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睡眠薬の歴史
睡眠薬は、エチルアルコール、バルビツール酸系、ベンゾジアゼピン系、非ベンゾジアゼピン系と進化してきたが、作用機序としてはいずれも抑制性ニューロンであるGABA受容体に作用して間接的に覚醒水準を下げるものであった。
エチルアルコールとバルビツール酸は、身体毒性と依存性が強いことから、現在では、睡眠薬としては、ほとんど使われなくなった。睡眠薬を大量に飲んで自殺する、といった悪いイメージは、バルビツール酸の濫用によって起こったものである。また、晩酌など、睡眠薬として酒を飲む習慣があるが、心身の健康のためには、むしろ良くない使いかたである。
ベンゾジアゼピン革命
ベンゾジアゼピンが発明されたのは1950年代であり、その後、睡眠薬としての効能が発見された。薬品の開発は、しばしばセレンディピティによって進む(→「向精神薬の開発史とセレンディピティ」)。その後。ニトラゼパムなどが実用化されることで「ベンゾジアゼピン革命」が起こったのが、1960年代である。
超短時間型睡眠導入剤として一世を風靡した、ファイザーの「ハルシオン」は、日本では眠りのシンボルであるカワセミがイメージキャラクターとして導入された。睡眠薬ノベルティグッズにおける、ゆるキャラのさきがけでもある。
ベンゾジアゼピン時代の最後を飾った、吉富の「ドラール」のキャラクター「ドルネズミ」は、ヤマネである。
ベンゾジアゼピンは、過量服薬によっても致命的にならないという特長を持っていたが、いっぽうで、依存性と離脱症状があることは問題である。日本では漫然と処方されがちだが、欧米のほうが扱いが厳しい。依存からの回復には、マニュアルに従った慎重なプロセスが必要になる[*3]。
Z-Drugs:非ベンゾジアゼピン時代の始まり
GABA受容体のうち、催眠作用のあるω1受容体に選択的に作用し、抗不安作用・筋弛緩作用のあるω2受容体には作用しない、非ベンゾジアゼピン系の薬物が普及したのは、2000年代以降である。
「Z drugs」の作用機序[*4]
クマのキャラクターとともに売り出されたゾピクロン(アモバン)は、翌日まで残る苦味のせいで、早々に撤退したが、その異性体であるエスゾピクロン(ルネスタ)は、苦味という副作用を低減させることに成功した。また、ゾルピデム(マイスリー)は、超短時間型睡眠導入剤として、ハルシオンにとって代わった。しかし、副作用としての「酔い」は残った。
概日リズムからのアプローチ
また、睡眠のリズムを補正するために、メラトニンをサプリメントとして毎日同じ時間に服用するという方法があるが、日本では認められていない。その代わりに開発された、より強力なメラトニン受容体作動薬がラメルテオン(ロゼレム)である。
ラメルテオンの作用機序[*6]
毎晩、寝るのよりも早めの時間に服用する。飲みはじめの数日間は服用直後に眠気を感じることがあるが、徐々に消えていく。ほんとうに効いているのかどうかを直接体感するのが難しい薬でもある。
武田薬品で開発されたラメルテオンは、ロゼレムという商品名で発売された。脳を眠らせる薬ではないから、過量服薬による危険性もないし、GABAとも関係しないので、依存性や離脱症状も少ない、さまざまな面で安全性の高い薬である。ただし、SSRIであるフルボキサミンとは特殊な相互作用を起こすことが発見され[*7]、赤枠で併用禁忌とされている[*8]。うつ病は睡眠障害を伴うのが一般的なので、これには厳重な注意が必要である。
個人的には、ロゼレムは二度試して、二度とも効果がなかった。それよりも、早寝早起きの生活習慣を身につけるほうが、簡単で、有効だった。
その後、2020年には、ノベルファーマがメラトニンを「メラトベル」という製品名で、神経発達症の小児に対して処方可能にした。しかし2019年には、ゆるキャラ大国である日本でもノベルティグッズの取引は禁止された。
オレキシンと過眠症
ナルコレプシーは、オレキシン産生ニューロンの欠乏によって起こると考えられている。
オレキシン受容体を阻害し、人工的にナルコレプシーを起こすタイプの睡眠薬が実用化されつつある。
2014年にはMSDからオレキシン受容体拮抗薬「ベルソムラ」(スボレキサント)が発売された。
さらに2020年にはエーザイから「デエビゴ[*15]」(レンボレキサント)が発売された。
OX1RとOX2Rに対する阻害作用[*16]
ナルコレプシーでは入眠期REM睡眠が特徴的だが、ベルソムラ(美しい眠り)という商品名とは裏腹に、これらの睡眠薬でもREM睡眠の増加と悪夢などの副作用が起こりやすい[*17]。
「不眠症治療薬」なのだが、ネーミングはday(昼)vigor(活気)go(行く)という走光性のイメージである[*18]。
夜と昼を対比させるモチーフ[*19]は同じエーザイのルネスタ[*20]に似ているが、夜空に浮かんでいるのは月ではなく地球で、地面は地球ではなく月なのだろうか。
ナルコレプシー治療薬に向けて
逆にオレキシン受容体の作動薬を使えばナルコレプシーが治療できるかもしれない。武田薬品工業(湘南研究所・ニューロサイエンスリサーチ)が選択的OX2R作動薬、TAK-925(静注)TAK-994(経口)の治験を進めている。
オレキシン作動薬の開発はそーせいでも進められている[*22]が、武田薬品のほうがよい成績をあげているとか、それに投資すべきかどうかといった(患者後回しの)経済的な要因も大きい[*23]。だから薬の問題は科学だけではなく科学史・科学社会学の視点からも分析しなければ理解できない。
各種睡眠薬の作用機序については「知っておきたい睡眠薬の知識」(日本医事新報社)に一覧表が載っており、参考になる。
記述の自己評価 ★★★☆☆
(議論に濃淡があり、学術的には不完全な部分がある。)
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CE2018/07/29 JST 作成
CE2021/06/19 JST 最終更新
蛭川立
*1:免責事項にかんしては「Wikipedia:医療に関する免責事項」に準じています。
*2:井上雄一 (2017).「睡眠薬開発の現状と今後の展望」伊藤洋, 小曽根基裕(編)『睡眠障害診療29のエッセンス』医歯薬出版, 93-98.
*3:「 ベンゾジアゼピンの減薬方法 - 全国ベンゾジアゼピン薬害連絡協議会 」には、ヘザー・アシュトンや松本俊彦による減薬マニュアルが紹介されている。
*4:深井良祐 (2006-2019).「ルネスタ(エスゾピクロン)の作用機序:睡眠薬」『役に立つ薬の情報~専門薬学』(2021/04/28 JST 最終閲覧)
*5:「ルネスタトピックス」(ツキノワグマの「ツキノワくん」は胡蝶之夢の荘子のようにもみえる。もともとルネスタがアメリカで開発されたときには魂の象徴である翡翠色の蝶がシンボルだったのだが、日本市場にたいしては、ゆるキャラが考案された。なお実際のツキノワグマは夜行性で、冬に気温が下がる場所では冬眠する。
*6:深井良祐 (2006-2019).「ロゼレム(ラメルテオン)の作用機序」『役に立つ薬の情報ー専門薬学ー』(2021/04/28 JST 最終閲覧)
*7:伊賀勝美 (2017).「2 -コンパートメントモデルと見かけの酵素阻害活性を仮定した薬物間相互作用の予測法の有用性についての検討」『同志社女子大学学術研究年報』68, 67-80.
*8:武田薬品工業株式会社 2020年5月改訂(第10版)ロゼレム錠8mg
*9:井上雄一 (2017).「睡眠薬開発の現状と今後の展望」伊藤洋, 小曽根基裕(編)『睡眠障害診療29のエッセンス』医歯薬出版, 93-98.
*10:belldeer66 (2020).「オレキシンが明かした「覚醒」の意味」『いつでもLOUPE』(2021/06/19 JST 最終閲覧)(孫引き)
*11:金沢大学 (2017).「感情の高ぶりによって脱力発作が引き起こされる神経メカニズムを解明!」(2021/06/19 JST 最終閲覧)
*12:無署名記事 (2015).「ベルソムラ/睡眠は進化する」『薬剤師のための医薬広告データベース』(2021/06/19 JST 最終閲覧)
*13:無署名記事 (2015).「ベルソムラ/睡眠は進化する」『薬剤師のための医薬広告データベース』(2021/06/19 JST 最終閲覧)
*14:モデルは田村(旧姓西村)香那。パキシルの広告に木村多江が起用されたような、積極的な意味合いはなさそうである。
*15:エーザイ株式会社 2020年7月改訂(第3版)デエビゴ錠2.5mg/ デエビゴ錠5mg/デエビゴ錠10mg
*16:高津心音メンタルクリニック 「オレキシン受容体拮抗薬について」(2021/06/19 JST 最終閲覧)
*17:個人的な体験だが、オーストラリアのかかりつけの内科医に勧められてベルソムラをしばらく試したことがある。最初は不気味な悪夢に苦しめられたが、慣れてくると毎晩の夢を記録するのが楽しくなった。
*18:shg11710 (2020).「レンボレキサント〈デエビゴ錠〉!効能効果や特徴、薬価まとめ。1包化可能」『Apple製品を愛する薬剤師しぐのお勉強ブログ』(2021/06/19 JST 最終閲覧)
*19:shg11710 (2020).「レンボレキサント〈デエビゴ錠〉!効能効果や特徴、薬価まとめ。1包化可能」『Apple製品を愛する薬剤師しぐのお勉強ブログ』(2021/06/19 JST 最終閲覧)
*20:エーザイのゆるキャラも「ツキノワくん」が最後のスターとなった。
*21:武田薬品工業株式会社 (2021).「WAVE 1パイプライン市場機会に関するコール(第2部)」
*22:野村広之進(そーせいグループ株式会社 IR&コーポレートストラテジー部長)(2021).「OX作動薬シリーズがCentessa社に統合」『Sosei Heptares Official Blog』(2021/06/19 JST 最終閲覧)
*23:土本匡孝 (2019).「武田薬品が『居眠り病』新薬開発中、リストラ受けた研究所の汚名返上なるか」『ダイヤモンド・オンライン』(2022/07/13 JST 最終閲覧)