Psychoactive Effect and Spiritual Culture of Cannabis
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この記事は特定の薬剤や治療法の効能や適法性を保証するものではありません。個々の薬剤や治療法の使用、売買等については、当該国または地域の法令に従ってください。
大麻の向精神作用
大麻の文化史
大麻の起源と伝播
アサ属(Cannabis spp.)はチベット高原の東側で、約2000万年前に祖先種から分岐したと推定されている。大きく分けて、東アジア、南アジア、ヨーロッパの3系統がある。
ヨーロッパの系統をCannabis sativa、東〜南アジアの系統をCannabis indicaとして別の種に分類することもあるが、C. indicaはC. sativaの亜種だとする説もある。
南アジアの系統にはTHCなどの精神活性作用の強い物質が多く含まれており、瞑想や陶酔のために使用されてきた。いっぽう、東アジアとヨーロッパの系統では精神活性物質の濃度が薄く、おもに繊維材料として使用されてきた。
(詳細は「アサ(大麻)の起源と伝播」を参照のこと。)
インドの大麻文化
大麻は北インド地域に自生しており、古くから宗教的文脈で、あるいは医療用として摂取されてきた[*4]。インドでは原則として違法だが、宗教文化の文脈における使用は、例外として規制の対象外となっている。
吸引される大麻は総称してガンジャ(gañjā)、とくに雌花の樹脂をチャラス(caras)という。これらは、瞑想的放浪生活をする行者、サドゥー(sadhu)が吸うものであり(外国人で弟子入りする人たちも多い)彼らは出家者だから、世俗の法律は適用されないと思われているらしい。
カンナビノイドは脂溶性で、水には溶けないので、ヨーグルトに混ぜてバング(bhang)というラッシーにして飲用することもある。こちらのほうが一般人には馴染みが深い。祭礼の際に服用される、大麻の葉からつくられたバングは規制の対象外になっている[*5]。
バングは政府から許可された屋台で販売されている[*6]
バングは、とくにシヴァ・ラートリー、ホーリーという(西暦で2〜3月ごろの新月と満月)インドの大晦日、正月のような祭でヒンドゥー教徒たちによって飲用される。
大麻の葉を練ったもの(ヴァーラーナシー)(撮影:蛭川研究室卒業生)
できあがったバング・ラッシー(ヴァーラーナシー)(撮影:蛭川研究室卒業生)
著者じしんも、ガンジス川の最大の聖地、ヴァーラーナシーで、シヴァ・ラートリー(シヴァ神の夜)という日の祭りに参加したことがある。
ガンジス川最大の聖地ヴァーラーナシー(वाराणसी / vārāṇasī)
日本でいえば、大晦日の夜に年越し蕎麦を食するように、善男善女が屋台でバングを一服する。その後、寺院に詣でて鐘を鳴らし、世界の破壊と再創造の神、シヴァ神を讃えるバジャン(bhajan: 賛歌)を歌い、そしてガンジス川のガートで初日の出を拝み、聖なる至福、アーナンダを垣間見る。
1997年3月7日、シヴァ・ラートリーの翌朝。ガンジス川対岸から昇る朝日(撮影:蛭川立)
(写真上は銀塩スライドをスキャンしたもので、だいぶ汚れている。写真下はコントラストを上げた画像。バングの服用で色彩や形態のクオリアが上がり、奥行きが増したように感じた。)
まばゆい太陽が、ほぼ真東から姿を顕し、河原の無数の砂粒を、無数の砂粒の数にひとしい人間たちを祝福するように、惜しみなく照らし出していく。全世界は昨夜破壊され、今朝、再創造されたのだ。朝陽にきらめくガンガーの神聖さは、言語で表現できるものを超えていた。(「ガンジスの砂の数ほど」[*7])
カンナビノイドを使用すると、風景の色彩や奥行きが深まり、時間や空間が伸び縮みするような知覚の変容体験が起こることもあるが、このような「幻覚」体験は表層の知覚体験であり、大麻を瞑想的に使用することで、より深層の、超越的な意識状態に近づくことができる。
大麻は、広義の精神展開薬は(psychedelics:サイケデリックス)に分類されることもある。精神展開薬は幻覚剤とも呼ばれるが、「幻覚剤」というのは表面的な呼称である。精神展開薬には、自己の内面世界を増幅する作用があり、それは、セット(自分自身の心構え)とセッティング(摂取する文脈)によって大きく変わる。
大麻の精神展開作用は比較的弱いので、そのぶん多様な使用が可能である。インドの精神文化の文脈で使用すれば、インド的な瞑想世界が体験されるし、あるいは芸術的な感性を高めるためにも使えるだろう。少々嗜めば、娯楽的に使うこともできる。不適切な文脈で使用すれば、「濫用」することもできてしまう。
日本の大麻文化
縄文土器の文様
大麻(オオアサ)は古くより日本にも雑草のように自生してきた植物であり、絹や木綿が普及するまでは、繊維材料として重宝されてきた。
オオアサの縄・縄文時代前期(鳥浜貝塚・若狭三方縄文博物館)[*9]
カラムシ(苧麻)とオオアサ(大麻)の紐の復元(鳥浜貝塚・若狭三方縄文博物館)[*10]
縄文時代の繊維材料としては、草創期にはまず[オオ]アサ(大麻)が使用され、早期以降にカラムシ(苧麻)やアカソ(赤麻)が使用されるようになったことが知られている[*11]。
縄文原体に使用された可能性がある植物の比較。いちばん細かい文様がつけられるのがオオアサ(大麻)で、次がカラムシ(苧麻)である[*12][*13]
縄文土器の「縄文」は、まずオオアサから作られた「縄」で文様がつけられたし、その後の時代でも、他の植物よりも細かい文様をつけるために発展したらしい(→「縄文文化の超自然観」)[*14]。
陶芸家として実験考古学的に縄文土器を復元してきた大薮龍二郎によると、オオアサのほうがカラムシよりも土がこびりつきにくいという[*16]。
アサの皮を剥いで帯状にしたもの。
帯状の繊維を指で撚って紐状にして、さらに二本の紐を撚って縄にする。
アサを撚った繊維をさらに二段に撚った紐を転がすと単節縄文ができる。草創期から晩期までもっとも普遍的にみられる縄文[*17]
聖なる繊維
日本では戦後規制されるまで、全国で麻が栽培されていた。
第二次大戦後に大麻取締法が制定され、全国に自生している大麻はすべて抜去するというのが建前になった。特定の地域での制限された栽培は続いている。
大麻取締法は、THCなどの向精神作用を持つ物質が含まれていない茎と種子は所持を禁じていないので、現在でも繊維材料として栽培されている。
www.youtube.com
岩島麻(群馬県)の茎から繊維を剥く伝統的な技法(麻引き)。同名の三木立さんが主催する体験ワークショップに参加。(2009年9月21日:三木武夫記念館)
神道においても「大麻(オオヌサ)」は神聖な植物だとされてきたが、ただし、飲用したり喫煙したりという形で使用されてきたかどうかは、よくわからない。神道においては、むしろ酒が酩酊飲料として用いられてきた。
追記:大藪大麻裁判
卒業生と大藪さんの工房を訪ねた時の写真。後ろにあるのは大藪さんの作品。
日本の麻文化のところで紹介した、実験考古学から縄文土器にアプローチしている陶芸家、大藪龍二郎さんが大麻を所持していたということで2021年の8月に逮捕され、10月から裁判になっている。
note.com
長吉秀夫さんによる第一回公判の傍聴記録
初公判で大藪さんは、大麻(オオアサ)を所持していることが、なぜ懲役刑に相当するほど悪いことなのか、じゅうぶんに説明してもらわないと罪状認否もできないと主張し、裁判としては異例の展開となっている。
www.bengo4.com
大藪大麻裁判を報じる弁護士ドットコムの記事
【インタビュー動画】『大麻って依存するの?』
授業でアヤワスカやDMTの話をしても、アマゾンの先住民族が使っている薬草のことなど聞いたことがないという人が多いようですし、よく知らないものだからこそ、じつは、そのDMTは脳内でも合成されているのだ、とお話することに意味があると思っています。
その代わりに、海外留学から帰ってきた学生さんたちなどから、大麻って海外では普通なんですか?CBDって大麻なんですか?依存症にならないんですか?大丈夫なんですか?という質問がよく出てくるようになりました。
私の研究室の卒業生のriyo君、avexからメジャーデビューしてアヤワスカの歌を歌ったところ、立場が危うくなり…という、その彼が研究室にやってきて問答したことを、そのまま動画にしてアップしました。
人類学者として言えることとしては、海外、海外というときに、欧米ばかりを見ないで、同じアジアや非西洋圏の文化まで見てほしいということです。大麻はインドの伝統文化、宗教哲学との関わりが深いものですし、薬物の功罪は、それが使用される文脈とは切り離せません。このことは、後半で語っています。
大学教授だからといっても専門外の知識は確かではありません。依存性とは何か、非犯罪化とは何か、といった話もしていますが、医学や法学の方面では、ちょっとアヤフヤなことも言っています。喋りっぱなしの無編集動画ですが、間違いがあればご指摘いただければありがたいです。
処罰から治療へ、という対話の中で、沢尻エリカさんがavexを解雇された事件から、話が医療用MDMAに脱線して、ついつい熱く語ってしまいましたが、精神展開薬の心理療法への応用については、また続編を作ることになりました。
以下はこの記事から切り離して加筆修正し、別の記事として独立させた。下記のリンクを参照のこと。
大麻の規制をめぐる情勢
→「大麻の規制をめぐる情勢」
大麻の生物学
→「大麻とカンナビノイド」
大麻に類似する作用を持つ植物
アサ(大麻)の起源と伝播
→「アサ(大麻)の起源と伝播」
記述の自己評価 ★★★☆☆
(授業のための覚書を書き足していくうちに、かなり長くなってしまったので、それぞれ切り出して別記事として独立させます。大麻、オオアサ、麻、アサなど、表記が揺れているが、これは文脈によって使い分けるしかありません。大麻について肯定的な引用が多くなってしまったかもしれませんが、危険性などについても信頼できる情報があれば教えていただければ幸いです。)
*1:免責事項にかんしては「Wikipedia:医療に関する免責事項」に準じています。
*2:Ernest Small (2017). Classification of Cannabis sativa L. in Relation to Agricultural, Biotechnological, Medical and Recreational Utilization. In Cannabis sativa L. - botany and biotechnology, 1-62.
*3:Ernest Small (2015). Evolution and Classification of Cannabis sativa (Marijuana, Hemp) in Relation to Human Utilization. The Botanical Review, 81(3), 189–294.
*4:西暦紀元前1000年ごろに成立したとされる『アタルヴァ・ヴェーダ』は、すでに医療用、宗教用の大麻について言及されている。
辻直四郎(訳)(1979).『アタルヴァ・ヴェーダ讃歌―古代インドの呪法―』岩波書店.
*5:「Cannabis in India」『Wikipedia』(2022/03/15 JST 最終閲覧)
*6:「バングー」『Wikipedia』(2022/03/14 JST 最終閲覧)より借用。
*7:蛭川立 (2011). 「ガンジスの砂の数ほど(意識のコスモロジー)」『風の旅人』43, 17-20.
*8:Alex Liebert (2011). 「INDIA #13 // “SHIVA RATRI ON BHANG LASSI”」『Vimeo』
*9:yuuutunarutouha (2020).「福井県若狭町 若狭三方縄文博物館 ⑥ 縄の出土 アンギン様編物 石錘から石鏃へ生業の変化」『いちご畑よ永遠に(旧 yahoo blog)』(2022/06/27 JST 最終閲覧)
*10:yuuutunarutouha (2020).「福井県若狭町 若狭三方縄文博物館 ⑥ 縄の出土 アンギン様編物 石錘から石鏃へ生業の変化」『いちご畑よ永遠に(旧 yahoo blog)』(2022/06/27 JST 最終閲覧)
*11:奥山誠義 (2017).「考古資料からみた植物性繊維の利用実態の解明」『作物研究』62, 57-63.
*12:高野沙奈江 (2021).「縄文原体」『季刊 考古学』(2021/4)155, 67-70.
*13:この簡易的な写真は孫引きである:菅家博昭 (2021). 「高野沙奈江「縄文原体」『季刊 考古学 155号』を読む」『記憶の森を歩く kanke's-web 2022』(2022/03/27 JST 最終閲覧)
*14:工藤雄一郎・一木絵理 (2014).「縄文時代のアサ出土例集成」『国立歴史民俗博物館研究報告』187, 425-440.
*15:吉田緑 (2022).「陶芸家の男性「大麻は悪なのか?」 刑事裁判で異例の問題提起、法廷どよめく」『弁護士ドットコムニュース』(2022/03/27 JST 最終閲覧)
*16:長吉秀夫 (2019).『縄文ネイティブ』キラジェンヌ, 27.
*17:井口直司「縄文原体」 『縄文時代研究事典』95-97.
*18:『大麻の研究』(ASAFUKU (2014).「日本中、麻でいっぱい(昭和12年)」(2022/03/16 JST 最終閲覧)より孫引き)
*19:北海道保健福祉部 地域医療推進局地域医療課「野生大麻・不正けし撲滅運動」(2022/03/16 JST 最終閲覧)
*20:GREEN ZONE JAPAN (2020).「明治時代の医療大麻」(2021/06/02 JST 最終閲覧)
*21:cannabisty (2020). 「明治期の「大麻煙草」広告」『cannabistyのブログ』(2021/06/02 JST 最終閲覧)