蛭川研究室

蛭川立の研究と明治大学での講義・ゼミの関連情報

【資料】蛭川研究室関連文献・映像資料

このページは、以下の情報をまとめている。

  • 研究室にどの文献資料・映像資料が所蔵されているのか(あるいは所蔵されていないのか)
  • 関連する資料で、オンライン上で公開されている資料へのリンク
  • 幾ばくかでも読者の参考になればとの考えもあり、簡単な読書案内も併記している

もともとが蔵書整理のための備忘録なので、文献案内としての正確さを追求したものではない。なお、文中で「所蔵していない」と明記していないかぎり、言及されている文献は、すべて研究室に所蔵されている。

資料の配列は、おおよそ神話→宗教→哲学→科学と、また全世界→アジア→ヨーロッパと、西洋中心の進化主義的な順を追っているが、これは便宜的なものであって、優劣を論じようというものではない。

前半のほうはごく一般的な哲学・思想系古典の概観になっており、後に行くにしたがって、科学哲学、文化人類学、進化生物学など、より特化した文献のリストになっている。シャーマニズムと変性意識研究、超心理学論争、疑似科学懐疑主義など、蛭川の専門分野については、別のページにより詳細なリストを作成中である。

主要文献資料目録

世界各地の文化一覧

  • 世界各地の文化一般
    • 神話・伝説
      • 名著普及協会『世界神話伝説大系』(全41巻+総索引)は出版年が古く、民族名などの出典が不明瞭であることなど、学術的な水準は高くないが、日本語で全世界を網羅している資料としては貴重。(希少で入手困難な)北西ヨーロッパなど一部を除いてほぼ全巻所蔵。
      • 『世界の民話』、『世界の怪奇民話』も全巻所蔵。
      • その他、青土社から出ている、世界各地の神話・伝説の概説書も、ほぼ全巻所蔵。
    • 美術

アジア、ヨーロッパ以外の地域文化

  • アジア、ヨーロッパ以外の地域文化
    • 『民族の世界史』は、すこし内容は古いが、世界各地の文化の概要を知るのに適している。
    • ヨーロッパ〜西アジア〜南アジア〜中国〜日本以外では、インドネシア・バリ島、オーストラリア先住民文化、メソアメリカ・アマゾン先住民文化などの文献を主に蒐集している。文化人類学一般については、別に下記にまとめている。
      • インドネシア・バリ島
        • バリ島の文化についての研究は多く、また日本語で読める文献が多い。「バリ文献目録」に文献目録がある。
      • オーストラリア先住民文化
        • 古典的なエスノグラフィーのほか、とくに先住民現代美術についての資料を収集している。
      • 中南米先住民文化

アジアの神話・宗教・思想・哲学・科学

  • アジアの神話・宗教・思想・哲学・科学
    • 岩波講座・東洋思想[*1](全16巻)は、西アジア、インド、中国、日本の思想と宗教を網羅している。
    • 西アジアの宗教・思想・科学
      • ゾロアスター教
      • ユダヤ教キリスト教
        • 『聖書』
          • 『聖書』ほど(肯定的な文脈にせよ、否定的な文脈にせよ)とりわけ西洋思想において言及されてきた書物はない。日本語訳であればカトリックプロテスタントの「新共同訳」が標準とされているが、言葉だけ日本語に訳しても背景となる文化的文脈を知らなければ意味がとれない。その点では、新共同訳の中でも、文化的な背景も含めた注釈の多い『聖書スタディ版』を所蔵している。収録されている文献が異なるカトリック系の和訳聖書としてはフランシスコ会訳の『聖書 -原文校訂による口語訳』も所蔵している。
          • 後世の思想の中で引用されてきた文献としてとらえるならば、広く普及されているもののほうが参照しやすく、七十人訳聖書の位置づけなど、オリジナルのテキストについての文献学的研究には踏み込む必要はない。日本語への翻訳について、教会の解釈を離れて、できるだけ直訳にこだわった和訳としては、田川健三訳の新約聖書がある。詳細な注をつけた八巻本のほか、本文だけを簡単な注とともに一冊にまとめた『新約聖書 本文の訳』、さらに文字を小さくした携帯版が作品社より出版されている。
          • 格調高い文語訳も存在するが、とりわけ新約聖書のような口語的な語りの翻訳としては、かえって不自然に思われる。この点、舞台を東北地方の漁村にたとえ、役人には「標準語」を、商人には大阪方言を喋らせるといった設定の福音書ガリラヤのイエシュー』は、地域別のステレオタイプを助長しかねないとはいえ、語感を伝えるという意味では、すぐれた「超訳」といえるかもしれない。
          • 最終的には原語に当たるしかないのだが、ギリシア語の新訳聖書は所蔵しており、ヘブライ語聖書は所蔵していない。
          • 正典には採用されなかった外典等は講談社学術文庫から何冊かに分けて邦訳が出ている。
      • イスラーム
      • 中世アラビアの科学は、古代のギリシアと近代のヨーロッパを結ぶものとして重要ではあるが、邦訳されている資料は少ない。概説書としては、矢島祐利『アラビア科学史』、ジャカール『アラビア科学の歴史』、フッドボーイ『イスラームと科学』、伊東俊太郎『近代科学の源流』、三村太郎『天文学の誕生ーイスラーム文化の役割』等を所蔵。
    • インドの神話、宗教、哲学、科学
      • 神話と叙事詩
      • ヴェーダ
      • ウパニシャッド
      • 古代の諸学派
      • 『バガヴァット・ギーター』
      • ヨーガ関連経典
        • 佐保田鶴治が『ヨーガ・スートラ』『ハタ・ヨーガ・プラディピカー』『ゲーラーダ・サンヒター』『シヴァ・サンヒター』の翻訳を行っており、前二者が『ヨーガ根本経典』に、後二者が『続・ヨーガ根本経典』におさめられている。『ヨーガ・スートラ』は、ヨーガ学派の基本経典であり、他にも邦訳が行われている。その古典ヨーガと、新しい時代に編纂されたハタ・ヨーガの文献は、思想としては分けて捉える必要がある。『ハタ・ヨーガ・プラディピカー』等についても新たな和訳が行われているようだが、未確認である。
      • ジャイナ教経典
      • 仏教経典
        • 仏教経典はきわめて大量である。詳細は「仏教経典」を参照のこと。なお、禅仏教の語録等については、中国文化と日本文化の後ろにまとめている。
      • トリ・ヴァルガ
        • 実利論
          • 『アルタ・シャーストラ』の翻訳として岩波文庫の『実利論』を所蔵。
        • 性愛論
          • 東洋文庫の『カーマ・スートラ』はサンスクリット原典からの翻訳で、角川文庫に収録されているほうは、英訳された「バートン版」からの重訳である。
            • 『インド古代性典集』には『カーマ・スートラ』以外に『ラティマンジャリー』『ラティラハスヤ』『アナンガランガ』の和訳も収められている。
        • 法典
          • 代表的なものに『マヌ法典』と『ヤージュニャヴァルキヤ法典』があり、東洋文庫から翻訳が出ている。岩波文庫の『マヌの法典』は英訳からの重訳である。いずれも所蔵していない。
      • インドの科学
        • 「科学の名著」におさめられている『インドの数学・天文学』を所蔵。
        • インドの二大医学書としては、『チャラカ・サンヒター』と『スシュルタ・サンヒター』があり、おおよそ内科と外科に対応している。前者も後者も抄訳が二種類ずつ出版されている。英訳がオンラインで読めるはずだが、未確認。「科学の名著」の一巻として訳出されている。
      • インド系言語の辞書・文法書
    • 中国(漢民族)の思想
      • 中国の神話
      • 古代中国の思想と文学
        • 中国の思想に関しては、『新釈漢文大系』(全120巻+別巻1、明治書院)および姉妹編の『新編漢文選』(全10巻)が、収録されている書物が多く、かつ白文、訓読、和訳、註釈、解説が併記されているという点では随一である。この明治書院の総計130巻におよぶ大系は実に半世紀以上もかけて西暦2018年に完結した。これは文学よりも学問が主で、詩歌の方面が十分でなかったゆえか、それを補うように、杜甫李白から順に、詩人分野の全12巻の出版が始まっている。
        • 集英社の『全釈漢文大系』は全33巻のみで、収録されているのは儒学を中心とした書物が中心である。これは学習研究社の『中国の古典』(やはり全33巻)も同様である。これらの二大系は収蔵していない。
        • 明徳出版社の『中国古典新書』は全100巻で、医学書なども含め、非常に広い分野を網羅している。本のサイズがコンパクトであるいっぽう、収録されている書物の多くが抄録にとどまっている。『五行大義』と『茶経』を所蔵。
        • 文学については余談になるが、平凡社の『中国古典文学大系』(全60巻)は、古典的思想よりも『水滸伝』や『三国志演義』など、新しい時代の文学も多く収録している。ただし現代語訳のみである。これは所蔵していない。
        • さらに漢詩に特化した大系としては、集英社の『漢詩大系』(全24巻)があり、これは全巻を収蔵。絹の着物(の上に、さらにレインコートを着せたような)装丁の外見と感触に味わいがある。
        • 多くの漢籍は各社より手頃な文庫本としても出版されているが、その個々の書物については、ここでは詳述しない。ただし、思想と詩歌の選集としては『中国古典選』(全38巻、朝日文庫)が、儒学老荘の基本文献と主要な漢詩に限られてはいるが、ひととおりの主要文献を網羅しており、かつ、文庫サイズで原文、和訳、解説が併記されている点で他に類を見ない。これは全巻所蔵。
      • 中国の科学・医学
        • 日本語訳として一般に入手しやすい文献集としては、朝日出版社の『科学の名著(2)中国天文学・数学集』を所蔵。五種の科学書を収録しているが、読み下し文のみで、白文は載っていない。大半のページが割かれている魏の劉徽註『九章算術』の原文と日本語による解説、大川俊隆「『九章算術』訳注稿」がオンライン上で公開されている。『黄帝内経』は全巻揃。その他研究書としてはニーダムの『中国の科学と文明』(思索社)を全巻所蔵。
      • 中国語の辞典
        • 漢和辞典・中日辞典
          • すでにオンライン上の辞書が充実している中で、敢えて紙の辞書を揃えるなら、白川静の字典など、象形文字の生い立ちなどを読んで学べるものは良いかもしれない。もっとも、シニフィアンシニフィエの対応恣意性という言語学的な知見を軽視し、象形文字に呪術的な意味を読み取りすぎるという批判もある。
          • 紙媒体の辞書の場合、とくに現代中国語の場合は、日本語の音読みで引けるものが重宝する。研究室には『五十音引き中国語辞典』を所蔵しているが、これは卓抜な発想で、2014年には、講談社学術文庫にも収録された。
        • 故事成語
          • 辞典に準ずるものとして、中国の古典に由来する故事成語については、三省堂『中国故事成語辞典』(これは姉妹編である『名歌名句辞典』とセットになっている)など、同じ主旨の辞典がいくつか出版されている。収録句数は少ないが、オンライン上にはフリーの「故事成語大辞典」がある。
    • 日本の神話・宗教・思想
      • 神話・伝説
        • 古代の神話・説話については「日本古典文学」を参照のこと。
        • 近現代まで語り継がれてきた地域ごとの伝説の集成としては『日本伝説大系』があり、北海道、沖縄を中心に数冊を所蔵。
      • 美術
        • 日本の美術については『日本美術全集』(全24巻、講談社、1990〜1994年)、『日本美術全集』(全25巻、学研)『原色日本の美術』(全30巻、小学館、1966〜1994年)といった美術全集があり、幅広い時代を扱っている。
        • 日本美術全集』(全20巻、小学館、1996年〜)は縄文から始まるが近現代の比重が大きい。
        • 『人間の美術』(全10巻、学研、1989〜1991年)は、梅原猛らの自由自在な解説が面白い。
        • 縄文時代から古墳時代に特化したものとして、いずれも講談社から1970年代に『日本原始美術大系』(全6巻、講談社、1977〜1978年)、『日本の原始美術』(講談社、全10巻、1979年)が出版されている。
        • 美術全集というよりは、考古学的な出土品の集成として、やはり講談社の『古代史発掘』(全10巻、講談社、1973〜1975年)があり、旧石器時代から奈良時代ぐらいまでを扱っている。この増補改訂版に相当するのがやはり同じ講談社から出版された『歴史発掘』(全13巻、講談社、1996〜1998年)である。
        • 研究室では、これらのうち、縄文〜古代と、禅美術あたりだけを蒐集している。なお「日本美術全集」(Asian Art Watch)に日本美術の全集のリストがある。
      • 近世までの日本の思想は『日本の名著』や『日本思想大系』におさめられており、それらの大半を収蔵。
        • 道元
          • 正法眼蔵』はとりわけ長大な書物である。これはまず手軽な文庫版と思って最初に水野弥穂子校注『正法眼蔵』(岩波書店、全4巻)を入手してみたところが、原文と注だけで、七十五巻本と十二巻本を併せて4冊。現代語訳がないかと探して石井恭二訳『正法眼蔵』(河出文庫、全5巻)を購入。二度手間になってしまった。原文と現代語訳が併記されているものもあるので、そのほうが読みやすいだろう。ただし訳文が比較できるだけの知識はない。
      • 日本語の辞書
        • 古語辞典は多数出版されているが、たとえば上代特殊仮名遣いを区別しているのは、『岩波古語辞典』と、高校生向けで、二色刷の本文とカラー図版の資料も付属したものとしては『ベネッセ古語辞典』などがある。
        • 沖縄方言の辞書として本格的なものには、国立国語研究所の『沖縄語辞典』や『琉球語辞典』がある。いずれも首里方言を基準としている。
        • 関西方言のうち、大阪方言については、面白おかしい語彙集のようなものは多々あれ、辞書としては牧村史陽『大阪ことば事典』が随一である。語彙数も多く、アクセント記号もついている。コメディアンの言語として面白おかしく編集された語彙集のようなものが多い中で、船場の言葉を基準としつつ、古典からの引用も多く、谷崎のようなネイティブではない文献の誤りまで指摘している緻密さである。しかも講談社学術文庫から廉価で再版されている。かんじんの京都方言のほうは、これほど手頃で充実したものがない。手頃なものとしては井之口有一『京ことば辞典』を所蔵。
    • 禅の思想と「京都学派」
      • 仏教はインドで始まったものだが、禅仏教は中国で形成され、さらに日本で発展したもので、その思想は両文化圏にまたがっている。
      • 総じて禅僧たちは体系的な書物を残さなかったが、中国の禅僧たちの言葉は筑摩書房禅の語録』全20巻22冊(うち13巻を収蔵[*3])、日本の禅僧たちの言葉は講談社『日本の禅語録』全20巻(うち11、14、16巻を除く17巻を収蔵)にまとめられている。
      • その他、茶席の禅語集を少々所蔵。
      • 禅の思想を背景にしつつ、日本独自の哲学を構築していった、いわゆる「京都学派」の哲学については、主要な学者とその主要な著作が、燈影舎の『京都哲学選書』(全30巻)にまとめられている。
      • 筆頭たる西田幾多郎だけは別格のようで、その著作は『京都哲学選書』には収められておらず、同じ燈影舎の『西田哲学選集』(全7巻・別巻2)としてまとめられている。研究室にはこの選集を所蔵している。すべての著作を網羅した『西田幾多郎全集』は岩波書店から刊行されている。これは、旧版が全19巻で、その後新版全22巻が出版された。研究室では選集のみを所蔵しており、全集は所蔵していない。「西田幾多郎著作関係年表」に、西田の著作が年代順に並べられている。主要な著作は青空文庫でも公開されている[*4]
      • 西田哲学は文献解釈偏重ではなく参禅等による直接経験を重視しているという点で独自と言われるが、正直なところ読みづらい。もっと実直で闊達な禅者の語りとしては、『久松真一著作集』(理想社、全8巻)と『鈴木大拙全集』(岩波書店、全30巻・別巻2)[*5]を揃えている。その後テキストを新字体・新仮名遣いに改め再整理した『増補 久松真一全集』(宝蔵館、全10巻)と『増補新版 鈴木大拙全集』(岩波書店、全40巻)も出版されたが、いずれも収蔵していない。こういう老師たちの言葉は、赤茶けた古書に印刷された旧字体・旧仮名遣いで読んだほうが味わい深いというのも事実ではある。また春秋社からは『鈴木大拙選集』も出版されている。
      • 西洋に禅文化を伝えた僧たちとしてはもうひとりの鈴木、鈴木俊隆の『Zen Mind, Beginner's Mind』も忘れてはならない。この名著の逆翻訳はいちどPHPより出版され、その後サンガから新版が出ている。
      • 先駆的怪僧、佐々木指月にまで遡ると、主要著作は国立国会図書館デジタルコレクションで読むことができる。ただし、データは書影のままでありテキスト化はされていない。伏せ字もそのままで判読不能である。たとえば『金と女から見た米國米國人』は研究室にも所蔵しているが、デジタルコレクションでも同様に、「アリスタア、クローリイ」との交流を描いた箇所など、二ページ分がすべて伏せ字になっており、原文を復元する妄想さえも拒むものである。研究室には曹溪庵名義による臨済録の英訳『Three Hundred Mile Tiger』も所蔵している。四角四面の漢文経由ではなく、米国口語で臨済将軍の喝を聞くことができる。
    • なお、日本人でアジアの宗教文化を比較文化的に研究した人物として中村元井筒俊彦の二人を挙げることができる。『中村元選集(決定版)』(春秋社、全32巻・別巻8)のうち、主に仏教以外のインド哲学や比較思想の巻を所蔵しており、また『井筒俊彦著作集』[*6]の全巻を収蔵。その後『井筒俊彦全集』も出版されたが、こちらは所蔵していない。

ヨーロッパの哲学・思想

付記

リストに挙げた文献の多くが日本語の著作である。日本語であることの第一の理由は、これを書いている蛭川じしんが日本語以外の言語に通じていないという理由からであり、またこのリスト自体が、日本語を第一言語とする読者に向けて書かれているからでもある。

加えて、日本の翻訳文化の水準は高度であり、訳書につけられた訳註や解説は、原書そのものよりも情報量が多い。上記のリストを概観すると、人類の哲学や科学の多くは西欧近代文明に負うところが大きいことがよくわかるが、同時に、かつては中華世界の文物を、そして明治期以降は西洋で発明されたものをうまく取り入れて改良することに長けてきた日本文化もまた、文化史の中で独特の意味を持っているといえよう。

もっとも、古典それ自体は昔に書かれたものであり、著作権が切れていることがふつうだから、その多くはオンラインでアクセスできるようになっている。そのリンク先は、気づいたものについては上記に書き加えておいた。

他言語や古文で書かれた文献の翻訳については、複数の訳がある場合、翻訳の良し悪しが議論されることが多いようだが、翻訳はあくまでも翻訳であって、このリストでは、むしろ注釈が充実しているかどうかのほうに力点を置いて比較している。

古典を所蔵することについて

研究室の図書が天井にまで達する書棚より溢れかえるほどに増えてくるほどに、図書館に収蔵されているような一般的な古典や全集を、研究室に置いておく必要があるだろうか、とも考える。

論文を読んだりエッセイを書いていたりすると、どうしても古典の原典に戻ってチェックしなければならないことが多い。研究室でゼミや議論をしているときにも、そういう必要性は多々生じる。研究を進めていくにあたって、何度も参照する必要のある分野の著作は、やはり手近にあると便利ではある。だから、図書館に行けば借りられるような文献についても、ある程度は買いそろえてある。

たとえばある論文に、フロイトの「夢とテレパシー」への言及があったとする。正確に研究するためには、引用元の「夢とテレパシー」をチェックしなければならない。しかし、それは『フロイト著作集』には収録されていないとか、『フロイト全集』のほうには収録されているとか、第何巻に収録されているのか等々、それがわからなければ、図書館に行って本を借りることもできない。こうした情報をすべて記憶しているわけではないので、ことに全集・選集の類いについては、このページから、収録されている著作のリストへのリンクを貼ることによって、自分自身の備忘録としているわけである。

私は文献学者ではないので、蒐集している古典や全集のたぐいの、どれひとつとして通読しているわけでもないし、読破するために所蔵しているのでもない。じっさいに目を通したのは全体の一部分であり、読んだ部分に限っても、その内容を正しく理解しているかどうかには自身がない。

けれどもアリストテレスやら四書五経やら、先哲の思索の集成は、研究室に置いておくだけでも賢くなったような錯覚にもおそわれる。日高敏隆先生など、師事した故人の全集を並べておくだけでも、ときに先生に見守られ、ときに叱咤されているような気持ちにもなる。世界思想全集のたぐいを書棚にずらりと並べて知的なインテリアとする人も少なくないと聞く。いっそ、函だけで中身の本は無い愛蔵版という商品を開発すれば、廉価でかつ重量もとらないので、かなりの売れ筋になるのではないか、と皮肉なことさえ考えたくなる。

手を伸ばせば届くところに並べておいて、何度も手に取って読み返したい、そういう著作もある。ニーチェの遺稿や禅語など、折に触れて適当にページをめくっていると、一喝を喰らってハッとさせられるような、そんな辛口の警句に出会うことがある。

正直に告白すれば、日本人の一般教養とされる『源氏物語』でさえ、長大な割には展開が退屈に感じられ、現代語訳でも通読したこともないのだが、これがまた適当なページを開いて斜め読みするだけで、その情景描写の細やかさに引き込まれ、その光景や、あるいは匂いまでも感じられるような、そんな白日夢が眼前に展開することもある。

漢詩や和歌などは学校の国語の授業で、訳もわからずに暗記させられたこともしばしばであるが、年齢を経るごとに味わいも深まってきた、などというと年寄りじみているが、あるいは文化人類学や脳神経科学など、異質な分野の研究に親しむほどに、婚姻の規則や色彩の知覚など、立体的な視点から再解釈する面白味も増してくるものである。



記述の自己評価 ★★★☆☆
(基本文献の整理のための覚書であって、専門的な立場からの文献案内ではない。)
CE2019/06/19 JST 作成
CE2024/03/16 JST 最終更新
蛭川立

*1:古本じざい屋「『岩波講座・東洋思想』」『古本じざい屋 超文科系古本目録

*2:詩経』は上中下三巻のうち中巻のみ所蔵。集英社漢詩大系『詩経』は上下巻揃。『易経』は上中下三巻のうち下巻が欠。朝日文庫岩波文庫の『易経』上下巻は収蔵。

*3:(1)『達磨の語録』(2)『初期の禅史Ⅰ』(3)『初期の禅史Ⅱ』(4)『六祖壇経』(6)『頓悟要門』(7)『龐居士語録』(9)『禅源諸詮集都序』(10)『臨済録』(11)『趙州録』(13)『寒山詩』(16)『信心銘・証道歌・十牛図坐禅儀』(17)『大慧書』(18)『無門関』

*4:作家別作品リスト:No.182青空文庫)」

*5:鈴木大拙

*6:井筒俊彦著作集の目次

*7:岩波書店の『ソクラテス以前哲学者断片集』は、「ディールス=クランツ版」の全訳で、こちらを全巻揃。ちくま学芸文庫の『初期ギリシア自然哲学者断片集』は、重要な哲学者を厳選した抄訳である。

*8:常套句「考える葦」が生まれた背景と経緯

*9:ヘーゲル著作

*10:「ヘーゲル全集」収録作品リスト」に岩波版『ヘーゲル全集』の各巻と、各々の著作『精神現象学』(4〜5巻)『大論理学』(6a〜8巻)『エンチクロペディー』(『小論理学』『自然哲学』『精神哲学』)『法哲学』と講義録(『歴史哲学』『哲学史』『宗教哲学』『美学』)との対応表がある。

*11:紙媒体の書籍のほうは「死せる世代の」の手を離れた古書が1〜2万円と、無産階級の給与所得でも手が届きそうな価格で市場に流通している。研究室の全41巻は、さる老学究先生のご厚意により二千円でお譲りいただいたものである。

*12:資本論ワールド編集委員会 (2016).「資本論翻訳問題」『資本論ワールド』には、主要な邦訳の中で、原書のキーワードがどのような日本語に訳されているのかについての一覧表がある。

*13:アンリ・ベルグソン

*14:「ベルクソン全集」収録作品リスト

*15:(小宮山書店)

*16:日高敏隆選集