蛭川研究室

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ケタミン・ルネサンス

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承前。
ケタミンの抗うつ作用の「発見」は、2019年のアメリカでは「パラダイムシフト」[*1]と呼ばれ、2020年の日本では「欧米では,ケタミンの抗うつ効果は,気分障害研究の歴史において,過去60年間で最も大きな発見,あるいは精神医学分野ではクロルプロマジン以来の発見とまでいわれている」[*2]と紹介された。

クーンが科学史において強調した「パラダイム」とは、社会の認識のがわが作りだした構造の変化だという、むしろ科学の右肩上がりの発展という単純な進歩史観に対する反省であった。

ケタミンの抗うつ作用の研究は、フェンシクリジンの改良版として登場してすぐに、1970年代には明らかになっていた。

麻酔中にせん妄状態に陥った患者が奇妙な夢を報告することはあっただろうが、それは無害なーむしろ有益なー副作用として聞き流されていたのだろう。ハンソンの「観測の理論負荷性(theory‐ladeness)」[*3][*4]である。

地動説はコペルニクスによって発案されたのではなく、古代ギリシャアリスタルコスによってすでに知られていたという、あとづけ的な科学史解釈と同型である。

2015年にイギリスで出版された『Ketamine for Depression(うつ病ケタミン)』[*5]は「Truth is indeed stranger than fiction(なるほど、事実は小説よりも奇なり)」という感嘆から始まる。抗うつ薬が効かずにケタミンPCPを「濫用」していた患者を注意していた著者が、2006年に発表された抗うつ作用の研究を目にしてケタミン信者に回心するという物語である。

しかし、応用科学者である精神科医が事実だと思って経験していることは、じつはパラダイムが作る小説の中なのである。

むしろーすくなくとも精神科治療薬の分野ではー「セレンディピティ」の連続であった。ケタミンの抗うつ作用の「発見」は、モノアミン仮説にもとづく薬物療法の行き詰まりからの派生という科学史的観点からの考察もある[*6]

精神科治療薬におけるセレンディピティについては、以下の記事を参照のこと。
hirukawa-archive.hatenablog.jp



記述の自己評価 ★★★☆☆
(つねに加筆修正中であり未完成の記事です。記事の後に追記したり、一部を切り取って別の記事にしていますが、遺伝情報のような冗長性がハイパーテキストの特徴であり特長だとも考えています。)

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CE2024/03/30 JST 作成
CE2024/04/01 JST 最終更新
蛭川立