先週、初回は全体の展望で終わってしまったが、「脳の中の幽霊」という話はどうなったのだろう。今週は、その話をしたい。
心という、物質ではないものを、物質と同じように、自然科学的な方法で研究する、心理学という学問がいかに成立してきたか。心理学という学問の歴史は、あまり古くない。せいぜい、百年か、二百年である。もともと、ヨーロッパでは、人間の心や魂の問題は、キリスト教などの宗教が扱う問題だったからである。それを、ヨーロッパの近現代史に位置づける(→「『心霊研究』と『超心理学』の科学史」)という議論は、ちょっと抽象的すぎるかもしれない。これは、今週、いま読んでもらってもいいし、質問してもらってもいいが、来週、もっと詳しく扱うことにする。(いっぽう、東アジアではどうかというと、心の問題は、仏教という宗教の中で議論され、独自の発展を遂げた、このことは、また別の機会に論じたい。)
心理学の歴史云々よりも、まずは、もっと具体的なこと、いわゆる超能力、昔のユリ・ゲラーのスプーン曲げ騒動、日本だと清田少年など、今はもう彼も中年だが、これは私が小学生のときに流行ったものだったが、等々「『超能力』と心物問題」を見てもらったほうがよさそうである。
教室授業なら、私がユリ・ゲラー直伝のスプーン曲げを一発、ナマで披露するのが定番だったのだが、昨年に続き、今年も取りやめ。リアルタイム動画配信ならできる?それでは臨場感がない。
なぜかというと、それは見て面白いかもしれないが、以下で議論するように、それが本物かトリックかは、学問的には、本質的ではないからである。
それから、実際に、スプーン曲げをするときには、スプーンは、皆さんのほうから持ってきてもらうか、私が用意したスプーンでも、教室の皆さんに、タネも仕掛けもない、ということを手で触って確認してもらってから、私がそのスプーンを曲げるという手続きを踏むことが必要である。
スプーン曲げやフォーク曲げぐらいなら、YouTubeを検索すれば、いくらでも動画は出てくる。しかし、録画されたものなど、いくらでもトリックができてしまうし、また別のサイトを見れば、ご親切にも、マジックによる、トリックのやり方まで説明してあるページもある。
しかし、この授業では、スプーン曲げは本当に念力で曲げているのか、トリックなのかを暴くことを目的とはしない。そんなことは、上に書いたように、ネット上でさんざん議論されている。ネット上の記事に書いてあることを読めばわかることは、ネット上の記事を読めば良い。大学の授業を受ける必要はない。しかし、大学の授業は、それよりも、もう一歩、学問的に踏み込む。それは「『超能力』と心物問題」の後半に書いたようなことである。
記事の中で何度もしつこく書いているが、心の中で念じただけで、スプーンが曲がれば、超能力だ!不思議現象だ!ということになる。しかし、観客が目をそらした一瞬の間に、思いっきり指に力を入れて、グイッとスプーンを曲げるということも、よくある手品、トリックである。そう聞くと、なーんだ、スプーン曲げなんてトリックだったんだな、で終わってしまう。
けれども、心で念じただけで、指が曲がるのは、不思議ではないのだろうか?いや、とくに念じなくても、指は思い通りに曲がる。あまりにも当たり前すぎて、そんなことさえ意識しないのがふつうだろう。しかし、たとえば、楽器の演奏を練習するとき、ギターでも笛でもピアノでも、そういうときは、意識して指を動かす必要がある。このときに、思った通りに指が曲がるのは、思った通りにスプーンが曲がるのと同じように、不思議なことではないだろうか?
いや、それは、脳の中でニューロンが発火して、その興奮が運動神経を伝わって、指の筋肉が収縮するのだから、どこにも不思議はない、と考えてしまうかもしれないが、では、思ったり念じたりしている心や意識や意志は、どこにあるのだろうか?脳の中にあるのだろうか?もし、脳とは別に、心というものがあるのなら、体が死んで、脳が死んだ後も、心とか魂というものが残るのだろうか?それが幽霊というものだろうか?では、脳の中に、幽霊が住んでいるのだろうか?これが「脳の中の幽霊」というお題の意味である。
大学の授業で、スプーン曲げのことなど扱って、それが学問なのか?と思うかもしれないが、その問いを、論理的に追い詰めていくと、脳と心、物質と精神という、古来からの哲学が論じてきた、そして現代の科学が直面している、普遍的な問題へとたどり着く。スプーン曲げや超能力というのは、話の入り口を面白くするための、議論の入り口にすぎない。先週の掲示板では、この授業を履修した理由として、「不思議現象」という講義名が面白かったから、という理由があったが、まあ、それは、入り口である。
話がどんどん抽象的になって、意味がよくわからないだろうか?
はい、そのために、この授業では、この講義ノートだけでなく、リアルタイムディスカッション掲示板も並行して使うことにした次第。わからないことは、何なりと質問してほしい。
CE2021/04/16 JST 作成
CE2021/04/16 JST 最終更新
蛭川立