蛭川研究室

蛭川立の研究と明治大学での講義・ゼミの関連情報

精神疾患と創造性

統合失調症双極性障害

精神疾患と創造性との関係は、かねてより議論されてきた。精神疾患に罹患していた学者や芸術家についての病跡学的な研究はさかんに行われてきたが、大規模な集団を対象とした統計的研究が進んできたのは、この十年ほどである。

 

統合失調症(SCZ)、双極性障害(BD)、芸術家(Art)、大卒の学歴(Univ)の相関関係[*1]。P値が少ないほど強い相関を示す。 <<

統合失調症双極性障害はどちらも遺伝率の高い疾患だが、その素因となる遺伝子群は、かなり共通している。双極性障害の患者は芸術、学術の双方にに秀でる傾向があるが、統合失調症の患者の場合には芸術方面でだけ、双極性障害と同等の創造性を示している。

双極性障害と創造性

双極性障害のほうが、統合失調症よりも創造性と結びつきやすいのだろうか。統合失調症に罹患したほうが認知機能の低下を招きやすいことはよく知られている。

古くはアリストテレスが『問題集』の中で、以下のように問うている。

哲学であれ、政治であれ、詩であれ、あるいはまた技術であれ、とにかくこれらの領域において並外れたところを示した人間はすべて、明らかに憂鬱症(メランコリア)であり、しかもそのうちのあるものに至っては、黒い胆汁(メライナ・コレ)が原因の病気にとりつかれるほどのひどさであるが、これは何故であろうか。[*2] << 西洋医学史を概観すると、後に統合失調症と呼ばれるようになる早発性痴呆(Dementia praecox)という疾患が認識されるようになったのが19世紀という、きわめて新しい時代であるのに対し、古代ギリシアではすでに「μελαγχολία」という病が知られていた。しかし、これを現代医学における「メランコリー型うつ病」と早急に同一視することはできない。疾病の概念はつねにその文化におけるコスモロジーの中で理解されるべきだからであり、古代ギリシアの場合には、それは四元素説にもとづく体液理論であった(→「身心の象徴論」)。

上記の引用の続きには「黒い胆汁は、ひどく冷たくなることもあり、ひどく熱くなることもあり[*3]」とも書かれているので、これは、うつ病というよりは、むしろ躁うつ病双極性障害→双極症)についての記述であろう。

精神疾患の診断マニュアル、DSM-5の、双極Ⅱ型障害の章には、以下のような短文が載せられている。

双極性障害をもつ人の中には高い水準の創造性をもつ人がいる。しかしながら、それは直線的な相関関係にはない。すなわち、偉大な人生の創造的な業績は、比較的軽症型の双極性障害と関係しているし、高い創造性は発病していない家族にみられる[*4] <<

この「直線的な相関関係にはない[*5]」とは、どういうことだろうか。

それは、第一に、重症であるほど創造性が高まるというわけではない、ということである。だからこの文章が双極Ⅰ型ではなく、双極Ⅱ型障害の章に書かれているのだろう。双極Ⅱ型の軽躁状態では、適度な興奮状態が創造性と結びつくことはありうる。しかし、双極Ⅰ型の、より重度の躁状態では、思考や感覚が混乱してしまい、まとまった作業に集中できなくなってしまう。

第二に、発病した患者の近縁者により高い創造性がみられるということである。血縁と創造性については、より包括的な研究が行われている。双極性障害と、また統合失調症でも、患者本人よりもその近縁者のほうが高い創造性を示す。この傾向は、双極性障害でははっきりしないが、むしろ統合失調症の場合に顕著である。

たとえば、芥川龍之介統合失調症だったかどうかという議論がある。彼の母親が統合失調症だったことは、息子であった彼にも統合失調症の遺伝子が引き継がれている可能性を示唆している。しかし逆に、母親が統合失調症だったからこそ、その息子が文学の方面において天才的な能力を示したとみることもできる[*6]

創造性と血縁

スウェーデンでは三十万人を対象とした家系調査が行われている[*7]

  上から、(a)統合失調症とその血族、(b)双極性障害とその血族、(c)単極性うつ病とその血族の創造性のオッズ比[*8]。 <<

創造性 creativity は、大学教授や芸術家などの創造的な職業に就いていることにより、操作的に定義されている。それ以外の、たとえば政治や経済の分野で成功している人の数は、精神疾患とは相関しないので除外している。この研究では、統合失調症の血族は芸術の、双極性障害の血族は学術の分野に秀でていることも示されており、この結果は、先行研究とも一致している。

疾患別の傾向は以下のように解釈できる。

(a)統合失調症の場合、発症していない近縁者は創造性が高く、血縁関係が離れるほど低下していく。しかし、患者本人の創造性のレベルだけは、一般人口の平均である。患者本人の創造性だけが低いのは、なぜだろうか。

(b)双極性障害でも同様の傾向がみられる。しかし、統合失調症とは異なり、患者本人の創造性も高い。ただし、この研究では双極Ⅰ型と双極Ⅱ型を区別していない。

(c)単極性うつ病の場合は、患者本人も血縁者も、創造性のレベルは一般人口と同レベルか、やや低い。

このことは、「気分障害(広義の躁うつ病[*9]」を「双極性障害(狭義の躁うつ病)」と「単極性うつ病(大うつ病)」とに分け、前者がより統合失調症に近いという近年の遺伝学的研究を支持している。

なお、統合失調症双極性障害、単極性うつ病のいずれの場合も、創造性のスコアは、親>キョウダイ>子、という順になっており、ある遺伝子群が片親から子にまとまって受け継がれたとき、精神病が発症することを示唆している。キョウダイや子の場合は、配偶者の遺伝子とランダムな組合せが起こるため、ひとまとまりの遺伝子群がばらばらになってしまう。

創造性と知能

またこの研究では、創造性を計算するにあたって、知能検査(WAIS:ウェクスラー成人知能検査)で測られる認知能力の要因を差し引いている。

  蛭川のWAIS-Ⅲ検査の講評[*10] << たとえば、上記は、大学教授である(学術的創造性の操作的定義を満たしている)蛭川じしんの知能検査の結果である。全体としては高い成績だったが、絵画配列や絵画完成の得点が一般人口の平均以下だった。その理由として「複雑に考えすぎてしまったり」「一般とは少し異なる独自の解釈をしたり」している可能性が指摘されている。その複雑さや独自性が、創造性という能力なのかもしれないが、それはWAISのような知能検査では測ることができず、むしろ点数を下げてしまうことさえありうる。

統合失調症双極性障害は、どちらも発症の遺伝率が高く、かつ、両者に共通する遺伝子群が背景にある。その共通する遺伝子群が、生得的な創造性にもかかわっているらしい。そして、その遺伝子群がある特定の組合せとなったときにだけ、統合失調症が発症するということだろうか。もしそうなら、創造性を理解することは精神病を解明することであり、精神病を解明することは創造性を理解することでもある。俗に狂気と天才は紙一重というが、むしろ表裏一体といったほうがよいのかもしれない。  


記述の自己評価 ★★★★☆ CE2017/11/02 JST 作成 CE2023/01/07 JST 最終更新 蛭川立

*1:Power, R. A., Steinberg, S., Bjornsdottir, G., Rietveld, C. A., Abdellaoui, A., Nivard, M. M., […] Stefansson, K. (2015). Polygenic risk scores for schizophrenia and bipolar disorder predict creativity. Nature Neuroscience, 18, 953–955.

*2:アリストテレス『問題集』413.

*3:前掲書, 421.

*4:日本精神神経学会(監修)高橋三郎・大野裕(監訳)染矢俊幸・神庭 重信・尾崎紀夫・三村將・村井俊哉(訳)(2014). 『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル医学書院 136.

*5:原文では「nonliear」
American Psychiatric Association (2013). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders: DSM-5. American Psychiatric Publishing Inc.

*6:立山萬里(飯田橋ガーデンクリニック・明治大学学生相談室兼任)は病跡学的な観点から、芥川は統合失調症ではなく、バルビタール依存症だったという説を唱えている。
立山萬里 (2011). 『天才作家のこころを読む』 文藝春秋企画出版部.

*7:スウェーデンでは、国民の病歴が「マイナンバー」によって管理されており、成人男性は兵役のさいに知能検査を受けることが義務づけられている。この研究で知能の分析を行っているのは男性集団のみである。

*8:Kyaga S., Lichtenstein P, Boman M, Hultman C, Långström N, Landén M. (2011). Creativity and mental disorder: family study of 300,000 people with severe mental disorder. British Journal of Psychiatry, 199(5), 373-379.

*9:クレペリンの『精神医学』の、改訂を重ねた版では、単極性のうつ病も、一回だけ発病したものとして躁うつ病に含めている。
クレペリン, E., 西丸四方・西丸甫夫(訳) (1986). 『躁うつ病てんかん(精神医学2)』みすず書房は、第八版の邦訳である。

*10:2017年4月27日。飯田純子(国立精神・神経医療研究センター神経研究所(当時))による報告。