蛭川研究室

蛭川立の研究と明治大学での講義・ゼミの関連情報

「人類学A」2021/04/20 講義ノート

高校生物を振り返る

毎年の講義をしていて考えなおしたことがある。人類学の受講生は、高校を卒業し、入試を通ってきたばかりの学生である。いわゆる私立文系の入試科目は、国語と英語と社会の三科目であることが多い。数学選択者もいるが、理科の選択者はいない。そうすると、大学のフレッシュメンに講義をするのなら、高校生程度の知識から始めたほうがよいのかもしれないと、考えなおした。

脳から向精神薬へ、宗教儀礼

春学期の人類学Aのほうは、「人類学とは何か」というイントロダクションから始まって、脳神経科学の基礎知識。まず、ヒトの大脳化の個体発生と系統発生を振り返る。それから、脳の大まかな構造、大脳皮質の構造、神経伝達物質、等々の基礎。これらの基礎は、高校生物レベルであると同時に、一般教養としても知っていて良いレベルである。

それから、蛭川の専門分野である、向精神薬に話を進めていく。一般教養としていちばんのポイントは、向精神薬の正しい分類である。この分類のためには、先に神経伝達物質の種類と分類という基礎知識が必要である。(→「神経伝達物質と向精神薬」)逆にいえば、向精神薬の作用を知るのに、脳全体の構造を知る必要はない。

生物学にかぎらず、大学で学ぶ知識は、中高生で学んだ知識の延長上にあり、また、そうあるべきなのだが、こと向精神薬の分野においては、中高生までに、逆に間違った知識の教育が行われているので、それを補正しなければならない。あらゆる薬物を区別せずに絶対にダメだと強く教えられ、いっぽうで、酒やタバコは、一定の害があり、未成年は服用しないように、と指導されても、犯罪として取り締まられるものではない、と教えられる。じっさい日本の法律もそうなっている。「世間」で、正しい社会人の一般常識として流布している知識がまた中高での教育の延長線上にあるのだ。そうであれば、人類学の授業で聞いた知識を、社会に持って出てほしいと思う。

そこまで話して、やっとDMTなどの精神展開薬や臨死体験という、私の研究テーマまで持ってくることができる。教養課程の前期科目なのに、急に専門的な話に入っていくのは、二年生が秋になって分析ゼミを選ぶときの判断材料にしてほしいからである。

ヒトの脳の系統発生と個体発生

サルの一種からヒトが進化し、ホモ・サピエンスがアフリカから世界中に拡散したという、人類の系統進化の詳細は、秋学期の人類学Bで詳述するので、この人類学Aではざっと「人類の進化と大脳化」を斜め読みしてもらうだけで通りすぎる。ヒトの脳は、ゴリラとチンパンジーの共通祖先と分岐した後に、三倍の大きさになった。

脳の系統発生と個体発生」も図だけでもざっと見てほしい。人間以外の動物のことは詳しく知らなくてもいいのだが、人間では大脳が大きくなりすぎていて、脳が、神経管という管状の構造の先端が膨らんだものだという基本構造がわかりにくくなっている、ヒトは、大脳(という呼称自体が、ヒトの脳の構造について言ったものだが)大脳以外の脳の部分が、外側からは見えにくくなっているから、より古い動物の脳を見たほうが、全体の構造がわかりやすい。

さてヒトの脳の構造については、皆さんと同じぐらいのころ、大学一年生か二年生のころに書いた、鉛筆手書きノートが見つかった。「脳とホルモン」にアップしておいた。なにしろ三十年も前に書かれたものだから内容が古いが、しかし、だいたいの部分は、今でも通用する。解剖学の分野は、かなり古い時代に確立したもので、その後、あまり変化していない。

看護学生用の良質な図解を「ヒトの脳の構造」に紹介しておいた。

OpenStaxの『生物学』はオンライン上の良い教科書で、「第35章 神経系」(外部リンク)は脳神経科学の基礎を図解でよく説明している。

脳の各部位の詳細は「神経系の階層構造」に和欧対訳で一覧表を載せ、Wikipediaへのリンクを貼っておいた。

なお脳の構造は立体的なものだから、実物を手に取って見るのがいちばんわかりやすい。実物の解剖から3Dモデルまでのいろいろは「脳構造の理解に役立つ製品」に、いくつか紹介しておいた。(ニワトリの脳の解剖の実際の写真が表示できなくなっているかもしれないが、見てあまり気持ちの良いものでもない。)

じつは脳の構造はあまり詳しく知らなくていい

いろいろ書いてきたが、じつは、向精神薬や、それを使った宗教儀礼や、あるいは、精神疾患、神経疾患の治療薬を理解する上で、脳の構造については、あまり詳しく知らなくてもいい。

投げやりのようだが、たいがいの薬物は、神経伝達物質と同じような構造を持ち、神経伝達物質と同じように機能する。つまり、口から飲んで、体全体、脳全体に物質を行き渡らせるだけである。たとえば、前頭前野だけにドーパミン受容体拮抗薬を注入するといった治療が行われないのは、技術的に難しいというよりは、脳のどの部分がどんな働きをしているのか、それが詳しくわかっていないからである。



記述の自己評価 ★★★☆☆
(インターネット上の記事を集めたものであり、内容の信頼性は中程度)
CE2021/04/20 JST 作成
CE2021/04/20 JST 最終更新
蛭川立