蛭川研究室

蛭川立の研究と明治大学での講義・ゼミの関連情報

【資料】ヒポクラテスの著作と和訳

昭和六年に出版された今裕訳『ヒポクラテス全集』(岩波書店)はGoogleBooksで無料公開されている。新版の『ヒポクラテス全集』は、研究室には所蔵していないが、明治大学では和泉図書館の書庫に所蔵されている。

ギリシア語の原文はWikisourceの『Συγγραφέας:Ιπποκράτης』にアップされている。

研究室には、岩波文庫版の『古い医術について』と、改訂版の『ヒポクラテス医学論集』を所蔵している。

収録されている論文については、Amazonの『ヒポクラテス医学論集』のレビューにおいて、筆名「美しい夏」氏が比較しているのが役立つ。

内容的には、1963年に岩波文庫で出たヒポクラテス『古い医術について』(小川政恭訳)(以下旧訳本と略)の新訳版になると思う。訳者は古代ギリシャ哲学の研究者、翻訳者(文学博士)で、最近ではエピクテトスの『人生談義』の新訳や、新書『哲人たちの人生談義』でご活躍の國方栄二氏。 旧訳本では9篇が翻訳されていたが、本書では10篇が翻訳され、ピポクラテス伝(『ヒポクラテスの家系と生涯』、古辞書『スーダ』の一部、叙事詩『千行詩』の一部の翻訳)がついている。旧訳本は222頁、本書は371頁。 旧訳本にも本書にも収録されているのは、「古い医術について」「空気、水、場所について」「神聖病について」「技術について」「人間の自然本性について」「誓い」「医師の心得」の8篇。 本書で新たに収録されたのは「法」、「箴言」、「夢について」の3篇。 旧訳本にあって本書で除かれたのは、「流行病一」「流行病三」の2篇。 一般向けのヒポクラテス作品集としては、このほかに、大橋博司訳『中公バックス世界の名著9巻ギリシャの科学』ヒポクラテスの医学(以下中公本と略)が10篇を収録している。本書に収録されておらず中公本で読めるのは「流行病一」「処女の疾病について」「風について」の3篇。 本書の私的感想 ○ヒポクラテス全集に収録されている70篇の文書のうち、ヒポクラテスの真正作品は11〜40篇ぐらいとされており、結論は出ていない。本書の10篇もヒポクラテスの真正作品と確定したものばかりではない。たとえば、有名な「誓い」は多くの研究者がヒポクラテスのものではないとしている。 ○訳文は平易で、活字もゆったりしていて読みやすい。 ○本書で新たに収録された3編のうちでは『夢について』が一番面白い(中公本にも収録)。これは患者の話す夢の内容、態様を、患者の一つの症状として解析し、患者が病気の前段階にある、または体内の障害が夢に現れているとして、食事・運動・入浴等の適切な治療を開始するという話で、まさに「夢判断・夢治療」である。 ○「箴言」はヒポクラテスの著作の中で一番有名なもので、中公本では第3章までの翻訳であったが、本書では全7章が翻訳された。アフォリズム形式作品の先駆とされる著作で、一つ一つは読みやすいが、通して読むのはちょっと面倒。なお、冒頭の句は中公本では「生命は短く、学術は長い」と訳され、「学術」に、「ここでは医術をさす」という注がついていた。本書では「人生は短く、医術は長い」と訳された。 ○「法」は本当の医師になる条件を書いた短めの著作で、素質、教育、勤労、経験が重視されている。 ○旧訳本に収録されていて本書に収録されなかった「流行病一」「流行病三」はヒポクラテス自身の著作とされているが、「流行病」はある時期に一定の地域によくみられる疾患の意味で、今日の感染症のほかに、様々な疾患が含まれている。気象の状況とそれらの疾患の経過、患者の経過を記録的に書いたもの。本書収録の著作では「空気、水、場所について」が類似テーマだが、こちらのほうが、内容豊富で、論理的展開でたいへん面白い。ただ、アジア人の種族を、気候と慣習のせいで軟弱と決めつけるのは・・。なお、「流行病一」は中公本で読むこともできる。 蛇足 ○中公本には「処女の疾病について」という短い作品が収録されている。これは処女の月経時の重篤精神障害について述べた著作で・・アルテミスに美しい衣服をたくさん奉納すると、衣服の圧迫による血液の停滞が解消し、精神障害も消失する。ヒポクラテス(または別人)が患者に勧める予防法は・・。

ここで触れられている『ギリシャの科学』も研究室に所蔵している。


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CE2024/03/16 JST 作成
CE2024/03/16 JST 最終更新
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