「人類学A」2021/06/01 講義ノート

さて今回はくだけた口語調でお話しますが、今回は大麻の話をすることにします。ここのところ、授業では、宗教儀礼に使われる薬草の話をしてきました。しかし、皆さんのほうで、大麻についての関心が高まっているようで、そう思うのは、とくにこの二、三年でしょうか。

どうやら、大麻はそんなに危険なものではないし、薬としても有効だし、そんなに厳しく取り締まらなくてもいいのではないかと、そういう風潮があるようなのですね。

遅ればせながら調べてみると、去年の十二月には国連で薬物を規制する国際会議があって、国際条約で大麻を規制する、今まではもっとも危険な薬物だと分類されていたのが、その規制を緩和するという条約の改正があったと、これはつい最近になって知りました。それで、世界各国では、大麻に対する規制を緩和しようと、医薬品としても開発を進めようと、そういう動きと連動しているわけです。

ところが、これも最近になって知ったことなのですが、日本はどうかというと、大麻取締法をもっと厳しくしようと、そういう法改正に向けた議論があって、専門家による有識者会議が行われていると、これが五月には賛否両論でケンケンガクガクになっていたと、そんな情勢もあるようです。私のほうが、こういう政治的な情勢に疎いというか、世間知らずでした。

もとより人類学の授業では、人間とは何か、ヒトとはいかなる生き物か、それがテーマでありまして、そこで人間とは他の動物と違って芸術や宗教などの精神文化を持つ、これがヒトという生物の顕著な特徴であるという、それがひとつの大きなテーマです。そこで、世界各地の民族の宗教儀礼などの話をしてきたわけです。

人類学ではフィールドワーク、参与観察を重視します。自分じしんで現地に行って、そこで儀礼に参加して体験すると、その中で、とくに脳に機能する薬草については、その民族の文化を共有していなくても、そういう薬草を接種すれば、手っ取り早くといいますか、疑似体験ができるわけです。脳神経科学的にも興味深いテーマなのですが、私は薬物の専門家ではありませんし、薬物政策のことにも詳しくありませんが、しかし、人類学は、ただ辺境の民族の風習を紹介するだけではなく、現代社会の問題としても持ち帰らなくてはならない、そう考えています。

皆さんの意見を聞いていると、日本に比べて海外では大麻が文化として根付いている、という話がよく出てくるのですが、そこでいう海外というのは、えてして欧米のことなのです。じつは大麻はアジア原産の植物です。日本でも縄文時代から繊維材料として使用されてきた伝統がありますし、それからインドでは宗教儀礼に使用されてきました。私はインドのそういう儀礼も訪ねて行ったことがあります。

日本人は、いや、受講生の皆さんの中には中国や韓国から来ている人も多いでしょうけど、日本人は、海外というと欧米のほうばかりを向いてしまい、自分たちもアジア人なのに、近隣のアジアのことを見ていないというか、いや、見下しているところさえあります。しかし、アジアにも、中国やインドのような深くて長い文化的伝統があります。とくにインドには、西洋文明よりもずっと深い精神文化があります。精神文化という点では、インドが人類史上、もっとも深い精神文化を発展させてきたとさえいえます。

人類学的な視点で重要なことは、グローバルにものを見ることですが、それは西洋の文化だけではありません、われわれ自身が所属している文化、西洋以外の文化についても知ってこそ、本当にグローバルな視点であると、今日はそういう文脈で議論ができればと思います。

さて、詳しい話は「大麻の向精神作用と精神文化」をごらんください。