蛭川研究室

蛭川立の研究と明治大学での講義・ゼミの関連情報

サン・ペドロ

この記事は特定の薬剤や治療法の効能を保証するものではありません。個々の薬剤や治療法の使用、処方、売買等については、当該国または地域の法令に従ってください。

分類・地理・歴史

サン・ペドロ(San Pedro: Echinopsis pachanoi (syn. Trichocereus pachanoi)は、アンデス山脈山麓、標高2000m〜3000m地帯に自生するサボテンであり、ケチュア系の先住民によって呪術的に使用されてきた。形態や産地の違いから、複数の種に分類されることもある。

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サン・ペドロの自生地の分布[*1]

コカの使用はアンデスを統一したインカ文化の発展を特徴づけるものだが、サン・ペドロの使用はプレ・インカの初期、西暦紀元前1000年のチャビン文化以前まで遡るらしい。これは、遺跡からサン・ペドロをかたどった彫刻が出土していることから推測されている。(リマの人類学博物館に展示されていたものを写真に撮ったが、その写真も埋もれてしまった。)

https://geopolicraticus.files.wordpress.com/2009/11/peru-cultures.jpg
アンデス文明の歴史[*2]

サン・ペドロの有効成分は、ペヨーテに似ており、メスカリンなどのサイケデリックス(精神展開薬)(「精神展開薬」を参照のこと)や、ロビヴィンなどのエンタクトゲン(「エンタクトゲン」を参照のこと)が含まれる。

現代社会の中で

呪医(curandero)はサン・ペドロを食べてトランス状態に入り、病気の原因を探す[*3]。これはペルー北部からエクアドルにかけて、アンデスの西麓の諸州で行われているらしいが、私は見たことがない。アヤワスカ・ツーリズムと違って、観光感覚で簡単に行けそうな場所ではなさそうだった。

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サン・ペドロを使用したクランデリスモがペルーの国家遺産に指定されたことを報じる日刊紙[*4]

2008年にはアヤワスカがペルーの国家遺産に指定されたが[*5]、2022年にはサン・ペドロも国家遺産に指定されたという。もっとも、これは先住民の文化の保護という側面が強く、精神疾患に対するサイケデリック療法という意味合いは薄そうである。

近年はクスコでもサン・ペドロやアヤワスカが売られているようだが、伝統的な儀礼のためではなく、観光用かもしれない。

2016年に卒業生がクスコの市場でサン・ペドロの粉末を買って、お土産に持って帰ってきてくれた。これを食べてみたところ、たしかにサイケデリックスとエンタクトゲンの両方の作用が感じられた。種や品種によって、含まれている精神活性物質の種類が違うようだったが、エンタクトゲンについては、MDMAと同様の心理療法に使えそうな手応えを感じた。伝統的なシャーマニズムの文脈ではなく、近代化された社会で、心理療法に役立つ可能性があるというのは、不思議なことである。

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クスコ(ペルー)の市場で売られているサン・ペドロ(2016年・知人の撮影[*6]

クスコは、2001年に訪れたことがある。クスコの近郊ではコカは嗜好品として合法的に流通していた。観光ガイドの人に頼んで、呪術師のところに連れて行ってもらった。ケチュアの呪術師はコカの葉を布の上に撒いて、そのパターンによって家族や仕事のことを占ってくれた。サン・ペドロやアヤワスカのことは耳にしなかった。

アリゾナ州立大学の植物園を訪れたとき、余っていたサン・ペドロを譲ってもらったこともある。すこしだけ食べたところ、地面が水平ではなく揺れているような、青空を通りすぎていく雲が恐竜の形をしているような知覚の変容を感じた。ごく弱いサイケデリック作用である。これを東京に持ち帰って鉢植えにしてみたが、寒い気候ではほとんど育たず、雨に濡れて腐ってしまった。

鑑賞用として

サン・ペドロは園芸用の品種が世界各地で栽培されており、日本でも鑑賞用のサン・ペドロが、様々な名前で売られている。


蛭川研究室所蔵・鑑賞用サン・ペドロ[*7]
多聞柱(Trichocereus pachanoi
ブラジル柱( Trichocereus peruvianus
青緑柱(Trichocereus peruvianus

ただし、鑑賞用の品種にメスカリンなどの精神活性物質がどのていど含まれているのかは不明である[*8]

研究室にも一揃え置いてみた。小さくて可愛らしいので、食べてしまう気にはなれない。



記述の自己評価 ★★★☆☆
(講義用のノートであり学術的には正確ではありません。正確さを期してつねに加筆修正中であり未完成の記事です。しかし、記事の後に追記したり、一部を切り取って別の記事にしたり、その結果内容が重複したり、遺伝情報のように動的に変動しつづけるのがハイパーテキストの特徴であり特長でもあります。)

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  • CE2023/01/26 JST 作成
  • CE2023/01/26 JST 最終更新

蛭川立

*1:www.nature.com(2022年にNatureに掲載されたこの論文は、ケチュアアイマラ系の民族の文化が、サボテンに含まれるアルカロイド代謝する遺伝子と共進化してきた可能性を示唆している。この研究は、サイケデリックスを含む植物の使用が中南米先住民族社会に偏っていることについて、遺伝学的に説明できる可能性を示唆している。)

*2:Civilization: a Rope or a Broom? | Grand Strategy: The View from Oregon

*3:日本語で読める簡単な概説としては『快楽植物大全』166-169.

*4:elperuano.pe

*5:アヤワスカによる依存症治療を進め、国家遺産への登録にも尽力した日系人、ローザ・ナカザワは2022年に逝去した。 https://www.researchgate.net/publication/362293112_The_Ayahuasca_ritual_Peruvian_national_cultural_heritage_and_its_possible_integration_into_the_primary_health_system

*6:apartment-home.net

*7:学名は次のサイトを参考にした。www.mirai.ne.jp

*8:メスカリンなど、麻薬指定されている物質が含まれていたとしても、サン・ペドロ自体は麻薬原料植物には指定されていないので、日本での所持は合法である。