv-iKzv1Kk3YnqCB4ilVqpSlPkaNP-TzNmNOXcUpkTpystNQCKYFzIAZV5jN1Q34ouUwzMuk~gz9Lsf~JaGC1RnV1iqjTfYpnba6thiJLFMJm9i4y4zyubm7v4DUE9GeOEFWMWlQVQHs9MUaTeoIALH8bA__&Key-Pair-Id=APKAJLOHF5GGSLRBV4ZA
*21:引用している啓発サイトは「薬物乱用防止「ダメ。ゼッタイ。」ホームページ」である。MDMAの有害な副作用としては、体温の上昇や脱水症状がある。ただし、インタビューの中でも説明したように、温度の高い場所で長時間汗をかいて踊り続けるという環境との相乗効果でも悪化する。また違法物質として流通するために生じる危険性については、別記事「〈ナチュラル〉と〈ケミカル〉の象徴論」を参照のこと。
*22:小山善子 (2009).「今後検討すべき用語ー精神病、精神障害(がい)、病と症・薬と剤の使い分け、などー」『第105回日本精神神経学会総会抄録集』, 599-603.