蛭川研究室

蛭川立の研究と明治大学での講義・ゼミの関連情報

統制と禁制

競馬と占い

小さな政府で税金の安い香港はビジネスで成功を夢見る人には都合のいい場所だが、敗者や弱者にとっては公的な社会福祉が不十分なぶん、不安な社会でもある。香港では競馬と占いが盛んであり、その莫大な収益の一部が社会福祉の不足を補うために使われているという[*1]。香港最大の占いセンター黄大仙(ウォンタイシン)の境内には何十件もの占い屋のブースが迷路のようにひしめき合っていて、さながら占い市場のようである。

ギャンブルが好きなのは女よりも男だが、占いが好きなのは男よりも女だ。占いは不確定な未来を確定させたいという願望を満たしてくれ、賭け事は確定しそうな未来を不確定にしたいという願望を満たしてくれる。人間とはわがままなものである。

闘鶏の解釈人類学

世界中、どこへ行っても、なぜか男たちは賭け事が大好きなのだが、バリ島の男たちも例外ではない。彼らはサイコロやカードを使った賭け事に熱中する。しかしバリの男たちをとくに熱狂させるのが闘鶏だ。自分のお気に入りのニワトリを持ち寄って、一対一で闘わせる。オスのニワトリどうしが闘うという習性を利用したゲームなのだが、オスの人間どうしがその勝負にお金を賭ける。

アメリカの人類学者C・ギアーツによれば、男にとってその持ち物であるニワトリは、自身の抑圧された動物性、攻撃性を象徴しているのだという。バリの社会では日本と同様、とくに否定的な感情を露わにすることは行儀の悪いことだと考えられている。トランス儀礼では自分自身が動物になってしまうことで「動物的な」衝動が解放されるのだが、闘鶏はニワトリという動物にたくして攻撃性を解放し、祝祭的状況をつくりだす装置になっている[*2]。ここでいう「動物性」とは、ニワトリという動物の習性そのものではなく、理性の影の部分として人間自身がつくりだしている動物性である。

闘鶏を見ていると、勝負そのものよりも、その前にインドネシア・ルピアの札束を手にしながら集団でお金を賭ける場面のほうが人々は興奮し、殺気立っているようにみえる。ニワトリの闘い自体はふつう数十秒で終わる。闘いをはじめるまでに威嚇しあう時間が長いわりには、勝ち目がなくなると負けたニワトリは闘うのをやめてさっさと逃げてしまうし、勝ったほうもとことん追いかけていって相手が死ぬまで攻撃するということがない。ニワトリにとってみれば当面の縄張りが確保できればいいので、自分自身が傷つくリスクをおかしてまで相手を深追いしたりはしない。しかし、観客にとってはそれではつまらないので、あらかじめ鶏の足に小さなナイフをくくりつけてから戦わせる。このナイフこそ人間が考える過剰な動物性の象徴なのだ。縄張りさえ確保できればそれ以上に血なまぐさい殺し合いをしようとはしないニワトリのオスたちのほうが理性的で、ニワトリに無理やり殺し合いをさせるという、なんの役にも立たない遊びに多大な時間とお金を浪費する人間のオスたちのほうがずっと不合理な動物である。

闘鶏は、アヘンとマリファナと乞食と乳房の露出と同様、後進的であり、近代国家インドネシア共和国の建設に不適切だからという理由で非合法化された[*3]。これらは共通して人(正確には男)を「酔わせる」ものである。もっとも乞食と乳房の禁止は対外的に後進国との印象を与えないためでもあったのだろうが。

日本近現代の統制と禁制

日本でも近代国家建設の過程で明治期には最初の薬物規制法である阿片法が制定され、戦後はアメリカ占領軍の命令で大麻取締法ができた。アジア人の〈聖なる〉植物である大麻は、法で取り締まられることになったが、いっぽうでアメリカ先住民の〈聖なる〉植物タバコは国家の専売事業となった。賭博は法によって禁じられているが、同時に公営のギャンブルというものが存在している。これは一見、矛盾した現象のように思える。

社会が近代化するにつれ、「酔わせる」もの、反理性的なものは禁止されるようになる。しかし正確には、犯罪あるいは狂気として禁止され排除されるものと、統制しつつ逆にうまく利用されるものがある(表9-2)。


表9-2 日本社会で統制と禁制の対象になるもの(第2次大戦の前後で法制は多少変化したが、その点は簡略化した)

たとえば「麻薬」は所持しているだけで犯罪とみなされ禁止されるが、酒やタバコのように、嗜好品としてすっかり文化に根付いてしまっていて、いまさら犯罪として禁止するのが難しいものについては、専売にしたり高い税金をかけたりして国家の利益のために利用する。

日本では酒は専売ではないが、個人が勝手に米やイモを発酵させて酒を造ることは禁止されている。しかも、酒と同程度かそれ以上に「酔わせる」ものは、医学的な根拠とは無関係に、全部まとめて「恐ろしい薬物」というレッテルを貼られ禁止されているので、酔いたい人には「酒を」「買う」という選択肢しか与えられていない。そしてそこに高い税金をかける[*4]。酒には身体依存性と耐性がある。国民をほどほどにアルコール依存症にしておいて、そこから国家が効率よく税収を得る仕組みになっているのだ。

円環的な時間が支配する共同体では、反理性的なエネルギーはトランス儀礼のような祝祭として定期的に解放されたが、直線的な時間が支配する近代社会では、反理性的なエネルギーは統制されつつ余剰な利潤へと変換され、企業や国家の永遠の発展のための原動力となる。



蛭川立 (2002). 『彼岸の時間―〈意識〉の人類学』春秋社. より引用、加筆修正

記述の自己評価 ★★★★☆
CE2002/11/20 JST 原著公刊
CE2018/06/06 JST 電子版作成
CE2022/08/15 JST 最終更新
蛭川立

*1:これは返還前の1997年に香港大学の宗教社会学の授業で聴講した話であり、正確にはその時点での話である。

*2:ギアーツ, C. (1987) 「ディープ・プレイ――バリの闘鶏に関する覚え書き」 『文化の解釈学Ⅰ』 吉田禎吾他訳、 岩波書店、 pp.389-461。

*3:ギアーツ、 前掲論文。

*4:たとえば日本でもっともポピュラーな酒であるビールにかかる税金は消費税5%、酒税50%である。日本の酒税収入は平成14年度の見通し額で17350億円であり、注4の数字とあわせると、国が酒から1億円(国民1人あたり1円)の税収を得るごとに1人が酒の犠牲になって死んでいる計算になる。詳細は国税庁課税部酒税課 (2002) 『酒のしおり』 (http://www.nta.go.jp/category/sake/10/siori/h14/siori.htm) を参照のこと。

欧文科学用語のカナ表記

大学で声を出して講義をしたり、絶対に間違えたくない公式資料を裁判所に出したりという仕事を続ける中で、とくに化合物や生物の種名などをどうカタカナに置きかえているのか、自分でもアヤフヤだった部分や間違って覚えていた部分に気づかされるようになった。

化合物名

化合物名の字訳基準には、日本化学会が定めた基準がある。


化合物名字訳基準[*1]

アルファベット

また、欧語のアルファベットについても化学会の字訳基準がある。

https://japanknowledge.com/image/bakegaku_hanrei_01.gif
ローマ文字の字訳基準[*2]
 
https://japanknowledge.com/image/bakegaku_hanrei_02.gif
ギリシア文字の字訳基準[*3]

ローマ文字については、むしろ英語の発音が推奨されている。たとえばDMTは「ディーエムティー」であって、「デーエメテー」とは読まない。

モノアミン酸化酵素阻害薬はMAOIと略すが、これは「エムエーオー阻害薬」ということは少なく、「マオ阻害薬」あるいは「マオイ」と呼ばれることも多いという。
日本語の独特な文字としてカタカナがある。もっぱら他の言葉を置きかえるための文字である。

生物の学名

生物の学名に使われるラテン語については、日本人による変換プログラムが作られている。

supersabotentime.com

シビレタケ属のラテン語名である「Psilocybe」は、学名としては「プシロキベ」だが、通常は「シロシベ」という呼び方が使われる。あるいは「psilocin」という物質名についても、原語に近い表記なら「プシロシン」だが、やや英語訛りの「シロシン」も使われるし、麻薬及び向精神薬取締法には「サイロシビン」と書かれている。どれが正しいというわけではないのだが、学術論文や裁判資料の中では、混乱が起こらないようにしたいものである。


  • CE2023/01/18 JST 作成
  • CE2023/02/23 JST 最終更新

蛭川立



記述の自己評価 ★☆☆☆☆
(随想的な草稿です。学術的に価値のある部分は、切り出して別記事にします。)

デフォルトのリンク先ははてなキーワードまたはWikipediaです。「」で囲まれたリンクはこのブログの別記事へのリンクです。詳細は「リンクと引用の指針」をご覧ください。

  • CE2022/08/25 JST 作成
  • CE2023/02/23 JST 最終更新

蛭川立

*1:ISOコモンネーム「コモンネーム字訳 Ⅲ. 字訳基準表」(2022/08/26 JST 最終閲覧)

*2:JapanKnowledge「凡例 1.見出し語について」『デジタル化学辞典 第2版』(2022/08/26 JST 最終閲覧)

*3:JapanKnowledge「凡例 1.見出し語について」『デジタル化学辞典 第2版』(2022/08/26 JST 最終閲覧)

カント「空間について」

目の前に一輪のバラの花がある(という表象を、私は経験している)。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/bf/Rosa_Red_Chateau01.jpg
目の前に赤いバラが存在しているように見える[*1]

しかし実際に、目の前、三十センチ先の空間に、バラの花という物質的実体が実在するのだろうか。

それは実在するだろう。なぜ学者はそんな面倒な議論をするのだろうか。そう考えるのが素朴実在論である。厳密ではないかもしれないが、ふつうに健全な感覚である。

じっさい、観測されたものと実在との関係は、量子力学が扱いそうな、素粒子レベルのミクロな領域でしか問題にはならない。マクロなレベルで問題になるとすれば、それはむしろ「幻覚」の問題になる。

しかし、もうひとつ重要なことがある、情報社会で切実になってくるであろう問題は、バーチャルリアリティである。上の赤いバラの写真は、肉眼では見えないよう細かいピクセルをルーペで拡大してみればよくわかるが、細かいピクセルの集合である。それが、あたかもスマホやパソコンの画面の向こう側、数十センチ先に、バラの花が実在するように見えるし、むしろ、そう見なければ実用的ではない。かつてテレビというものが発明されたときに、箱の中に小さな人間たちが住んでいると思った人も少なくないといえる。そして、それは自然な認識である。

感覚によってえられる表象と物理的実体との関係について、カントは『純粋理性批判』の「空間について」の末尾を、以下のような言葉で締めくくっている。

・・・、わたしたちが外的な対象と呼んでいるものは、人間の感性が思い描いた心像にすぎないものであり、この感性の形式が空間なのである。人間の感性が思い描く像に真の意味で対応するのは物自体であるが、これは空間という形式によってはまったく認識されず、認識されえないものである。物自体は経験においてはまったく問われないのである。
 
「空間について」『純粋理性批判[*2]

つまり、われわれが経験している表象の背後に、その表象の元となっている「物自体(Dinge an sich)」があるのかどうか、それは空間内には認識されない、というのである。

素朴実在論に対する単純な「コペルニクス的転回」というレベルではない。カントの批判は、画期的な新説を打ち出す「攻め」の理論ではなく、認識の限界を見定めるという「守り」の議論である。ライプニッツの大陸合理論と、ヒュームのイギリス経験論の注意深い折衷だとされる。議論は単純明快ではなく、留保条件がたくさんついた注意深い議論になる。だからカントの文章は読みにくいのであり。ただ高尚な思想を述べているから難解なのではない。



記述の自己評価 ★★★☆☆
(講義用のノートであり学術的には正確ではありません。つねに改善中で加筆修正中であり未完成の記事です。しかし、記事の後に追記したり、一部を切り取って別の記事にしたり、その結果内容が重複したり、遺伝情報のように動的に変動しつづけるのがハイパーテキストの特徴であり特長でもあります。)

デフォルトのリンク先ははてなキーワードまたはWikipediaです。詳細は「リンクと引用の指針」をご覧ください。

  • CE2022/07/11 JST 作成
  • CE2022/07/12 JST 最終更新

蛭川立

*1:Wikipediaバラ』に掲載されているレッドシャトーの写真。

*2:カント, I. 中山元(訳)(2010).『純粋理性批判(1)』光文社, 92-93.
(Kant, I. (1787). Kritik der reinen Vernunft. (2. Aufl.) Akademieausgabe von Immanuel Kants Gesammelten Werken Bände und Verknüpfungen zu den Inhaltsverzeichnissen, 56-57. )

ここでは意図的に「超訳」に近い意訳である中山訳から引用した。文意が理解しやすいからである。翻訳の問題については「【文献】カント『純粋理性批判』と『視霊者の夢』(あるいは文献学一般について)」を参照のこと。

整理中書籍リスト

蔵書の整理中。

hirukawa.hateblo.jp

人類学、心理学、哲学など、研究教育に関連する書籍の長いリストは別に作ったが、はてなブログにはAmazonとのリンク機能があるので、これを使ってさらに蔵書を整理している。Amazonから本を買うことを推奨しているわけではないけれども、Amazonを使うと、書評が載っていたり、関連する書籍のリストが出てきたり、本を買わなくてもデータベースとして利用できるという側面もある。

以下の書籍リストは、整理中の蔵書のメモであり、あるていど整理されてきたところで、切り出して独立したページにしたい。これは、自分の蔵書の整理であると同時に、ブログの読者にとっても役に立つ情報であることも期待している。

【覚書】療養メモ

旧館から新館への移転

こちらに新しいブログを開設し「蛭川研究室新館」としたのが、睡眠障害をこじらせて休職となった2019年の5月だった。

hirukawa.hatenablog.jp

かつて研究教育用資料置き場として使っていたブログは「蛭川研究室旧館」として私的なメモの置き場にしていたのだが、アップした写真がこちらのブログと共有できないのが難点であった。

はからずも2022年度は再度の休職となってしまい、旧館には、4月から始めた食事療法の日誌を書きつづけてきたのだが、そこにアップした記事や写真にも当事者研究として学術的にも意味がありそうな内容も多い。必要な部分は切り取ってこちらの新館に移動させてきたが、テキストはコピペできるが、アップした写真だけは移動できないことに気づいた。

そこで、養生日誌をこちらの新館に移動させることにした。この新館のブログも、当初は内容を整理するために資料集や覚え書きなどの複数のスレッドに分けていたが、統一したほうがタグで分類しキーワードで検索するのに便利だと気づいた。ハイパーテキストの本性はツリーではなくリゾームなのである。

2022年6月10日(金)

腹囲測定巻尺

メタボリックシンドロームと睡眠時無呼吸の治療をつづける。ようするに中年太りでイビキがひどい、ということなのだが、それに「症候群」のように名づけて「医療化」すると、それは治療されるべき異常となる。


かつてはよく病院で流通していた製薬会社の販売促進グッズも中古でしか見かけなくなった。ただキティちゃんをデザインしたボールペンだと面白くないが、メタボリックシンドロームを治療するための薬と計測グッズがセットだというのは、睡眠薬と枕のセットのように意味のある組合せである。患者向けにオマケにつけてくれればいいのに、と思う。

グリーンラッシュ

一昨年にアヤワスカ・アナログ裁判が起こってから、薬物規制の法的側面について学ぶことになったのだが、この「サイケデリックルネッサンス」と同時並行的に、大麻の世界では「グリーン・ラッシュ」が急速に進んでいる。

hirukawa.hateblo.jp

この件は、上の記事に加筆修正したが、昨日はタイが合法化に踏み切ったという。大麻を犯罪のように取り締まるのはおかしい、むしろ心身の健康に役立つ、ということは何十年も前から言われていたことなのだが、ビジネスや税収という経済的な力でパラダイムは急にシフトするのだということを思い知らされる。科学は合理的に進歩しない。

酒は万病の元

何かと大麻と比較になるアルコールだが、酒の唯一といっても良い長所は、味が美味しいということである。それ以外に良いことはない。

肝臓に悪いほか、たとえばガンになる確率も上がるという。

https://article-image-ix.nikkei.com/https%3A%2F%2Fimgix-proxy.n8s.jp%2FDSXZZO6010090008062020000000-PN1-3.jpg?ixlib=js-2.3.2&w=599&h=412&crop=focalpoint&fp-x=0.5&fp-y=0.5&fit=crop&auto=format%2Ccompress&ch=Width%2CDPR&s=eb81d13a836ad93e669b9c83b78ea609
日本人のがんリスク お酒の影響が一番大きい部位は?|NIKKEI STYLE

記録の地層を発掘する

2022年度は、大学での仕事を減らしているが、代わりに過去の研究資料を発掘している。とくに過去に撮影した写真や動画が大量にあり、ほとんどが眠ったままである。大学院生のころ、最初の「海外旅行」で台湾の原住民の村を訪ねたのが1992年で、それから三十年間の資料が埋もれている。これを2019年から逆順に、新しい地層から順に発掘している。まずは、2018年まで遡った。

素粒子

緊急事態宣言が出る前、2019年度には、国立天文台KEKの一般公開にも足を運んだものだった。

KEKで手作りの霧箱を作ったことも思いだした。

www.youtube.com

それから、日付不明のノートが出てきた。

原子核を回る電子の軌道を、パウリの排他律にもとづいて整理して、より一般的な周期律表を作ろうとしていたことがあったが、高校生のころだったか、予備校生のころだったか。

筆跡が自分の物ではないような気もする。はてさて?

大学での研究教育活動からはちょっと脇道にそれるが、こういう画像を仮置きして整理していくのにもブログは役に立つ。

2022年6月11日(土)

カンナビノイドとそのアナログ

引きつづき、カンナビノイド関連の情報を収集。HHC(ヘキサヒドロカンナビノール)の流行に引きつづき、CBN(カンナビノール)、CBG(カンナビゲロール)、THCV(テトラヒドロカンナビバリン)、そしてTHC-O(テトラヒドロカンナビノール・アセテート)と、次々にマイナー・カンナビノイドが流通し始めている。

体験して体感して推測するかぎりは、CBD < CBN < CBG < HHC

2022年6月12日(日)

体重と体脂肪率は、目標達成を直前にして、やや上昇。
ファイヤークリニック新宿院で採血。ゼニカル120mgを追加で5錠処方してもらう。
www.fire-method.com
食前に服用するとリパーゼの働きを阻害し、摂取した脂肪分の約30%を排出させるという。じっさい、便とは別にラー油のような脂肪がそのまま排泄されて驚くことがしばしばであった。

2022年6月13日(月)

食事制限を始めて二ヶ月強、体脂肪率はようやく目標の23.0%ちょうどとなった。誤差はあるけれども、順調に線型的に目標は達成した。あとは、リバンドしないように水平を維持すること。

モンゴルのことを思い出しつつ、ブログの記事をまとめなおす。
hirukawa.hateblo.jp



記述の自己評価 ★★★☆☆
(つねに加筆修正中であり未完成の記事です。しかし、記事の後に追記したり、一部を切り取って別の記事にしたり、その結果内容が重複したり、遺伝情報のように動的に変動しつづけるのがハイパーテキストの特徴であり特長だとも考えています。)

  • CE2022/06/10 JST 作成
  • CE2022/06/13 JST 最終更新

蛭川立

大麻の規制をめぐる情勢

この記事は特定の薬剤や治療法の効能や適法性を保証するものではありません。個々の薬剤や治療法の使用、売買等については、当該国または地域の法令に従ってください。

大麻の国際的規制

国ごとの規制

大麻は国際条約で規制されている。しかし、国際条約は法律ではない。それぞれの国や州には、それぞれの法律があり、国際条約よりも厳しい法律を定めることができる。

欧米先進国はすべて合法化が進んでいるわけではない。アメリカ合衆国も州によって法律が違う。西海岸のほうはリベラルで、南部は保守という傾向がある。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/a/a5/Map-of-world-cannabis-laws.svg/1920px-Map-of-world-cannabis-laws.svg.png
大麻の少量所持に関する法的状況[*1]。合法(青色)、非犯罪化(黄色)、違法・罰則なし(桃色)、違法・罰則あり(赤色)

「非犯罪化(decriminalization)[*2]」というのは、違法だが処罰しないことにしたという概念である。

規制緩和

近年、医療用大麻の研究が進む中で、2020年には、国連麻薬委員会が、加盟国の投票の結果、1961年に制定された「麻薬に関する単一条約」[*3]で定められたスケジュールⅣ(最も危険)からスケジュールⅠ(二番目に危険)に格下げされた。

https://www.greenzonejapan.com/wp/wp-content/uploads/2020/12/image1-1536x803.jpg
大麻規制緩和に賛成した国(青色)、反対した国(赤色)、棄権した国(黄色)[*4]

賛成した国と反対した国の分布を一瞥すると、唯一棄権したウクライナが西側諸国と東側諸国に挟まれているように見えるが、ロシアを始めとする「東側諸国」には、中国、そして日本も含まれる。同じアジアでも、大麻を薬用として用いてきたインドとネパール、そしてタイは「西側諸国」と足並みを揃えている。

もっとも、カンナビノイドの精神活性作用を文化として発展させてきたインドとネパールこそが大麻使用の「先進国」であり(→「アサ(大麻)の起源と伝播」を参照のこと)、欧米はその後を追った、とみることもできる。

なお、大麻から抽出されるTHCやCBDなどの物質についての規制緩和も議題に上がったが、反対多数で否決された。

https://www.dreamnews.jp/?action_Image=1&p=0000227449&id=bodyimage1
1961年条約、1971年条約、および2020年の大麻関連薬物の分類見直し案[*5]

日本における大麻の法的規制

大麻取締法

日本にも「大麻取締法」という法律があって、大麻という植物[茎と種子は除く]の所持が禁止されているのだが、大麻草から抽出されたCBD(カンナビジオール)のような物質自体は規制されていない。大麻取締法が制定されたころには、大麻からこれらの物質を抽出することができなかったからである。

THCとCBD

大麻に含まれるカンナビノイドのうち、THC(テトラヒドロカンナビノール)という物質に強い精神活性作用があることも、新たに知られるようになったことだが、[合成された]THC麻薬及び向精神薬取締法で所持と施用が規制されており、大麻[茎や種子]から抽出されたTHCは規制されないという奇妙な規制が放置されてきた。

いっぽう精神活性作用の低いCBDは麻薬としても医薬品としても規制されておらず、2020年ごろから食品として広く普及するようになった。しかし、このCBDも、大麻の茎と種子以外から抽出されたものは大麻草の一部として規制すべきなのかどうか、はっきりしない。また、CBDは医薬品にも指定されていない。

HHC

日本では、2021年の秋ごろから、精神活性作用が強いが規制されていないHHC(ヘキサヒドロカンナビノール)が急速に流通し、2022年の3月7日に指定薬物に指定され、10日後の3月17日に施行された[*6]。日本では大麻THCが厳しく規制されているため、THCと似たような向精神作用があり、合法的なHHCの需要が大きかったのだろう。

その後、HHCに代わるようにTHC-O(テトラヒドロカンナビノール・アセテート)をはじめ、THCH、HHCOなど、分子構造がすこしずつ違い、合法なTHCアナログが流通するようになった。しかし、アセテート化された、いわゆる「O系」は、加熱するとケテンが発生するため、吸引することによる健康被害が懸念されている。これは2010年代の「脱法ドラッグ」時代の繰り返しではないかとも危惧されている[*7]

しかし、かつての脱法ドラッグ時代に流通した合成カンナビノイドは、構造的にはカンナビノイドではなく、ただCB1受容体に強く作用すればいいという特殊な方向に進化していき、身体的な健康被害を引き起こした。(同じころに流行したカチノン系は、カートと同様の中枢神経刺激薬である。)

いっぽう、2022年から始まった「脱法」カンナビノイドの流行は、CBDから始まる植物性カンナビノイドの延長線上にあり、作用もTHCと同様か、それよりも弱いものである。そしてCBD飲料が自販機やネットで売られるようになったのと同じように、2020年代カンナビノイドAmazon.co.jpなどでもふつうに売られるようになった。このことは、流通経路がより明朗になり、あるていどの品質も保証されるようになった、とみることもできる。

2022年の後半からは、単体カンナビノイドの流通に続いて、1V-LSDや1D-LSDなどの、「脱法」LSDアナログもAmazon.co.jpなどで売られるようになった。これは日本におけるサイケデリック文化の新たな展開だが、カンナビノイドとはまた別の問題なので、詳細は別記事「LSDアナログ」を参照のこと。

大麻使用罪

大麻とそこから抽出された個々の物質に対する規制の混乱を是正するために、大麻という植物の所持だけでなく使用も禁止するべきだという意見が検討されているが、いっぽうで、大麻の使用も所持と同じぐらい厳罰にするのは世界的な趨勢に反している、たとえ有害な薬物であったとしても、使用者を処罰するよりも治療することのほうが重要だという反対意見もあり、議論が続いている[*8]

2021年には「大麻取締法、使用罪導入で合意 厚労省有識者検討会」[*9]と報じられたかと思いきや、「大麻「使用罪」創設で激しい議論 座長「反対意見も反映して国民に提示」」[*10]と報じられたり、有識者会議でも議論が揺れているが、早ければ2023年には大麻取締法に使用罪を設けるという形での法改正が行われる予定である。これは医療用など大麻規制緩和に向かっている国際的趨勢に反するという批判は根強い[*11]



記述の自己評価 ★★★☆☆
(現在進行中の政治的な議論が多く含まれているが、この記事は概観である。現在進行形の問題でもあり、加筆修正中)

  • CE2021/04/26 JST 作成
  • CE203/03/09 JST 最終更新

蛭川立

*1:大麻」『Wikipedia』(2021/06/02 JST 最終閲覧)

*2:大麻が非犯罪化されている背景には「ハーム・リダクション(harm reduction)」という考えがある。これは、違法行為であっても、実際に行っている人たちを、単に処罰するのではなく、それ以上の害がないように保護するという、現実的な政策である。たとえば、オランダでは売春は違法だが、非犯罪化されている。売春を規制する以前の問題として、性行為感染症を防ぐために、セックス・ワーカーたちの健康診断を行うといった政策である。

*3:精神活性作用を有する薬物にかんする国際条約の詳細は「向精神薬に関連する国内法と国際条約」を参照のこと。

*4:greenzonejapan (2020).「国連がついに医療大麻を認めました」(2022/06/08 JST 最終閲覧)

*5:一般社団法人日本臨床カンナビノイド学会 (2020).「国連は大麻及び大麻樹脂を附表IVから削除を決定。『最も危険で医療価値なし』という分類を変更し、医療価値を認める」『ドリームニュース』(2022/06/08 JST 最終閲覧)

*6:厚生労働省 (2022).「危険ドラッグの成分6物質を新たに指定薬物に指定~指定薬物等を定める省令を公布しました~」(2022/03/16 JST 最終閲覧)

*7:柴田耕佑 (2022).「【緊急寄稿】驚きの速さでのHHC規制と、そこまでの流れ」『Forbes JAPAN』(2022/03/16 JST 最終閲覧)

*8:石塚伸一加藤武士・長吉秀夫・正高佑志・松本俊彦 (2022).『大麻使用は犯罪か?―大麻政策とダイバーシティ―』現代人文社.

*9:無署名記事 (2021).「大麻取締法、使用罪導入で合意 厚労省の有識者検討会」『中日新聞』(2021/06/02 JST 最終閲覧)

*10:岩永直子 (2021).「大麻「使用罪」創設で激しい議論 座長「反対意見も反映して国民に提示」」『BuzzFeed News』(2021/06/02 JST 最終閲覧)

*11:yuji masataka (2022).「世紀の愚策!大麻使用罪を作ってはいけない7つの理由」『note』(2022/06/08 JST 最終閲覧)

量子脳理論と自由意志

この記事は書きかけです。

2022年の7月に鎌倉で研究会があり、スチュワート・ハメロフ先生と思いがけず二十年ぶりに再会した。


古典的サイケデリックスはインドール環を持ちセロトニンと構造が似ている
 

20年ぶりの再会

お話を伺って、やっとペンローズ・ハメロフの量子脳理論を理解しなおした。

肉体の死後も「量子」という霊魂のようなものが存続するという通俗的な理解が流布していたから、ハメロフ先生もとうとう頭がおかしくなったのかと勘違いしていた。

じつのところ、この理論では、波動関数が自己収束するという。これは本当にトンデモない考えである。意志は運動よりも500ms遅れることをもって、自由意志は否定されるとされてきた。ところがこの理論によれば、量子論的なレベルでは、そのていどの時間は「逆行」するので、だから自由意志は存在するのだ、というのである。

https://www.researchgate.net/publication/329136588/figure/fig1/AS:695963714846723@1542942088928/a-The-Libet-Paradigm-The-participant-makes-a-voluntary-action-and-reports-the-time.png
リベットの実験[*1][*2]

量子重力理論と基礎物理定数

ペンローズとハメロフの理論は、量子重力理論の一種である。

重力の理論なので、cとhだけでなく、ミクロな量子レベルでは[弱すぎて]ほとんど問題にならないはずの重力定数Gが登場する。

基礎物理定数cとhとGの関係について、前置きを長々と書いているうちに、なかなか本題に入れないままになっていたが、予備知識のほうは以下の記事を参考にされたい。



hirukawa.hateblo.jp
以下に続く物理定数についての議論は、加筆修正して上記の記事にまとめなおしました。

時空の概念

ニュートンの『プリンシピア』は絶対時空を「公理」としたが[*3]、カントは時空を「感性の形式」[*4]にすぎないとした。

相対性理論

相対性理論においては、相対性原理と光速度の不変性を両立させるために、絶対時空を公理から外す。(このことは、別の記事で詳述する。)

量子力学

量子力学においては、不確定性原理によって、絶対時空を公理から外す。

真っ暗な部屋の中に物があっても見えない。手探りで探すと、触ると場所がずれてしまう。懐中電灯で照らせば明るくなるが、見るためには懐中電灯で照らさなければならない。照らすということは、光子をぶつけて、跳ね返ってくる光子を知覚することである。

それゆえ、物体の位置や運動は正確には観測できない。物体が重いほど影響を受けにくく、物体が早く動いているほど影響を受けにくい。

物体の運動量は、慣性質量(重さ)と速度の積であらわされる。そして、運動量と位置は反比例する。いいかえれば、[位置][運動量]=定数、となる。この定数がプランク定数である。プランク定数は0ではない。


\Delta x  \cdot \Delta p\geq \dfrac{\hbar }{2}

これがハイゼンベルク不確定性原理である。プランク定数が無視できるほど小さければ古典力学による近似ができるが、素粒子レベルでは無視できない。

次元解析を行うと、プランク定数の次元は

[位置]×[運動量] = \lbrack \mathrm{L} \rbrack \times  \lbrack \mathrm{L M T^{-1}} \rbrack = \lbrack \mathrm{L^2 M T^{-1}} \rbrack

となる。

これを、空間内での[位置]ではなく、時間軸上の[時間]との関係でみると

 \lbrack \mathrm{L^2 M T^{-1}} \rbrack = \lbrack \mathrm{L^2 M T^{-2}} \rbrack \times  \lbrack \mathrm{T} \rbrack =[エネルギー]×[時間]

となるから、不確定性原理の不等式は

\Delta E \cdot \Delta t\geq \dfrac{\hbar }{2}

と変形することもできる。

(それから、光子をぶつけて跳ね返って戻ってくるまでの時間は0ではなく、しかも距離が遠いほど時間は長くなる。遠くのものほど過去を見ていることになるが、このときに「同時性」が問題になる。ここから先は、相対性理論の話になる。)

自然単位系

基礎物理定数のうち、万有引力の法則とクーロンの法則


F = G \frac{m_1 m_2}{r^2}


F = \frac{1}{4 \pi \varepsilon _0} \frac{|q_1 | \cdot |q_2|}{r^2}

の比例定数として定義されるのがGとεである。

その後、素粒子レベルで明らかになってきたのは、電気素量eの存在である。しかし質量にはこのような素量が存在しない。陽子と中性子の質量がほぼ同じであるのに対して、電子の質量は無視できるほど小さいので、化学においては陽子の質量〜水素の質量〜炭素の質量の1/12が分子量の単位として使用される。熱力学が統計力学に還元され、温度が運動エネルギーに還元されることによって、ボルツマン定数kが出現する。

そして、特殊相対性理論を象徴する定数がcであり、量子力学を象徴する定数がhである。

これで、普遍定数であるG、c、h、およびeが出揃う。

プランク定数は位置と運動量の積(位置と運動量の不確定性)でもあり、時間とエネルギーの積(エネルギーと時間の不確定性)としてもあらわすことができる。

相対性理論においては、光速度cを介して、以下のようにあらわされる。


x^{2}+y^{2}+z^{2}=ct^{2}


x^{2}+y^{2}+z^{2}-ct^{2}=0

つまり、時空は互いに虚実の関係にある。そして、その絶対値をとれば、

[時間]=[c-1]×[長さ]

という関係になっており、自然単位系で定義するように、c=1とすれば、

[時間]=[空間]

となる。

また、量子力学においては、プランク定数hを介して、エネルギーは

[時間]=[h][エネルギー-1]

という関係になっており、自然単位系で定義するように、h=1とすれば、

[時間]=[エネルギー-1]

となる。



記述の自己評価 ★★★☆☆
(講演を記録したノートであり学術的には正確ではありません。正確さを期してつねに加筆修正中であり未完成の記事です。しかし、記事の後に追記したり、一部を切り取って別の記事にしたり、その結果内容が重複したり、遺伝情報のように動的に変動しつづけるのがハイパーテキストの特徴であり特長でもあります。)

デフォルトのリンク先ははてなキーワードまたはWikipediaです。詳細は「リンクと引用の指針」をご覧ください。

  • CE2022/07/11 JST 作成
  • CE2024/03/14 JST 最終更新

蛭川立