蛭川研究室

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「麻薬」を規制する国内法と国際条約におけるDMTの扱い

「麻薬」を規制する国内法と国際条約におけるDMTの扱い

第二次大戦後の国際条約

第二次大戦後、アヘンなどの向精神薬を一括して規制するため、1961年に「麻薬に関する単一条約(Single Convention on Narcotic Drugs)」が締結された。この条約は、おもにケシ、大麻、コカなど、植物とそれに由来する薬物を規制していた。

アンフェタミン類、精神展開薬(サイケデリックス)、ベンゾジアゼピンなど、新しく合成された薬物の使用が広がっていく中で、新たに、1971年には「向精神薬に関する条約(Convention on Psychotropic Substances)」が締結された。

伝統的使用の留保

なお、人類学的に注目すべきなのは、1971年条約の32条4項に書かれた留保である。

付表Iの向精神薬を含有する植物が自国の領域に自生して おり、これが少数の明確に限定された集団により伝統的に幻術的又は宗教的儀式において使用されている国は、署名、批准又は加入の際に第七条の規定(国際取引についての規定を除く。)につきその植物に関する留保を付することができる。

たとえば、ペルーでは、DMTを含むアヤワスカ茶や、コカインを含むコカが合法的に使用されているが、これは、その地域の伝統文化として例外的に尊重されているからである。

植物と茶は国際条約では統制されない

1980年ごろから、アヤワスカ茶を用いた宗教運動がブラジルから世界中に広まったが、アヤワスカや、それに類似する薬草茶については、2001年と2010年に国連麻薬統制委員会(INCB: United Nations International Narcotics Control Board) が、DMTを含む植物(その他の自然素材)や、それらの植物から作られた(アヤワスカを含む)調剤(preparation)(煎じ茶(decoction)など)は、1971年の国際条約における統制下にはない、という見解を示している[*1]

No plants (natural materials) containing DMT are at present controlled under the 1971 Convention on Psychotropic Substances. Consequently, preparations (e.g. decoctions) made of these plants, including ayahuasca are not under international control and, therefore, not subject to any of the articles of the 1971 Convention.
 
(DMTを含むいかなる植物(自然素材)も、現在、向精神薬に関する1971年条約の統制下にはありません。ゆえに、これらの植物から作られた、アヤワスカを含む製剤(例えば、煎じ茶)は国際的な管理下にないため、1971年条約のいずれの条項も適用されません。)
 
"ayahuasca" is the common name for a liquid preparation (decoction) for oral use prepared from plants indigenous to the Amazon basin of South America.
 
(「アヤワスカ」とは、南アメリカのアマゾン盆地に自生する植物から作られる、経口摂取用の液状の製剤(煎じ茶)です。)


(2001年のFAXより抜粋。和訳は著者)

no plant (natural materials) containing DMT is currently controlled under the 1971 Convention on Psychotropic Substances. Consequently, preparations (e.g. decoctions) made of these plants, including ayahuasca are not under international control and, therefore, not subject to any of the provisions of the 1971 Convention.
 
(DMTを含むいかなる植物(自然素材)も、現在、向精神薬に関する1971年条約の統制下にはありません。ゆえに、これらの植物から作られた、アヤワスカを含む製剤(例えば、煎じ茶)は国際的な管理下にないため、1971年条約のいずれの条項も適用されません。)

 
(2010年のFAXより抜粋。和訳は著者)

ここでは、DMTを含む茶が、そもそも伝統的、宗教的文脈には関係なく、国際条約では、規制の対象にはなっていないことが明記されている。いっぽうで、健康被害の観点から、それぞれの国の政府が規制することがあることも付記されている。

日本における法的規制

日本もこれらの条約を批准しており、日本の「麻薬及び向精神薬取締法」も、基本的には国際条約と整合性を持たせている。(その他、あへん法、覚醒剤取締法、大麻取締法などの法律があるが、ここでは詳しく触れない。)

DMTは、この麻薬及び向精神薬取締法によって規制されている。同時に、日本では、コカと、シロシン・シロシビンを含む「きのこ類」のみが「麻薬原料植物」として(ケシは「あへん法」で、アサは「大麻取締法」で)規制されており[*2]、それ以外の「植物(および植物の一部)」は、規制の対象外となっている。

DMTを含む植物から作られた煎じ茶を、麻薬原料以外の植物の一部として、規制の対象外とみなすのか、あるいは、麻薬として規制されているDMTという物質を抽出することによって製造したとみなすのかは、法律の条文には明文化されていない。

『薬草協会』の見解

『薬草協会』の「現行の法律がどうなっているか」には、以下のような状態が列挙されている。

  1. アカシア等生体または死亡体
  2. 粉末状態
  3. 水出し状態
  4. 湯で煮出した状態
  5. 湯にクエン酸を加えた状態
  6. さらにゼラチンで清澄した状態
  7. 水を完全に蒸発した状態
  8. エタノールで抽出後に乾燥した状態
  9. アセトン抽出した状態
  10. DMTを純化し分離した状態

 
1〜10の順番で、より「麻薬」性が強くなっていくことと思われます。
 
ここで、はっきり言えることは、1が適法で、10が違法であるということだけです。

これは、条文があるので、間違いありません。

2〜9については、条文には明文化されていない。「茶」というのは、植物を冷水またはお湯で溶かしたものだから、3〜6なのだが、裁判では、その違法性が争われている。(明文化されていないということは明確性がないということであり、消極的に合法だという解釈ができる。)

麻薬「製造」の定義

日本の法律は、麻薬の「製造」を、どう定義しているだろうか。麻薬および向精神薬取締法には「製造」としか書かれていない。

しかし『大コンメンタールⅠ 薬物五法』には、以下のような解釈が述べられている。

麻薬の「製造」には、化学的合成によって麻薬以外の物から麻薬を作り出すことのほか、麻薬を精製すること及び麻薬に化学的変化を加えて他の麻薬にすることも含まれる(2条10号参照)。

「精製」とは、例えば粗製モルヒネから再結晶により不純物を除去して純粋なモルヒネを得る過程をいい、「麻薬に化学的変化を加えて他の麻薬にする」とは、例えばモルヒネに化学的変化を与えてジアセチルモルヒネ又はコデインを作ることをいう。

 
『大コンメンタールⅠ 薬物五法』[*3]

ここでいう「麻薬」とは、第一に、モルヒネコデインのような、精製された物質のことである。もしそうなら、DMTは常温では固体なので、不純物を含まないDMTの結晶もまた「麻薬」である。

麻薬の「製造」には、以下の三通りがある、とまとめられる。

  1. 「麻薬+麻薬以外の物質」→(精製)→「麻薬」
  2. 「麻薬以外の物質」→「麻薬」
  3. 「麻薬」→「別の麻薬」

コンメンタールで具体例として想定されているのは

ケシの樹液→粗製モルヒネ→純粋なモルヒネの結晶(→純粋なジアセチルモルヒネコデインの結晶)

というプロセスである。

しかし、ケシという植物自体が違法とされているのとは違い、DMTを含むアカシアやチャクルーナという植物自体は「麻薬原料植物」には指定されておらず、植物自体は合法である。

DMTを含む植物は合法であり「麻薬以外の物質」である。そこからDMTだけを抽出すれば、それは1の「精製」、あるいは2の「『麻薬以外の物質』→『麻薬』」に該当する。

DMTだけを含む水溶液を作った場合は、DMTとH2Oという2種類の物質の混合物だから、字義通りに解釈すれば、純粋な物質を精製したとはいえない。

水は溶媒だから例外だとゆるめて解釈すれば、これも精製されたDMTとみなせるかもしれない。

さらにゆるめて解釈すれば、DMTとそれ以外の物質を、水という溶媒に溶かして抽出、分離し、「DMT含有水溶液」を作るのも、麻薬の「製造」と見なすこともできる。それは、純粋なDMT、あるいは純粋なDMT水溶液ではないが、抽出、分離したのだから、植物の一部分とはいえない、だから違法だ、と考えることもできる。

裁判では、DMTを含む植物から作られた「お茶」は、「DMT含有水溶液」だから麻薬なのか、それとも「麻薬原料植物に指定されていない植物の一部分」だから麻薬ではないのか、そこが争われている。

厚生労働省の見解

(→「京都アヤワスカ茶会事件」の、第三回公判の記事内に移動しました。)

「脳内麻薬」は「麻薬」の「所持」なのか?

DMTをめぐる議論は、より根本的な問題を提起している。というのは、DMTは、多くの植物だけではなく、人間を含む動物の体内にも存在するからである。

すでに体内にある物質について、これを所持することを違法とする、そういう法律の根本的なありかたも問い直されている。

脳の中には神経伝達物質があり、それが情報処理を行っている。それと同じ働きをする物質を体外から摂取すれば、特定の情報処理を活性化したり、抑制したりすることができる。だから、「麻薬」と神経伝達物質が似たような構造を持っていることは、偶然というよりは、必然である。

逆に、向精神作用を持つ物質が先に発見され、後から脳内に、似たような物質や、それらが作用する受容体が発見されるという歴史が繰り返されてきた。

モルヒネなどのオピオイドの受容体に作用する物質が発見され「エンドルフィン(内因性モルヒネ)」と名づけられたり、大麻に含まれるカンナビノイドと同様の伝達物質が発見され「アーナンダミド」と名づけられたり、そういう発見が繰り返されてきた。

しかし、エンドルフィンとモルヒネは作用は同じでも分子構造が違う。アーナンダミドとカンナビノイドは作用は同じでも分子構造が違う。

いっぽう、DMTは特殊である。というのは、植物の体内で、もっぱら昆虫忌避作用をもつ物質として生合成されているDMT、アマゾンの先住民の伝統の中で薬草として使用されてきたDMT、そして人間の体内で神経伝達物質・神経保護物質として機能している内因性DMTが、すべてDMTという同じ物質だからである。

薬物規制の文脈と問題点

DMTやLSDなどの精神展開薬は、国際条約ではスケジュールⅠに指定されている。つまり、濫用の危険性が高いのに対し医療用の必要性が低いために、もっとも厳しく規制されている。1971年に国際条約が改定された背景には、1960年代に精神展開薬(サイケデリックス)がカウンターカルチャーとして流行したという社会的事件が存在する。しかし、それが、その後明らかになってきた、精神展開薬の、不安障害、うつ病PTSDなどの治療薬としての有効利用を妨げていることが問題になっている。

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向精神薬の危険性と国際的規制[*4]。赤がスケジュールⅠで規制されている薬物、緑が規制されていない薬物。危険性と規制が対応していない。

医学的な有害性が指摘されている酒、タバコ、カフェインは、条約や法律で、いわゆる濫用薬物としては規制されていない。そこには、伝統的な使用という文脈もあるが、同時に、税収などの政治的な制度とも関係している。

国際条約と国内法関連リンク

(→「向精神薬に関連する国内法と国際条約」にリンク集を作り直しました。)



CE2020/08/02 JST 作成
CE2021/03/18 JST 最終更新
蛭川立

*1:http://iceers.org/Documents_ICEERS_site/Letters/INCB/INCB_Response_Inquiry_ICEERS_Ayahuasca_2010.pdf

*2:「麻薬」を含む動物や、その他のものには言及がない。「きのこ類」は、現代の分類学では「菌類」であり、「植物」ではないのだが、条文では「植物」とみなされている。DMTなど、いくつかの「麻薬」は、人体内にも含まれている。「麻薬」が向精神作用を持つのは、神経伝達物質と同じか、類似の構造を持っているからであり、むしろそれは当然のことである。

*3:

(82-83.)

*4:https://www.reddit.com/r/trees/comments/vkp8g/dea_drug_schedule_repost_from_rdrugs/