蛭川研究室

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【講義ノート】「身体と意識」2020/12/18

いままでの授業では、抽象的なインド哲学の議論などしても意味がわからない、といった感じでしたから、タイで出家した、という具体的な体験を議論してみたところが、すこしわかりやすくなったようです。

とはいえ、いくら写真などを貼りつけても、出家して神秘体験をした、というのでは、まだまだ遠い世界の不思議なお話かもしれません。学問というものは、どうしても抽象的で、現実の生活感覚から遊離してしまいがちです。そこを、できるだけ現実の問題に引き戻して語るか、それが授業というものの意味でもあります。

そこで今回は、急に話を飛ばします。バーチャルリアリティーVRです。

唯心論やインド哲学や出家修行の話と、どう関係があるのか、そこは、あと二回の授業で結びつけて終えます。私の授業では、神秘的な話や哲学的な話など、どこか別世界の話をしてきたようで、しかし、それが現代、そして近未来の情報社会の問題とも密接に関わっていると、そこに落とし込んでいきます。

じつは今日の授業でひと区切り、冬休みが入ります。そして、1月にあと二回授業があって、総まとめです。あらためて、学年暦のほうを確認しておいてください。
https://www.meiji.ac.jp/koho/6t5h7p00000vgfy1-att/6t5h7p00001m6udj.pdf

ここ数年で、VR技術のコストが急速に下がり、バーチャルリアリティーの世界がぐっと身近になりました。四年ぐらい前には「VR元年」などと言われたものでしたが、意外に普及していません。おそらくは、ハードウエアの技術が先行しているわりには、まだコンテンツが追いついていないというのが現状です。なにしろ、敵と戦うという暴力的なゲームばかりです。技術の発展に人間の想像力が追いつかない、という現象の好例です。

いま、感染症の問題が慢性化し、外出しないでも人生を楽しめる、おうちで云々、という工夫が試行錯誤されていますが、究極の「おうち」技術は、VRでしょう。いまは海外渡航もままなりませんが、Google Earth VRなどに入りますと、たちまち、おうちで海外旅行ができてしまいます。

話が先走りましたが、ことVRにかんするかぎり、百聞は一見にしかず、です。まずはゴーグルをかぶってみてください。五万円ぐらいあれば、ひととおりの機材が買いそろえられるようになってきました。私もオタク的にいろいろ買っては試していますが、自分なりに考えるところもあり、最近の機材のガイドを書いてみました(→「個人用VR器機」)

秋葉原などのお店に行くと、まずは、お試しで無料体験などもできます。端から見ていると、3D立体メガネのようなものかと思いきや、没入感がまったく違います。スマホでも代用できるのですが、身体の運動を検知する加速度センサーが内蔵されているので、体の動きにあわせて周囲の光景が動くのです。この身体性が没入感をつくっています。

さて、今日のメインテーマですが、まずは「仮想現実と心物問題」を読んでみてください。VR元年到来!と騒がれていたころに興奮して書いたもので、まだよくまとまっていません(ので、軽くパスワードをかけています)。これだけで本が一冊書けてしまいそうなテーマです。かなり大きなテーマですから、今週は半分ぐらい、次回、冬休み明けにもう一回、二回ぐらいかけて議論したいと思います。

冬休みの宿題として、私のほうでも、もうすこし加筆修正すると同時に、それがいままで議論してきた哲学的なテーマとどう結びつくのかについても、もうすこし説明を加えます。文中には、古代ギリシア哲学のキーワードである「想起(anamnēsis)」や、古代インド哲学のキーワードである「無知(avidyā)」といった高度な専門用語を、詳しい解説なしにサラリと使っていますが、その意味についても、次回の講義ノートで、あらためて解説します。

その後『人文死生学宣言ー私の死の謎』という本の一章としてもVRのことを書きました。上の記事の続きに「『人文死生学宣言ー私の死の謎』より一部抜粋」というお題で貼りつけておきました。内容が重複していますが、最後は「古代の哲学によって論じられ、また仏教のような宗教思想として伝播した世界観は、前近代的な宗教的観念として、あるいは文献学的な研究対象としてしか顧みられなくなったきらいがある。しかし、物質技術が発展し、より抽象度の高い情報技術へと変容していくにしたがって、「私」という世界の実在性という普遍的な問いが形を変えて復活しつつあるといえる。先に議論したことは、たかだか娯楽用ゲームの喩えだが、そこで提起される認識論的問題は、今後数十年後以内に、きわめて切実な問いかけとなって我々に迫ってくるようになるだろう。」と話を締めくくりました。





CE 2020/12/17 JST 作成
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