蛭川研究室

蛭川立の研究と明治大学での講義・ゼミの関連情報

【講義ノート】「人類学B」2020/11/23

人類学Bの講義ノートです。去年のノートを切り貼りしつつ、今年のノートを作りなおしています。

11月23日は祝日なのでお休みかと思いかけていましたが、休日授業実施日でした。
https://www.meiji.ac.jp/koho/6t5h7p00000vgfy1-att/6t5h7p00001m6udj.pdf

先週は、自習ということで、遺伝や生殖といった、生物学の知識を勉強しておいてください、ということだったのですが、今週から、あらためて、文化人類学社会人類学のほうへ話を移していきます。

親族や婚姻ということで、急に抽象的な概念を出してしまったのですが、文科系の人類学の本領は、具体性です、フィールドワークです。その民族の住む土地に行って、その人たちと共に生活するという研究スタイルです。

ほんとうは、皆さんといっしょに、いろいろな場所を訪ねて行きたいのですが、そうもいきません。しかし今は便利になったもので、Googleの地図で、仮想旅行ができます。場所によっては、ストリートビューでその場所を歩き回ることさえできます。(Google Earth VRは、もっとリアルなのですが、それはさておき。)

話があちこちの地域に飛んでしまうのですが、これからは、しばらく、オーストロネシアという民族グループの話をします。先に、大ざっぱな地図をお目にかけます。Wikiから借りてきました。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/e4/Chronological_dispersal_of_Austronesian_people_across_the_Pacific_%28per_Benton_et_al%2C_2012%2C_adapted_from_Bellwood%2C_2011%29.png
オーストロネシア語族の分布図

オーストロネシアというのは、「南の島々」という意味ですが、言語学的な「語族」の名称なので、ふだんはあまり耳にしないかもしれません。

もうすこし細かく分けると、ヘスペロネシア(赤い部分)(→「ヘスペロネシア」【閲覧必須】(右上の[テーマを選択してください]から、バリ島民の世界観(1〜3)が選択できます。))とメラネシア(紫の部分)とポリネシア(緑の部分)に分かれます。ミクロネシア(黄色の部分)は、ヘスペロネシア系とメラネシア系が混ざった系統だと考えられています。オーストロネシアのうち、ヘスペロネシア以外のグループを「オセアニア」【閲覧必須】ということもあります。この場合、オセアニアは、メラネシアミクロネシアポリネシアに分かれます。

ではオレンジの部分は、というと、系統のよくわからない民族なのですが、どうやら、オーストロネシアの人々は、台湾(原住民)から南の島々に、船に乗って移住した人々だと考えられています。人類はみなアフリカから来たわけですから、台湾の原住民も、ユーラシア大陸から渡ってきた人たちの子孫であるはずです。

次に、過去の人類の拡散ルートを復元した地図をご覧ください。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/96/Austro-Tai-Japonic_homeland_and_migration.png
オーストロネシア・タイ・日本系民族の拡散ルート

時代を数千年さかのぼると、現在の華南に住んでいた人々が、南下して台湾に渡り、そこから太平洋の島々、さらにはマダガスカルにまで移住しました。いっぽう、インドシナ半島を南下していった人々が、タイ人です。それから、東へ、日本列島に移住していった人々が、縄文人です。縄文人が住んでいた日本列島に、稲作を行う人々が移住してきて、縄文人と混じって、弥生人になりました。現在の日本人は、その子孫です。

現在の華南、つまり中国の南のほうは、北から南下してきた漢民族の土地になっています。もともとこの地に住んでいた人たちは、日本と、中国の南西部、とくに(新旧コロナウイルスを持ったコウモリの故地でもある)雲南省から東南アジア、そして太平洋諸島へと船出していったわけです。

これが前置きです。つまり、これから東南アジアや南の島の話をするのですが、南の島は遠い場所のように思えますが、じつは日本人の基層にある縄文文化と共通のルーツを持っているということでありまして、ですから日本人にとっては、同系統の人たちだというわけです。

親族構造としては、これらの社会の基層文化は、根栽農耕を生業とする母系社会だという共通性を持っています。

根栽農耕社会は母系出自集団を発達させる傾向が強く、集約農耕社会や牧畜社会は父系出自集団を発達させる傾向が強いのですが、(→「単婚と複婚」「出自の規則」)これは、進化の段階の高低ではなく、むしろ、別方向への社会進化だといえます。母系社会のほうが未開で、父系社会のほうがより進化した社会ではないのです。

一般に、社会の生産力が上がるほどに労働時間が長くなるというパラドックスが知られていますが、平均すれば根栽農耕社会では狩猟採集社会よりも労働時間がやや短く(→「文化としての勤勉と強迫」「生業と労働時間」)高温多湿ということもあいまって、地球上でもっとも豊かな社会だとも言われます。

私じしんは、大学院生時代に、この母系の社会というものに関心を持ち、南の世界へと旅をしていきました。旅というよりは、調査なのですが。



私が最初に海外に行ったのは、台湾でした。沖縄経由で船で台湾に渡り、さらに南の、中国語でいうところのランユイという島に行きました。それから、さらにミクロネシア、とくにヤップ島と、それからインドネシアのバリ島へ、そして中国大陸の雲南省少数民族、ナシ族・モソ人のところにも行きました。それが2003年、どういう因果か旧型コロナウイルスSARS-CoV)と遭遇してしまい、日本に送り返されてきて、その翌年、2004年に、明治大学の新学部、情報コミュニケーション学部の創立に参加しました。それから16年、今また雲南省から渡ってきた新型コロナウイルスSARS-CoV-2)と遭遇してしまい、授業もオンラインで行っているというわけです。

地名がたくさん出てきましたが、Googleマップで見てみましょう。教室の講義であれば、私が教卓で操作して、地図をズームアップして、それぞれの場所に着陸して、こんなところです。と、バーチャル案内をするところですが、しかし、地図を操作すれば、拡大縮小、写真に切り替えたり、着陸してストリートビューで歩き回ると、これは自由自在にできますから、どうぞご自由に旅をしてください。

まずは、東京です。出発点は、明治大学和泉校舎です。一年生の皆さん、ここが、1〜2年生が勉強する場所です。

ここから先は、私の個人的な記憶なのですが、大学生のときは、京都に住んでいました。そして、船に乗って、沖縄を経由して、台湾に向かいました。これが最初の海外旅行でした。旅行というよりは、調査の始まりでした。「人はどのようにして民族学者になるか」というエッセイの中で、最初の海外旅行のことを書きました。


 

  

行き着いたのは、台湾のさらに南の小さな島、蘭嶼(ランユイ)です。台湾は、比較的最近になって漢民族が移住してきた場所ですが、山地や離島には、オーストロネシア系の原住民の人たちがたくさん暮らしています。蘭嶼には「タオ(「人間」という意味)」という民族が暮らしています。

それから、ミクロネシアのヤップ島です。そこから東へ、ウリシー環礁、チューク島、ポーンペイ島へと移動しました。とくにヤップ島では、石のお金が使われています。そのことについては「ミクロネシア・ヤップ島の『原始』貨幣経済」に簡単にまとめています。ミクロネシアの神話は、日本の神話・記紀の最初のほうとよく似ていて、すこし違います。このことについては「神話の構造(オーストロネシアと古代日本)」に書きました。神話論の話はさらに「起源神話における対称性の破れ」へと発展していきます。

さらに南へ。インドネシアのバリ島です。伝統文化が観光化されて保存されている、ウブッド村の東に隣接する、プリアタン村の王家の人たちのお世話になりました。王家という日本語が適切かどうか、まあ、村長さん一族のようなものです。バリの文化については、拙著『彼岸の時間』の「象徴としての世界 −バリ島民の儀礼と世界観−」やWEBアーカイブ『世界観の人類学』の「バリ島民の世界観」に載せています。

そして、大陸に戻って、急に海から山へ、ブータンです。そこから東へ、中国へ向かいます。

中国の雲南省の、ルグ湖です。この湖の周りに、モソ人という人たちが住んでいます。2003年の4月に、この湖畔に滞在しているときに、謎の発熱で寝込んでしまいました。その顛末は「SARS流行下、中国での調査記録」あたりにさんざん書いたので、もう、ここでは繰り返しません。

これだけの調査旅行が、だいたい1993年から2003年ですから、だいたい十年の期間でした。これだけの地理感覚を概観してもらってから、理論的なことをお話しましょう。カメラを持って必死で撮影し続けたのですが、膨大な動画は、あまりにも多すぎて、まだまだ整理しきれていません。静止画の写真でさえ、まだだいぶ埋もれたままです。

さしあたりは、ここまでのページで、「…」とカギ括弧で括ったリンク先は、私じしんが書いた教材です。来週以降は、これを順々に説明していきますが、今日は、好きなところを見てください。リンクの先にまたリンクがありますが、これも、まずは、ご自由にごらんください。

来週からは、各論に入っていきます。



CE2020/11/22 JST 作成
CE2020/11/23 JST 最終更新
蛭川立