蛭川研究室

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解題『彼岸の時間』第4章・第10章

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承前。

『彼岸の時間』の第4章と第10章は、1990年代に沖縄本島でシャーマニズムの調査を行ったときに考えたことを中心に書いた章だが、短い章に複数の内容を詰め込んでいて、矛盾する内容も含まれており、もうすこし字数を補い、整理する必要があると思う。

これらの章のテーマはシャーマニズムだが、生物学的、心理学的、社会学的なアプローチから重層的に論じられている。

祭司とシャーマン

社会人類学的な視点からは、公的な祭司と私的なシャーマンの分化、それらが男性と女性というジェンダーの権力関係にも対応しているということを論じている。宗教的職能者が分化していくプロセスで、祭司が政治権力と結びつき、私的・女性的な領域を扱うようになったシャーマンが弾圧されたのは不当であるという記述は事実の片面にすぎないといえよう。シャーマニズムが祭司宗教として洗練されていった一方で、シャーマニズムや、その現代版である新宗教が反社会的な性質を帯びるようになったのも事実だからである。

ジェンダーに関する議論で沖縄をテーマにしたのは、混乱を招くことになっている。沖縄と、その原型であろう古代の日本では、私的なシャーマン(ユタ、カンカカリャー)だけでなく、公的な祭司(ノロ、カミンチュ)も、もっぱら女性であり、日本列島に特徴的な文化としてまた別に論じる必要がある。

南島イデオロギー

沖縄だけが特別だというナイチャー(内地人)の「沖縄病」はオリエンタリズムなのかもしれない、ということは『精神の星座』にも自己批判的に書いたことではあるが、ある程度は主観やステレオタイプを抑えた客観的・量的なエビデンスは示すことができる。

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たとえば、Big5(主要五因子)のようなパーソナリティの都道府県別の分析がある。都道府県別だと都市部と村落との差が埋もれてしまうが、南北など大きな地理的な分布は示すことができる。東京などの首都圏と北海道は外向性の高い異質な集団という傾向があり、地域ごとの分析にはなじまない。日本人的=内向的で神経症的なのは、東北地方や日本海側に多く、北東北地方に典型的に見られるのに対し、その反対が太平洋側で、その典型が南島である沖縄県で、外向的で神経症傾向も低く、協調性も高く、日本人のステレオタイプからは遠い。地域としての個性が強いと思われがちな大阪府や京都府はそれほど特異なパターンを示さない。

沖縄には、本土では忘れ去られた古代の文化が息づいている、という南島イデオロギーについても裏付けのある議論が必要だが、これは遺伝学と言語学の進歩によって定量的に位置づけることができるようになってきた。日本本土に対する沖縄・琉球は、韓半島に対する済州島、ジャワ島に対するバリ島に似ている。あるいはイングランドから見たアイルランド、さらにはインドに対するオリエンタリズムなど、同じような構造を持った他地域とも比較しながら行うことができる。

南島オリエンタリズムを扇動したかのように語られる柳田国男が、日本の原郷として、北の岩手、南の沖縄に注目したのは、いずれも縄文的な基層文化を持っているという点で興味深い。辺境に古い文化が残されるというのは世界の各地で平行して起こった現象であり、たとえば韓半島に対する南島である済州島がそうであるし、そもそも赤道地帯にあって南北の気候の差異が意味を持たないジャワ島とバリ島が、それぞれ日本本土と沖縄のような関係にあり、にもかかわらずバリ島のほうが熱帯の楽園として観光化されてきたという歴史とも重なるところがある。

霊力の由来

「サイ」と呼ばれる超常的な力については、それを物理学的実体としてとらえ、古典力学的な局所性で説明できない現象については量子力学の非局所性を援用して説明できたかのような議論が流行しているふしもあるが、物理現象と心理現象はレイヤーの違う問題として論じられなければならない。

たとえば「妹の力」においては、女性の黒髪が呪物(フェティッシュ)とされる。しかし、毛髪という物体自体が磁石のように磁荷を帯びていて、周囲に霊的な磁場を形成しているというモデルは、呪物を物理的実体と見なす誤りをおかしているように思われる。呪物は実体ではなく、文化に依存する象徴だからである。

ある特定の女性の毛髪が持つ呪力は、特別な関係にある男性にしか効力をもたらさないし、それは実体というよりはプラセボという象徴的効果である。効力を持つ対象も時代によって、兄弟から夫(あるいは男性の恋人)へと変化してきた。(古代の日本においては兄弟・姉妹間での近親婚が行われていた可能性もある)。

呪物の呪力の場は、物理的な距離ではなく、心理的な距離の近さに依存する。「姉妹の頭髪を所持していたら戦争に行っても弾に当たらない」という信念は、物理的に不可能だという理由で、ア・プリオリに否定するべきではないが、それは実験的に反証可能な仮説が立てられないという理由で、論理的な思考の対象外となる。

とはいえ「妹の力」といった観念がすべて実証科学の範疇にはないわけではない。文中では「危機テレパシー」のような事例も紹介したが、これはテレパシーという超心理学的な概念として扱うことができる。ただし、それはむしろ象徴的な共時性によって解釈されるべきものであろう。たしかにガンツフェルト法などの実験によって統計的に有意な結果は得られているかもしれないが、その効果は、物理的距離によって減衰するのではなく、心理的距離によって減衰するからである。


(この段落の記事は以下のURLに移動しました。) hirukawa.hateblo.jp

「死と再生」の神経科学

シャーマンのイニシエーションとしての巫病を「死と再生」の体験としてとらえるとき、そのプロセスで起こる神秘体験は、臨死体験と同様、脳内でサイケデリックスが分泌されるという神経科学的なモデルを考えることができる。かつてはケタミン仮説が有力だったが、現在ではDMT仮説が有力である。


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  • CE2026/01/30 JST 作成
  • CE2026/03/02 JST 最終更新
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