蛭川研究室

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【講義ノート】「人類学B」2020/11/15

人類学Bの11月16日ぶんの講義ノートです。

明日は、10時50分から12時30分まで、リアルタイムディスカッション掲示板はオープンしますが、私のほうでリアルタイムに応答できるかは、はっきりしません。

しかし、やはり、今まで授業をしてきて、すこし不親切だったかなと思うところがあります。

今までの授業では、遺伝子やDNAや性や生殖の基本的なメカニズムの部分を、高校生レベルのことだから知っていて当然、という前提で進めていたのですが、これは間違いでした。高校生のときに大学受験レベルの生物まで学んだ人は、むしろ少ないのではないかと、考えなおしました。

たとえば、こんな話をしても、スラスラと全部はわからないかもしれません。身体を構成するすべての体細胞は、もともとは一個の受精卵が体細胞分裂を繰り返して増殖したもので、両親から由来した遺伝情報が、核の中のDNAの塩基配列として保存されています。DNAの塩基配列がm-RNAに転写され、さらにt-RNAに転写され、リボゾームで三個の塩基が一個のアミノ酸として「翻訳」され、アミノ酸がつながってポリペプチドになり、ポリペプチドの長いものがタンパク質です。

この「DNA→RNA→タンパク質」のことを「セントラル・ドグマ」といいます。分子生物学の中心となる教義です。

いまは便利になったもので、ネット上にもいろいろな映像がアップされています。


セントラルドグマ ~ゲノム情報からタンパク質ができるまで~ / The Central Dogma
 

HD セントラルドグマ -synra editon- 日本語ナレーション版

上が国立科学博物館、下が理化学研究所の制作による映像ですが、とくにいまの日本は、CGのアニメの技術が発達しています。(これをドーム映像で見ると相当な没入感です。最近ではおうちでVRという技術も急速に発展しています。)

タンパク質は、体内で生化学反応の触媒、酵素としても機能し、また、たとえば脳内では、シナプス神経伝達物質を受けとる受容体としても機能しています。

さて、体細胞は両親からのゲノムを受け継いでいるので二倍体ですが、生殖細胞が作られるときには減数分裂によって半数体である卵子精子になります。そして、卵子精子が受精によって受精卵になると、また二倍体になり、その後、分裂し、また一個の人間の形になります。


わたしが始まる瞬間

こちらは科学未来館です。ここのドームシアターもなかなか最先端ですが、これは受精から卵割開始の実写映像です。

以上のようなことを、いま私はざっと暗唱しましたが、これぐらいの知識を前提として、授業を進めてきました。

たとえば、ウイルス進化論という、興味深い説があります。

遺伝情報は、DNAの塩基配列として、卵や精子を経て、親から子へと受け継がれていきます、これを垂直伝播といいます。

ところで、ウイルスとは何かというと、これにはいろいろな種類があるのですが、新旧コロナウイルス感染症の病原体であるSARS関連コロナウイルスは、一本鎖のRNAです。つまり、m-RNAが身体の外に飛び出したものだといえます。もともとは中国の雲南省のコウモリのDNAにあった情報が、m-RNAに転写されて、ふつうはそれが核の中でタンパク質を合成するために使われるのですが、それが身体の外に出て、他の生物、ハクビシンセンザンコウやヒトの体内に入り、そこで m-RNAとして機能し、自分じしんを複製して、また他個体へと感染していきます。

一本鎖RNAウイルスの中には、レトロウイルスというものがあります。感染した先の細胞でDNAに逆転写され、宿主のDNAに塩基配列が組み込まれます。SARS関連コロナウイルスはレトロウイルスではありませんが、レトロウイルスとしては、たとえばAIDSの病原体であるHIVウイルスがあります。これは性行為感染症であり、もっぱら精液や膣分泌液に含まれており、おもに性行為によって感染します。こうして他の個体から別の個体へ遺伝情報が移動していくのを、水平伝播といいます。

「遺伝」というと、親から子へ、という、垂直伝播のルートばかりが考えられがちですが、じつはウイルスの感染というのは、遺伝情報の水平伝播だということもできます、じっさい、人間のゲノムの半分以上が、ウイルスやトランスポゾン、つまり同じ細胞の核の中で移動するウイルスのようなものだということがわかってきました。ただし、水平伝播した遺伝情報は、タンパク質として発現することは少ないため、コウモリに由来するウイルスに感染したからといって、子どもが、すぐにコウモリのようになることはありません。しかし、これが何百万年、何千万年という時間のスケールでいうと、生物の進化のプロセスには、重要な役割を果たしてきた可能性があると、そういう研究が進んでいます。

私たちの身の回りには、じつは無害なウイルスがたくさん飛び交っています。ただ、無害なウイルスはあまり研究されていません。有害なウイルスの感染を食い止め、発病を抑えることが緊急課題だからです。すぐに役に立たない研究には、人手や予算が回らないので、研究も進まないと、そういう科学社会学的な制約もあります。

おっと、余談が長くなって、脱線してしまいました。

はてなブログというのは面白いもので、こうして打ち込んだテキストからキーワードを自動的に選んで、辞書にリンクを張ってくれます。文字列の下に、うっすらとアンダーラインがあります。クリックしてみてください。Wikipediaのような仕組みです。じっさい、はてなキーワードwikiと統合されるという動きもあり、一時期は、はてなキーワードのページから、wikipediaのリンクへ、間接的に辿れるようになっていました。しかし、今は、Wikiへのリンクが消えています。もちろん、調べたい単語を選択してGoogleで検索すれば、色々な情報がヒットします。ネット上の情報は、量は多いのに質が低いという問題がありますが、マスメディアの情報よりも、平均は低いのに分散が大きいという分布になっていますから、うまい具合に質の高い情報を選ぶと、他では手に入らない情報が得られます。そういう質の高い情報を選んで提示するのが、授業を行うことの意味ではあるのですが…(引きつづき、加筆中です)



CE 2020/11/15 JST 作成
蛭川立