蛭川研究室

蛭川立の研究と明治大学での講義・ゼミの関連情報

「人類学A」講義ノート 2021/06/22

緊急事態宣言も明けまして、とくに一年生、二年生の皆さん、やっと大学の建物に入れるようになったかと、教員側としても、キャンパスに活気が戻ってきたなと実感しておりますが、ただ、私の講義にかんしては、このまま7月8月と同じ形式で続けていきます。オリンピックやワクチンや、いろいろありますが、9月ぐらいには先が見えてくるでしょうし、それまでは様子をみることにします。

さて先週の講義ノートをもう一度貼りつけておきます。

hirukawa.hateblo.jp

人類の精神文化が何万年もかけてどう進化してきたかという大きな話です。今週も先週の話をもとに議論が続けられればと思います。

しかし同時に、先週のディスカッションでも議論が始まりましたが、「精神疾患と創造性」という話題にも入っていきます。ただ精神疾患というのはまだまだ未解明であり、それから差別や偏見につながりやすいこともありますから、ここは医学の授業ではなく、人類学の授業ですし、精神疾患そのものについて詳しくは触れません。しかし精神疾患とはどういうもので、うつ病だとか統合失調症だとか、実際どういう病気なのか、といった説明なしに急に応用編の話になってしまっても逆にわかりにくいかもしれませんが、そこは適当にやりすごします。

人類学的な文脈でお話したいのは、まず自然人類学の話題としては、精神疾患に遺伝的な素因があるなら、そういう遺伝子がなぜ絶滅せずに進化してきたのかという問題があります。精神的に不安定になったり正しい判断ができない病気であれば、人間が進化してきた昔の、医学も社会福祉もなかった時代の厳しい環境の中では生き延びるのが大変だったでしょうし、子孫を残すのにも不利だったでしょう。

それなのに遺伝子が残ってきたのはなぜか。ひとつの可能性は、精神疾患にかかることが、同時に、他の人には思いつかないような発見や発明をする才能であったり、芸術や宗教の方面で天才的な才能を発揮したりと、そういう適応的な側面もあるのではないかと、そういう仮説も考えられます。

そして「精神疾患と創造性」という記事に書いたことですが、ちょっと専門的な内容かなと思うのですが、ここで紹介しているのは、最近の研究で、天才的な才能は、精神疾患を持っている人の本人ではなくて、子どもとか兄弟姉妹とか、血縁者に創造性が出てくるという説です。

たとえば統合失調症という病気がありますが、その病気になった状態での創造性を調べてみますと、これは普通の人と同じです。精神病だから創造性が失われるわけでもないし、といって創造性が高まるわけでもない、統合失調症という病気になったからといって、それは普通の人と変わらないということです。しかし、統合失調症になった人の子どもに天才的な才能を持って生まれてくる人がいると、そういう研究です。精神病は遺伝病だから、子どもも精神病になる、だから子供を産んではいけないとか、そういう話とは正反対の興味深い研究です。

それから、今週から来週にかけて議論したいテーマなのですが「個人向け遺伝子解析」という記事を書きました。いま、PCRという、微量の遺伝子をあっという間に大量に増幅して調べられるという画期的な技術が普及してきました。個人の唾液を、ほんの指先ぐらい、一ミリリットルか、二ミリリットルか、それぐらいだけで、そこに含まれる遺伝子を、しかも一時間ぐらいで、一万円ぐらいで、全部わかってしまうという、驚くべき技術が普及しています。

精神疾患とか、あるいはガンとか、病気ではないのですが知能や性格など、かなりの部分が遺伝だということがわかってきています。しかも、自分が将来、胃ガンになりやすいとか、子供が将来精神病になる可能性とか、そういうことが簡単に調べられるようになっています。これは、人類学というよりは、生命倫理の問題でもあるのですが、何万年も前の遺跡を発掘するとか、人類の進化のような、悠久のロマンのある研究、脳科学というような最先端の科学、しかし、そういうものが進歩することによって、身近な生活にも影響が出てくると、そういう現代的、近未来的な問題とも、つねに行き来しながら、授業も進めていこうと思っています。

口語調で講義をしていくと延々と続きますが、ここでいったん休めて、明日のお知らせを送ることにします。ただし、授業開始までの間に、もうすこし書き加える予定です。講義口調ですが、じっさいには後から書き加えたりもしています。