著作・邦訳
フーリエの著作はCharles Fourier(Wikipedia)のBibliographieにリストアップされており、ここからもリンクが張られているが、フランス語版全集はOeuvres complètes / de Charles Fourier[*1]にアップされている。
『四運動の理論』
1808年に公刊された主著『Théorie des quatre mouvements et des destinées générales』は、気宇壮大な宇宙的スケールの社会進化論である。
邦訳『四運動の理論』はハードカバーで出版された後、文庫になっている。
えてして日本の知識人が西欧、とくにフランス語で書かれた思想を日本語に翻訳することで劣等感を優越感へと変換してきたのとは対照的に、フーリエの著作が日本語に翻訳されることは、なによりフーリエ自身にとって喜ばしいことだろう。というのは、日本では幕末期にあたる時期に、すでに彼は日本における女性の性的地位の高さを見抜いていたからである。
女の特権の伸張による喜ばしい成果を約束した指標のうち、あらゆる国での経験を挙げておかねばならない。すでに見たように、最良の国民とは、必ずや最高の自由を女に与えている国民である。文明人におけると同様、野蛮人や未開人においてもこのことが見られた。野蛮人のうちもっとも勤勉かつ勇敢であり、もっとも尊敬に値する日本人は、女に対しても、もっとも嫉妬心がなくもっとも寛大である。
タヒチ人は、おなじ理由によって、あらゆる未開人のなかで最良のものである。その国のもたらすわずかな資源をもとに、これほど産業を発達させた民はなかった。またもっとも女を迫害しないフランス人は、もっとも柔軟な国民であるという意味において、文明人のうちで最良のものである。明敏な君主はどんな事業においても、ただちにこの国民を最大限に利用できる。軽薄、 個人的自尊、卑猥といった欠点はあるにせよ、野蛮人の性格とは正反対の柔軟性があるという事実のみによって、彼らは第一等の文明国民なのである。
『四運動の理論』[*3]
食や性などの快楽を肯定し、それを「罪」として否定するのではなく、「恥」によって節制するという文化が、ポリネシアと日本で共通していると指摘したのはベネディクトの『菊と刀』[*4]だったが、フーリエはその人類学的議論を百年先取りしている。
もっとも進んでいるのはフランス人だというのはフーリエのエスノセントリズムかもしれないが、軽薄、自尊、卑猥に過ぎるという自嘲的な自己批判もまた、フランス文化の特徴をよくとらえているとは言えまいか。
原文は『Théorie des quatre mouvements.』に公開されている。
『愛の新世界』
更なる総合を目指していた1816〜1818年ごろの遺稿は『Le Nouveau Monde amoureux』というタイトルで編纂されている。
作品社から刊行された和訳『愛の新世界』の表紙も官能的である。初版はピンクの豊満な裸婦のようであったが、増補新版のほうがオレンジの濃淡になり落ち着いたデザインになった。
宗教が連繋すべきはどの情念だろうか。この疑問は当節の政治家たちにとっては厄介なものだ。私は彼らには期待しない。思春期の人々の宗教である複合宗教にとって神託の役目を果たしてくれることになるのは、女性たちの心である。
神と人類を幸福にするにもっともふさわしい情念とはどれか、神の至福にわれわれを結びつけてくれそうな情念とはどれかを決定する機会を女性たちに与えれば、どの女性もこう答えることだろう。「まったき神なる性格をそなえ、私たちを神に合一させてくれる唯一の情念とは、恋愛です」、と。恋愛の陶酔の中でこそ、人は天に昇り神の幸せをわかちもったと信じるのである。ほかの情念では幻想はこれほど高貴ではないし宗教的でもない。 これほど高位の等級まで五官と魂の陶酔を昇らせることはないし、神の幸せにわれわれを近づけてくれることもない。文明世界では宗教とは神への希望の宗教であって、神の幸福と連合(アソシアシオン)する宗教ではないが、これとはまったく違って、恋愛の幻想こそは神との合一の宗教の幼芽を生みだすにもっともふさわしいものなのだ。
『愛の新世界』[*5]
もし男たちが一般に恋愛における移り気やひそかな多婚を嫌っており、女たちも移り気や間男という名の姦通を憎んでいるのだとすれば、そこから得られる結論は、人間本性は恋愛において貞節へと傾斜しているのであり、政治学が期待をかけるべきはそういう貞節への傾向に合致したものだ、ということになるはずだ。しかし、野蛮人や自由な文明人の例から明らかなのは、男性がすべて多婚を好んでいるのだということである。また文明の女性たちも、多少とも自由なら、同じように男性を複数もつことを好んでいるか、あるいは少なくとも、定期的に相手を変えたり、正規の恋人を補う一時的な寵愛対象をつぎつぎに引継ぎさせたりしたいと思っているものなのだ。その際、正規の恋人は、全体を取り仕切り、恋愛における諸変種〔に耽溺していること〕の仮面の役目を果たす。幾世紀にもわたる経験からこういう真実が確かなものになっているというのに、一体どうして、自然と真実を研究していると言いつのるえせ学者たちが、この自然の託宣を見誤るなどということがありうるのだろうか。結婚によって掟として押しつけられているような、恋愛において永遠の貞節を守るよう要求するあらゆる法律に対して、人類がひそかに叛乱を起こしていることを、彼らといえども認めざるをえないはずなのである。
こういうと彼らは、「政治が違犯を見過ごしにしているせいだ」と答える。これもまた愚かな発言だ。法律をつくっておきながら、それを骨抜きにし、違犯に眼をつぶったり、助長させたりしているのだから、本性との闘いに敗北したと告白しているのだ。つまり、立法家は[ ]をする代わりに本性との闘いに深入りしてしまい、そのうえ叛乱を大目に見ることによって自分自身に疑いをかけているわけだから、明らかに、二重に無能だということになる。法律は、慎重にも、ひそかな多婚や夫婦間の不貞に眼をつぶっている。なぜなら、〔厳密に取り締まれば〕家庭の数と同じだけ裁判を開かざるをえなくなるからだ。
『愛の新世界』[*6]
原文は『Le Nouveau Monde amoureux.』に公開されている。
『産業の新世界』
1829年に刊行されたもうひとつのヴィジョン『Le nouveau monde industriel et sociétaire』は、田中正人による抄訳『産業的協同社会的新世界』が、中公バックスの『世界の名著』の42巻『オウエン サン・シモン フーリエ』[*7] におさめられているが、『愛の新世界』と同じ福島知己による全訳『産業の新世界』が2022年に公刊された。
帯には「数人の寵児を富裕にさせるために、勤労大衆すべてを貧窮に陥れている」とあるのみだが、これは後世の社会主義が継承したフーリエ思想のごく一部分にすぎない。
本文を開けば明らかなように、フーリエが示しているのは、すべての人間が恋愛貴族へと進化する可能性をはらんでいるという、壮大なる福音である。
伝記・解説
デューリングはフーリエを精神病者と罵倒したが、エンゲルスは『反デューリング論』で、むしろ空想的社会主義(utopischer Sozialismus)の先駆者としてのフーリエの想像力を評価している。原語の「ユートピア」は日本語では「空想」と訳される。
フーリエのビジョンは楽天的であって、精神病的な妄想のような暗さがない。貴族階級を否定して全員が労働者階級になるような社会ではなく、労働者階級が貴族階級へと進化するという理論だが、すでに現代においても、かつて貴族しか享受できなかったような生活が技術の進歩によって一般化している。
日本語の解説としては『空想から科学へ』をもじった『科学から空想へ ー よみがえるフーリエ ー 』があり、日本語訳された解説書としては、『フーリエのユートピア』がある。
伝記的な書物である『シャルル・フーリエ伝ー幻視者とその世界ー』によれば、フーリエは私生活においては必ずしも恋愛や美食の実践家でもなければ、ユートピア共同体の実験を行ったわけでもない。晩年は一人暮らしであり、出入りしていた家政婦によって絶命しているのを発見されたという。
追加:その他の概論
note.com
www.youtube.com
https://gair.media.gunma-u.ac.jp/dspace/bitstream/10087/1154/1/miharatomoko.pdf
*1:https://gallica.bnf.fr/accueil/fr/
*2:ameqlist 翻訳作品集成(Japanese Translation List)
*3:フーリエ, C. 巌谷国士(訳)(2002). 『四運動の理論(上)』現代思潮新社, 220. (Fourier, C. (1808). Théorie des quatre mouvements et des destinées générales. Leipzig.)
*4:ベネデイクト, R. (1967) 長谷川松治(訳)『菊と刀―日本文化の型―』社会思想社. (Benedict, R. (1946). The Chrysanthemum and the Sword. Houghton Mifflin.)
*5:フーリエ, C. 福島知己(訳)(2010).『愛の新世界』作品社, 28.
*6:フーリエ, C. 福島知己(訳)(2010).『愛の新世界』作品社, 284. (Fourier, C. (1816-1818/1967). Le Nouveau monde amoureux. Editions Anthropos.)
*7:田中正人訳「産業的協同社会的新世界」中公バックスの『世界の名著』42巻『オウエン サン・シモン フーリエ』中央公論社