拙著『ゾルゲンキンドはかく語りき』の内容について、よくありそうな質問に対する答えをまとめてみました。
カンナビノイドについて(P. 55)
カンナビノイドの精霊たちはインドの楽器を演奏しているのですか?
テトラくん(THC)が吹いている笛は、インドの伝統楽器、バーンスリです。
ゲロール(CBG)が叩いているのは、インドの伝統楽器、タブラです。
ノール(CBN)が奏でているのは、インドの伝統楽器、シタールです
ジオール(CBD)は、ボーカルです。
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在スロベニアインド大使館後援公演(左からタブラ、シタール、バーンスリ)
テトラくんの青い姿は、クリシュナ神のイメージです。クリシュナの吹く笛の音には強い陶酔感があり、人々を集団トランス状態に引き込むのだとされてきました。そこでTHCの精霊を、笛を吹くクリシュナ=テトラくんというキャラクターにしたのです。
ゾルゲンキンドについて(Pp. 81-82)
「ゾルゲンキンド」とはどういう意味ですか?
ドイツ語の「Sorgenkind」です。LSD-25を合成してしまったアルベルト・ホフマンが、自著のタイトルとして「mein Sorgenkind」「私の、心配な、気がかりな問題児」と呼んだ[*1]ことに由来しています。
ゾルゲンキンドの誕生日は本当に1943年4月19日ですか?
LSD-25は、1938年までにはすでに合成されていたらしいのですが、その物質に精神活性作用があることが発見されたのは1943年です。ホフマンがLSDを実験的に摂取してそのサイケデリック作用を確認したのが4月19日です。一般にはこの日がLSDの誕生日だとされています。
うつ病について(Pp. 92-93)
モノアミン仮説はすでに否定されたのではありませんか?
SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が服用後数週間しないと抗うつ作用を示さないことや、プラセボとあまり差がないことから、うつ病のモノアミン仮説、とくにセロトニン仮説が誤りだったのではないかと考えられるようになりました。
しかし、インドール環を持つ古典的サイケデリックスが5-HT2A受容体に作用するということは、これらの物質がセロトニン作動性ニューロンを活性化し抗うつ作用を示すことの傍証であり「セロトニン仮説の再来」ともいわれています。
ただし、ケタミンのような、まったく作用機序の違う物質もサイケデリックな抗うつ作用を示しますから、モノアミン仮説だけでは説明できないことも明らかです。
全体について
人類学的な考察があまり書かれていないようですが?
1990年代から2000年代ぐらいの間に、精霊図鑑に載っているような薬草が原産地でどのように使用されているのかを知るために、中米(シロシビン・キノコ、ペヨーテ)、南米(アヤワスカ、サン・ペドロ)、インド(大麻)、太平洋諸島(カヴァ)などで参与観察を行ってきました。そのことについては、このブログの記事(記事の中でキーワードを入れて検索してください)や、2022年に出版された『彼岸の時間』をごらんください。個人的には最近はあまり、現地調査はしていませんが、サイケデリック・シャーマニズムについては、民族誌的には記述されつくしたともいえます。
中南米などでサイケデリックスが治療のために使用される場合、病気の原因が他者からの妬みであり、それを解決するためにシャーマンじしんが薬草を服用しトランス状態に入るといった、近代社会とは異なる病因論の解釈が行われることについては、また別の長い考察が必要です。レヴィ=ストロースが『構造人類学』の中で議論していますが、シャーマニズムは、超自然的な力を発揮するためにではなく、変性意識状態が神話的な文脈の中で機能するためにーー儀礼を行っている当事者にも意識されずにーー行われているからです。
『ゾルゲンキンドはかく語りき』は入門書なので、まず、サイケデリックスとカンナビノイドを他の精神活性作用を持つ「薬物」一般とは区別すること、世俗化された近代社会の枠組みではその作用の理解が難しいということ、その結果としてうつ病やトラウマの治療にも使えること、等々について書きました。
また21世紀になってからは、ラテンアメリカにおける内戦の終息と空路の整備により、たとえばペルーへのアヤワスカ・ツーリズムが流行し、またインターネット上でサイケデリックスが流通し、東アジアでは引きこもりの人たちが使用しているなど、それもポストコロニアルな、現代的な人類学の問題として理解する必要があります。
(以下、順次追加していきます。)
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