心という、物質ではないものを、物質と同じように、自然科学的な方法で研究する、心理学という学問がいかに成立してきたか。心理学という学問の歴史は、あまり古くない。せいぜい、百年か、二百年である。
もともと、ヨーロッパでは、人間の心や魂の問題は、キリスト教などの宗教が扱う問題だったからである。それを、ヨーロッパの近現代史に位置づけて論じていきたい。「『心霊研究』と『超心理学』の科学史」に年表をまとめた。
ちなみに、アジアではどうかというと、心の問題は、古代インドの哲学で掘り下げられ、さらに仏教という宗教の文脈で、独自の発展を遂げた。20世紀になって、ユングなどの心理学者によって西洋的な心理学と統合され、トランスパーソナル心理学などに発展した。このことは、年表にも書いたが、また別の機会に論じたい。(おそらく「身体と意識」の授業で。)
ヨーロッパでは、心というか、魂の問題は、もともとキリスト教が扱う領域だった。しかし、18世紀、19世紀と、理性の時代が進み、科学が進歩するにつれて、宗教を文字どおり信じる時代は終わっていった。たとえば、肉体が死んだ後、魂は裁かれ、天国に行くとか、地獄に行くとか、そういったことが、文字どおり信じられなくなった。
人間は神が創造したのではなく、サルから進化したのだ、という進化論が唱えられ、身体は物質であって、死ねば終わりだ、という唯物論が台頭した。教会が、魂の救済だとか、死後の天国などについて語るのは、むしろ、現実社会の物質的問題から目をそらすことになってしまうのではないかという問題提起、それが、19世紀にマルクスやニーチェといった、反・キリスト教思想があらわれた背景である。
しかし、聖書に書いてあることが、科学的根拠のない伝説だとしても、といって、心や魂が存在しないということにはならない。肉体の死後も霊魂は残るかもしれない、むしろ、霊魂についての科学的な研究を進めなければならない、キリスト教を発展させて、科学の時代の新しい宗教を作ろう、こうして誕生したのが、スピリチュアリズム(心霊主義)や、心霊研究である。日本語で「心霊」というと、なにか怪談のようだが、もとはイギリス語で、psychical researchという。
さらに心霊研究から心理学(psychology)が発展した。日本語で「心霊」というと怪しげで「心理」というと学術的な響きがあるが、おおもとは、ギリシア語のプシュケーという言葉に由来する、同じような言葉である。
詳しい議論は、「『心霊研究』から『超心理学』へ」という長いエッセイを読んでもらえればと思う。2013年に、在外研究で、イギリスで「イギリスの心霊研究」を研究するために、ロンドン大学に客員研究員として渡航した経緯からはじまって、後ろのほうでは、心物問題にも触れている。なお、ロンドンのユリ・ゲラー宅を訪ねたのは、これを書いた翌年であった。
CE2021/04/23 JST 作成
CE2021/04/23 JST 最終更新
蛭川立